ここは尸魂界
藍染惣右介による反逆から早1年。
現世へと追放された隊長格が瀞霊廷へと戻ってきたものの、未だ確執が残っており組織として完全に復活したとは言えない。
不穏な気配が漂う中、1人の男の不満が爆発した。
自他ともに認める畜生、綱彌代継家である。
「料理も、お菓子作りも、賭博も出来ない!しかも瀞霊廷の空気が暗い!」
折角療養と面倒な裁判を終わらせたというのに、これでは気が滅入る。
ならば、やるしかない───『宴』を!
そう考えた継家は、すぐに1番隊隊舎に駆け込んだ。
「爺、宴会をするぞ!」
「誰に向かってそんな口を聞いおるのじゃ!!」
半日後、髪の先と服が焦げた男が瀞霊廷中にビラを撒く。
『1週間後、宴会をします!来てね!
※斬魄刀は持ち込み禁止です』
──1週間後。
瀞霊廷の中でも最も大きい宴会場は現在貸切中。
その中にはたくさんの黒と少しの白がひしめき合っていた。
「皆様、お集まり頂き誠にありがとうございます。主催の9番隊7席、綱彌代継家です。今回料理も飲み物もこちらで用意させて頂いたのでご自由にどうぞ。……まあ別に無礼講で構わんとじ…総隊長殿からお墨付きを貰っているから好きにしたまえよ。酒を飲まん奴は私手ずから茶を入れてやろう」
「ちょっと、早く早く。もう待ちくたびれたよ」
「少しは待てないのか。躾のなっていない犬じゃあるまいし」
茶々を入れる京楽を一睨みして、継家はグラスを構える。
「……では、この一夜を楽しみましょう。乾杯!」
『乾杯!』
硝子と硝子のぶつかり合う音が広い宴会場に響き、宴が始まった。
「浅煎りコーヒーの酸味とフルーティーさが合わさってまるで質の高い果実酒のようだ。しかも雑味が一切ない……!」
「この紅茶も素晴らしいな。ベルガモットの香りをミルクが引き立てている……」
「……中々のお点前で」
「態々入れてやると言うからにはそれなりの腕前があるのは当然だ」
下戸で珈琲派の剣司、紅茶派の雀部と紫苑は先程の宣言通り継家が入れた紅茶や珈琲を飲み、茶菓子を味わう。
継家も酒に弱く、好き好んで飲まないため自分用のラベンダーティーで満たされたティーカップを傾ける。
他のどこよりも優雅な空間であった。
「平子、檜佐木、ちゃんと食べておるか?お主らはほっそいからの!ちゃんと食うがいい!」
「ちょ、そんなに乗せても食べきれないです!」
「いらん世話すんのやめえや」
平子と檜佐木の前にタンパク質の塊が山盛りになった皿がドンと置かれる。
世話好きの稲生にとって宴会は絶好のおせっかいチャンスなので張り切って周囲の人間に酒を注いだり、料理を運んだりと忙しなく歩き回っていた。
「美味しいわあ、この唐揚げ」
「ホントホント!」
「お前ら食いすぎだろ!……それにしてもすごい種類の料理だな」
器に塔のように盛られた唐揚げが桜花と白の口へものすごい勢いで入っていく。エプロンをつけた拳西が減っていく唐揚げを補充しながらも自分も軽く摘む。
宴会場には酒の肴から本格的な料理、デザートまで幅広い料理が所狭しと並んである。
「七緒ちゃん、この苺のムースおいしいわよ!」
「こちらの羊羹も中々……」
「七緒ちゃん、スーちゃん、お酒注いでよお〜」
甘味に舌鼓を打つ数慈と七緒の背後から回り込み、酒臭い息を漏らす京楽。
「やだっ、酒臭いわねえ」
「酔いすぎです、水を飲んでください」
2人から冷たい目で見られ、京楽は泣き真似をしながら水を飲み干した。
「はっはっは、京楽は相変わらずだなあ!」
「皆様楽しそうでなによりです」
身体の弱い浮竹のために用意された柔らかなクッションを借りてその身を沈めつつ、芦原もまた宴会を楽しんでいた。
「先生って案外がっつり食うよなあ」
「食事は身体を作りますからね〜。大事ですよ?」
見た目に似合わず大きめの丼を携える芦原に、斬魄刀を取り上げられやや不満気な顔をして水を飲む紅衣。
その隣では伊喜も同じく不満そうに這いつくばっていた。
