ここだけラクス・クラインが女装美少年だったら

ここだけラクス・クラインが女装美少年だったら

hohoho

[Phase-0]

「支配者が男女の番である必要はないのではないか?

 女性の場合、不安定性が増す。それならば男性同士にするべきでは」

「お互いを支えあうという意味で、男女の番である意味はあると思います」

「ふむ……では片方の精神を女性にしてしまうというのは。容姿もそれに合わせて女性のものにしてしまえばよかろう。それならば『男性としての生物の安定性を保ったまま、女性としてパートナーを支える』存在が作れる」

「……」

「どうじゃ」

「……それは、その子にとっては、幸せなのでしょうか」

「支配者にとっての幸せは世界の平穏だ。そこに個人の幸せなど必要ない

。むしろ、役割に殉ずることができる精神性こそが重要じゃろう」

「……わかりました」

 ■■■

「お父様」

「……すまん。お前は、公的には女性のままなのだ」

「わかっております」

「だが……いつか、お前のことをありのままのお前として見てやれる者と出会えるはず」

「いいえ……ザラとクライン。その両方を結ぶための、婚約でしょう?」

「……」

「で、あれば。その役割を果たすことに、私に否はありませんわ」

「だが、お前の気持ちは」

「この格好だけでなく、私が好きなのは男性ですわ。

 アスラン・ザラという少年が、このようなわたくしを好きになってくれるかはわかりませんが」

「せめて、あれが存命であれば、お前のことを支えてやれただろうにな……」

「お母様の言葉は、私の中に生きていますわ。そして、お父様の優しさも」

「……すまん」

 ■■■

 男として生まれた。

 それなのに、私の魂は女の子だった。

 母も、父も、恨んだことはない。ただ、こんな自分をさらけだすことが許されない世界は、昔から少し嫌いだった。

 歌は好きだった。そして、その歌を好きだと言ってくれる、プラントの人たちのことも。でも、彼らが、彼女らが見ているのは本当の私ではない。

 そこにいる私ではない。虚飾を貼って、それを表現しているのは私自身だけれども。歌姫。それもまた、嘘だろう。

 こんな姫がいるものか。……いや、きっと言ってしまっても、受け入れてくれる人はいるだろう。

 でもそれは、あくまで歌姫のラクス・クラインが言うのであれば受け入れようという人たち。本当に優しい、いい人たちだろう。だからこそ、この世界を完全には嫌いにはなれない。

 でも、と望んでしまう。婚約者……という名の政略結婚。それはきっと、父だけではなく、プラントの皆が望んでいること。ならば、その想いに私は応えたい。

 世界は震えている。世界は先の見えぬ闇の中に一歩、また一歩と進んでいってしまっている。その中で、安寧のために自分にできることがあるならば、やりたい。

 でも、と考えてしまう。それは正しいのか。今すぐにでも、自分は自分の素性を明らかにし、婚約者……アスラン・ザラに謝罪するべきではないのか。

 あるいは、彼もそういったことに理解があるかもしれない。政略の一環として役割に殉じつつ、それでもなお、本当に想える人がであえたら、その人との門出を祝福できる。そんな友人になれれば、とも考えたことはある。

 ただ、アスランにはそれは無理かもしれない。役割に殉じることはできるだろう。だが、だが。そういった保守的な彼が、私を信用してくれるだろうか。

 結局のところ、アスランとの距離が縮まらなかったのは、それが原因だった。私自身が、彼を信用していなかったのだ。なのに、彼にわたくしを信用してくれ、などと誰が言えよう。

 でも、とだが、と。それの繰り返し。私はそればっかり言っている。

 でも、それでも。いつかは、本当の私をさらけだしても。それを受け止めてくれて。ああ、君はそういう人なんだね、と受け入れてくれる。

 そんな、優しい王子様に、いつか、会えないだろうか。

 それは夢のような思い。ここではないどこかに行きたい、などと同じぐらいの、悲しい思い。決して叶うことのない理想。出会うことのない存在。だから、半分諦めていた。だって、こんな世界なのだから。だから私はこの世界が少し嫌いなのだから。

