こっちの気も知らないで
6-52「なあ、これ何?」
「ふ、布団……」
潔が押し入れの中の布団を指す。風呂上がりの雪宮は、髪を乾かすのもそこそこに、潔の視線に従って床へ座った。
「お前客用の布団は無いって言ってなかった? 何嘘ついてんの?」
「ごめん」
「悪いとは思ってるんだ。今回は許すけど次はないからもう嘘つくなよ」
雪宮は身体を精一杯縮めて見せる。潔の青い目が機嫌悪く細められて雪宮を見下ろした。体の端から視線に焼かれるようで、雪宮の身体は固まってしまって。はあ、と溜め息が響くのにビクリと身体を震わせて、雪宮は恐る恐る潔を見上げた。潔はふいと目を逸らしてしまう。
「もう良いよ。風呂借りる。お前も髪乾かせよ」
潔が風呂場へ向かうのを見送り雪宮はノロノロと立ち上がる。言われた通り、髪を乾かさないと。
「風呂上がった。……ん、何してんの?」
戻ってきた潔の声はいつも通りの穏やかなものに戻っていた。この切り替えの速さにはいつも驚かされる。押入れから客用の布団を取り出そうとしていた雪宮は視線だけ潔の方に向けて、布団。いるだろ、と言った。共に眠りたくて客用布団はないなどと嘘をついたが、それもバレてしまったし、一緒には寝てもらえないだろう。
「え、なんで」
「なんでって……一緒には寝ないんじゃないの」
「別に俺そんなこと言ってなくね?」
あどけない顔がきょとんとして、小首をかしげる様はわざとらしいほどに可愛らしいが、潔はこれを天然でやっているらしい。潔のこの幼さにはフィールドの上で感じるものとはまた違った恐ろしさすら感じる。どうやったらこんなのが育つのだろう。
潔はさっさと雪宮のベッドに潜り込むとモゾモゾと体を動かして一人分の空き場所を作ると、そこをぽんぽんと叩いて雪宮を呼んだ。雪宮のベッドだがまるで自分のものかのように扱っている。雪宮は誘われるがままに、電気を消して潜り込んだ。躊躇ってあ、嫌なら別にいいよなんて言われてしまっては堪らない。
「ちょっと狭いけど……我慢しろよ。ほら、早く」
「……失礼します?」
「なんだそれ、お前のベッドだろ」
ふは、と笑う息遣いが聞こえる。暗い中では潔の顔は見られなくて。雪宮は身動ぎをした。大人しくしろとでも言うように潔が雪宮の体を引き寄せる。
「なんかして欲しいなら最初から素直に言えよなー」
「次からはそうするよ……」
「嘘はダメだからな」
刺された釘に雪宮は頷いた。触れた潔の体は温かい。きっともう眠たいのだろう。潔が布団に入るとすぐに眠ってしまうことを、雪宮はとっくに知っている。寝つきも寝起きも良いのだ。子供を寝かしつけるみたいにまた、潔の手が布団を軽く叩く。
「おやすみ」
「ああ、うん……おやすみ」
「ん……」
眠気からか潔の声はとろりと甘く響いた。雪宮が一拍置いて返事する頃にはもう健やかな寝息が聞こえている。雪宮はどきどきと高鳴る心臓を落ち着けるようにほうと息を吐いた。闇に慣れた目が潔の寝顔を捉える。悩みの一つもありませんと言った顔だ。憎いくらい好ましい。
「クソ……」
苦し紛れの放たれた悪態は部屋の空気を揺らして消える。雪宮の目は冴えてしまった。未だしばらく、眠れる気はしなかった。