「俺の斬魄刀を……奪われた……!?」
「持ち込み禁止なのに持ってくる方が悪いでしょう」
傍には卯ノ花烈が茶を啜っており、禁止項目を破ろうとした娘に冷徹に言い放つ。
やがて夜も更け、宴も酣。盛り上がってきた酔っ払い達が異常行動を起こし始める。
「長次郎さあああん……私、もっと強くなるから……みててくださいぃ……」
「……剣司に酒を飲ませたのは誰だ!」
「おっと、私特性チョコレートボンボンのせいかな」
顔を真っ赤に染め、雀部に撓垂れ掛かる剣司。
その近くには個包装の洋酒入りチョコレートが転がっており、とんでもない下戸である剣司は数個口にしただけでアルコールが回ってしまった。
美丈夫のあられも無い姿をカメラに収めながら継家はチョコを回収した。
やがて酒が回りきった剣司は寝息を立て始め、雀部はその肩を支えながら宿舎へと去っていく。
他の隊にもポツポツと離脱者が出始めていた。
「市丸ちゃんも藍染ちゃんも酷い男よねえ……」
「何にも言わずに好き勝手して……許せないわ……」
「おい、お前ら2人とも飲みすぎだ」
へべれけ状態になって離反組の愚痴を吐く数慈と乱菊。その2人を必死に介抱する日番谷。
「ちょっと待ってや、酔っ払いのためにボク態々牢から出されたん?」
話題の中心となっていた男が宴会場に引っ張り出され、2人を運ぶ。
そのすぐ隣では飲み比べが行われており、幾つもの酒瓶が転がっていた。
「もっとじゃあ! この程度で吾を倒せると思うな!!」
「も、もうダメ……」
蟒蛇の稲生は平然としているが、その隣の京楽は顔を青くしており今すぐにでも口から何が逆流しても可笑しくは無い。
「……ローズ、飲みすぎ。もう駄目」
「分かったよ、楓香」
「相変わらず尻に敷かれてんな」
本当は少し物足りないが、娘に言われたのなら仕方がないとローズは盃を置く。
あれから2人の見た目も随分変わってしまったが、楓香がローズの制御役になっている関係は変わらないと六車は感嘆混じりに言葉を漏らした。
「野球拳やるべ!」
「乗った!」
「馬鹿、弱いんだからやめとけって!」
紅衣の提案に嬉々として飛びつく継家を必死に静止する檜佐木。
野球拳のはずが2人とも負けてなくても脱ぎ出す異常行動に周りは沸き立つ。ちなみにどちらも素面である。
「継家を迎えに来たが……今どうなっている?」
「分からないままでいいですよ……」
遅くなった継家を東仙が迎えに来るが、盲人である東仙は目の前の地獄絵図を視界に捉えることは出来ない。
この時ほど檜佐木は東仙が盲目で良かったと思ったことはない。
尚、伊喜も参加しようとしていたが、卯ノ花に首根っこを捕まれ強制送還された。
「充分楽しんだし……そろそろお暇しよかな」
「待てや!この酔っ払い共の処理俺1人にやらす気か!」
「知らんわあ、好きにしといたらええやん」
ホンマお人好しやなあ、と吐瀉物や倒れた隊士の処理に奔走する平子に紫苑は呆れ果てる。
「しゃあないなあ……」
親しい友人を見捨てるのもなんだか気が引けて、珍しく紫苑はやる気を出す。持ち前の機動力で酔っ払い達が迅速に宿舎へと突っ込まれていった。
「なんだか身体が火照ってきやがった……誰かやろうぜ」
おどろおどろしい霊圧を周りに散らしながら更木が辺りを見渡す。
11番隊の隊士たちがざわつき始める中、更木に並ぶほどの長身の女性が嫋やかに更木の方へと向かってくる。
「お相手、いいどすか?」
「いいじゃねえか花道……外へいこうぜ」
2人の熱気に当てられ、多くの鋸草を隊花とする者たちも表に出て乱闘を始めだす。
呻く隊士、吐瀉物、外からの打撃音、全裸。あまりにも醜い光景が広がっている。
そんな様子を無間の闇から1人、継家が特別に設置したモニターから眺めている囚人が居た。
「まるで地獄のようだな……」
男は呟いた言葉はどこかに届くこともなく消えていく。
ここは尸魂界。
人ならざるものとかつて人であったものが交差する死後の世界。
思っているより気安いところである。