 だから。まさか、そんな。そんな人に会えるなんて、私は思っても、いなかった。

 ■■■

 ここだけラクス・クラインが女装美少年だった世界。

 アコードとして、オルフェ・ラム・タオの番として精神性、容姿はともに女性のものとして形成されたものの、生物学的には男性のラクス・クライン。

 そんな彼女がキラ・ヤマトと出会ってしまったら。そんな世界線。

 ■■■

[Phase-1]

 ああ、ここで終わりか。そんな感情と、いや、まだ死んでなるものか、という感情がどちらもわたくしの中にはある。

 アークエンジェル、という地球軍の艦。そこに囚われてしまったのは、ひとえに横にいるこのペットロボットのせいだった。

"ミトメタクナーイ!"

 それは認めたくないだろうが。ピンクちゃんが鍵を開けてしまったことが、原因の一つではある。ただ、まだ死ぬと決まったわけではない。まだ、細い、細い線だが、生き延びる方法はある。

 どうにか、心象を良くして、民間人として解放してもらえればよい。

 ……クラインの娘、ということが、彼らにとって利用価値になるかもしれない。逆に解放されるまでは時間がかかってしまうかもしれないが。そもそも娘ではなく、息子であるわけだが。

 いずれにせよ、死ぬも生きるもこの艦の人間次第、ということは変わらないだろう。とにかく媚を売って、何も知らぬ娘として過ごせばいい。嘘をつくのも、媚を売るのも慣れたものだ。

 だというのに。

「だって僕は……僕も、コーディネイターですから」

 なんでこんなところで、こんな人に出会ってしまったのか。

 ■■■

 この戦争はナチュラルとコーディネイター、その種族間戦争の体を呈し始めている。そんな中で、ナチュラルの……地球軍の戦艦に、なぜコーディネイターの彼が乗っているのか。

 彼は地球軍の軍服を着て、たった一人のコーディネイターにも関わらず、この戦艦の中でストレスはかかっているものの、信用されているように私には見えた。

 だから、そんな彼の、いわばひねくれたような発言に、つい。

「でも貴方が優しいのは、貴方だからでしょう?」

 なんて、言ってしまった。一瞬とまどうような彼と、視線がかちあう。

 私としては本心の言葉。敵軍の人間、あるいは人質の言葉に、憎悪など欠片も感じられない純粋な戸惑いの視線を返してくれた彼に、私は思わず続けていってしまう。

「お名前を教えていただけます?」

 ■■■

 私と彼は、もう一度話をする機会があった。

 私が人質にとられ、この軍艦が窮地を脱した後の話。この事態は想定内だったが、まさか軍人でもない民間人に銃を向けられるとは思わなかった。そんなひと悶着のあと、彼……キラ・ヤマトという名の、この軍艦の中で唯一のコーディネイターにであった。

 彼は泣いていた。そうもなろう。話を聞く限り、彼は軍人でもなんでもない。ただの少年だ。ただの少年が、何の訓練も受けぬまま、ただできるからという理由、ただ自分が戦わなければ皆が死ぬという理由で戦争をしている。

 精神の安寧を保っているだけで、御の字どころか、人並み外れた強さの持ち主であるはずだ。

 涙をぬぐおうとすると、逃げるでもなく、避けるでもなく、ただ彼は自分で涙を拭って、私の方を向いた。

「僕は、本当は戦いたくなんてないんです。僕だって、コーディネイターなんだし。アスランは、とても仲の良かった、友達なんだ……」

「アスラン……」

 私がだましている婚約者。彼はその友人だという。

 地球軍にいる彼と出会ったのも、何かの縁なのだろうか。そんな彼に、私はただ本心を述べた。

「お二人が、戦わないで済むようになれば、いいですわね……」

 敵軍の中に飛び込んだ間抜けを、一番最初にただそうしたいから、という理由で袖を引いてくれたのは彼だった。優しい彼。そして、彼の友人だという婚約者。彼らが戦って欲しくない、と思うのは、当たり前のことだった。

