この後、めちゃくちゃ歓待された

この後、めちゃくちゃ歓待された

 前スレ33もとい43


──ここまでか、と。

周囲を見渡すまでもなく、状況は一目瞭然であった。少し前まで手入れの行き届いていた甲板には真っ二つにされた海兵たちが呻き声と共に横たわり、かろうじて五体満足を保っている者も、両手の指で数え切れる程度しか残っていない。勢いのまま押し切られるのも時間の問題だろう──そう、判断して。


「────降参だ」

「「准将……!!?!」」


喉元に突きつけられた、妖刀・鬼哭。

その柄を握りしめ、無言でこちらを睨め付ける大海賊・トラファルガー・ロー相手に両手を挙げる。悔しいが、この上なく悔しくてたまらないが、彼我の戦力差は一目瞭然であった。ああ、全く。比較的平穏な海域に新兵たちの訓練も兼ねて連れ出したはずだったのに、30億越えの賞金首と鉢合わせるなんてツイてないにもほどがある。


「ただ、一つ、頼みを聞いちゃくれねぇか」

「……………」


帽子を目深に被り、無言を貫く海賊が何を考えているのか、見当もつかない。

それでも、曲がりなりにも医者を名乗っているのだ。その胸中に一欠片の良心が宿っていることを期待して、ドンキホーテ・ロシナンテは喉奥から言葉を絞り出す。


「准将の首にどれだけの価値があるかはわからないが、おれだけで許してはくれねぇか?」


ざわっ、と部下たちが騒めく。

その光景を視界に入れないようにしながら、ロシナンテは一心に自らの眼前に立つ青年を見つめ続けた。

苛烈極まりない今の元帥がこの言葉を聞けば、懲戒免職は必須だろう。

それでも、まだまだ若い身空の連中を預かる身の上として「部下たちには手を出さないでくれ」と乞わずにはいられなかったのだ。


「……………」

「その、海賊のお前にどれだけ通じるかはわからねぇが、おれはどうなってもいいからよぉ……」

「────いいだろう。あんたの命と心と引き換えに、こいつらは見逃してやる」


部下の生存を確約する宣言に一息つくよりも先に、伸ばされた指先が胸元を突く。

小さな「……“メス”」の一言とともに抜き取られた心臓。左胸にポッカリと四角の穴に海風が吹き込んできて、なんともいえない空漠に背筋が震える。それにしても、やけに大切そうにロシナンテの心臓を持つものだ。込み上げてくる違和感に首を傾げるよりも先に、わんわんと泣き喚く大声が鼓膜を劈く。


「やめろぉお〜〜。その人に手を出すなぁぁ……!!」

「准将おやめください……! 海賊と取引なんて……っっ!! 考え直して下さい……っ!?」

「あなたに何かあったら……っ、おれ達は、おれたち……! 一体どうしたらいいのですか!?」

「おれたちのことなんて気にしないでください、准将! 元より死ぬ覚悟は出来ています!」


ハートの海賊団の船員たちに拘束されている者たちも、バラバラに四肢を刻まれて甲板に横たわっている者たちも、皆、思い思いに泣き叫んでいる。ロシナンテを引き止め、考え直すように訴えている。その光景に、胸がじんと熱くなる。ああ、おれァ、こいつらに慕われる上官であれたのだなァ、と。場違いにもそんなことを思い知ってしまって、目尻が熱くなった。


「ぐず……っ。再度の確認だ。おれがお前の船に乗れば、俺の部下たちは見逃してもらえるんだな?」

「あぁ、あんたが船に乗ってくれさえすればいい」


きっと、このまま最近流行りのクロスギルドとかいう極悪組織に連れて行かれて、換金されちゃうんだろう。それでも、身も蓋もなく泣き喚く部下たちを、この身ひとつで救えるというのであれば、安いもんだ。


「「「准将〜〜〜〜〜ッッ!!!!」」」


この先に待ち構えているであろう過酷な捕虜生活を想像して、ドンキホーテ・ロシナンテは腹を括るのであった。


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