 ■■■

 そして、その日の夜。私は、真夜中に訪問を受けた。

 その扉を開ける前に、ピンクちゃんが私を起こしてくれる。

 誰か、と思うと、そこにいたのは、あのキラ・ヤマト少年だった。

 無防備に寝姿を晒したのは、何も知らぬという演技という以上に、彼を信用していたからかもしれない。

「黙って」

 有無を言わさない口調。ああ、これが彼の本質か……?そう思う間もなく、次に続く言葉で、私は何も言えなくなってしまった。

「一緒に来て下さい。静かに」

 ■■■

 彼は目の前にいる。彼は、私を脱出させようとしてくれている。

 まずそれが信じられなかった。自ら死にに行くような行為だ。そんなことをしたら、軍隊であればまず無事ではすまないだろう。

 だが、話を聞く限り、彼はただ自分の良心、あるいは哲学に従ってそう決めたのだ。私のような無関係な娘を、戦いに巻き込むべきではない。そのためなら、死んでもいい……あるいは、死ぬかわからない程度には、危ない橋を渡って見せる少年。それが、キラ・ヤマトだった。

 そんな彼は、私にこう言った。

「これ着て?その上からで……いや」

 そう言われた瞬間、いくつかの想いが私に去来する。

 キラ・ヤマトは自分のことを娘と思っている。命を賭けて自分を救おうとしている人に、そんな嘘をついたまま、別れていいのか。

 別れたくない。そんな人と出会った奇跡を、このまま放り投げてしまっていいのか。

 死ぬのかもしれない。どれだけ幸運が積み重なっても、もう彼とは会えないだろう。今生の別れ。

 どうせ彼はプラントの人間ではない。その上で、私の素性を知ったところで、言いふらすような人間ではないだろう。

 ……いや、それ以上に。私という人間の本質を見たとき、彼はどう私の見るのか。

 そこまで考えたとき、私は思い切って、自分の衣類をまくった。

「ッ……!」

 そこにあるのは、女性ではないもの。私の好んで履いている女性用の下着は、男性のそれを隠す余裕はない。ありえざるふくらみを、彼は見ただろう。

 一瞬、彼は目を丸くして、視線を逸らした。

 ああ。やはりそうなるのか、と私は思う。

 父以外にこの秘密を晒したら、こうなることは、わかっていたはずだ。それでも、少し悲しかった。そして、少し、この世界が嫌いになった。

「……着替え、終わった?」

 が。言葉が発せなかった私に、彼はそう声をかけた。

「ごめんね、見ちゃって。隠してたんだよね」

 え、と今度はこちらが戸惑う番だった。

「……いえ、隠してたのは、確かなのですが……」

「どうしたの?」

「私の秘密、見られたのですよね?」

「うん。男の子……か、そういうのがついてる、女の子、かなって」

 そこまで考えてしまうものか。ちょっとそれにはさすがに驚いた。

「コーディネイターだと珍しいけど、偶然生まれた子に、そういう操作することをよしとしない人たちもいるって聞くし」

「そ、そうではなく!私は男ですの!」

「え、ごめん……そっか、じゃあ好きなんだね、その格好が」

 何も言えない。ただ、私がこういう存在だと、そのまま受け入れてくれたことにん驚いてしまったのか。

 あるいは、こんな状況でも、穏やかに笑えてしまう彼が眩しかったのか。

 もう私にはわからなかった。

「似合ってるよ、綺麗だしね、ラクスさん」

 駄目押しにそんな言葉を言ってきた彼に、私は。

「……ラクス、と」

「え?」

「ラクス、と呼んでくださいませ、キラ様……いえ、キラ?」

 もう二度と会えない彼に、そう言ってしまった。

 ■■■


Report Page