ここだけグエルがミオリネに惚れてホルダーになった世界線

ここだけグエルがミオリネに惚れてホルダーになった世界線



※グエル視点


やっとなった。念願のホルダーに。

アスティカシア学園最強のパイロットの座。父さんから厳命された栄光を、ようやく手にすることができた。

だが、俺にとってそれ以上に喜ばしいことが。

目を落とした端末には、一人の美少女の写真が俺を見つめ返していた。


ミオリネ・レンブラン。父さんのボス、ベネリットグループのデリング総裁の一人娘。

俺は今、この少女に恋心を抱いている。

父さんからこの娘がホルダーのトロフィーだ、と手渡された写真を見て、俺は胸が高鳴った。こんなに美しい女性がこの世界にいたのか。父さんが語っていた、会社のため、将来の総裁の地位も盤石、それらの事が、とても仔細な事に感じてしまう程だった。

思えば初対面ではない。

小さい頃、父さんに連れられてデリング総裁に謁見したとき、総裁の側にいた小さな女の子。絵本の中のお姫様のようにかわいくて、思わず膝をついて「けっこんしてください」なんて言ってたっけ。

結局その子は怯えて逃げだすし、父さんにはひっぱたかれるしで散々だった。でもあのお姫様の王子様になりたくて、懸命に身体を鍛えてたこともあったな。

…いかん、今から花嫁に会うのに舞い上がってどうする。

俺はグエル・ジェターク。ベネリットグループ御三家の御曹司だ。花嫁だけじゃない、会社も、総裁の地位も、父さんの期待に応えるために、全部手に入れなきゃいけないんだ。

気合いを入れろ。このドアの向こうで花嫁が待っている。

さあ行くぞ、俺




※ミオリネ視点


「そう…あんたパパの言いなりなのね」

逆鱗だったとすぐに分かった。だって目の前のこいつの顔が、スッと青ざめたから。


一緒のテーブルで食事をしているこの新しいホルダー。テーブルの向かいのそいつは、なんだかガチガチに緊張している。

クソ親父が決めたホルダー制度のせいで、私はホルダー交代の度にこんなお見合い紛いのことをさせられる。まあ大抵の奴はクソ親父のご機嫌は如何ですかとか。憎らしいこの制度で理想の王子様が現れるなんて、思ったことなど一度もない。

「な、なあミオリネ。趣味とか好きなことって何なんだ?」

「…トマト栽培」

「トマト?そ、そうか。俺もあんまり土いじりはしたことはないんだか…」

何それ、会話ヘタクソかっての。


グエル・ジェターク。御三家御曹司でパイロット科首席、将来の夢は精鋭ドミニコス隊のパイロット。あのクソ親父が好きそうな経歴だわ。

「…ねえ、何でホルダーになった訳?」

「あ?…あぁ…」

でもね、知ってるのよ私。あんたの親父が野心家だって事。私のこと、クソ親父のトロフィーって陰口叩いてるの。どうせあんたも同じ事考えてホルダーになったんでしょ。

「…父さんから言われたんだ。ホルダーになって、地位も栄光も全て手に入れろって」

バカ正直に答えてくれたそいつ。

私には面白くなかった。私はクソ親父に結局逆らえないのに、こいつは逆らってもない。私の現状と重なって、イライラした。

だから言ってやった。そしたらそいつの顔色が変わった。

いいわ。このまま私の事、嫌って頂戴。あんたもそっちの方が、パパに言われたからって割り切れるでしょ?

「…確かに、最初は父さんに言われたからだった。でも」

暫く目を伏せて、口を開きながら顔を上げるそいつ

「ここにいるのは…お前の花婿になりたいと思うのは、俺の意思だ」

妙に真剣な眼差しで、立ち上がり、私の隣りに歩み寄ってきて膝をついた。

「俺と結婚してくれ。ミオリネ・レンブラン」

…思い出した。こいつ昔会ってるわ。本当に小さい時、絵本の王子様の真似事をして「けっこんしてください」って言ってきた男の子。

「ま…それまでホルダーでいてくれたらね。せいぜい頑張って頂戴。花婿さん」

ホルダー、花婿、大嫌いだった言葉を交えて皮肉っぽく言ってやる。

…ちょっと何嬉しそうに顔輝かせてるのよ。皮肉だっての。って言うかいつまで王子様っぽく私の手を取ってるの。…まぁ悪い気はしないけど。


翌日

「ミオリネ!俺が手伝ってやるよ!」

「…あんたここで何してんのよ」

温室用の肥料の袋を、軽々と持ち上げてドヤ顔するそいつ。

「俺は土いじりなんかした事はないが…花嫁が好きな事は応援するのが花婿ってもんだろ!トマトの事も勉強するし!もちろんホルダーの座も守り抜く!絶対お前を花嫁にしてやるからなミオリネ!」

「…いいわ。その言葉、忘れないでね…グエル」

こいつが理想の王子様なんて、まだ思えないけど。でも、なんだかこいつとの付き合いは長くなりそう。

さ、温室はこっちよ、とグエルの袖を引っ張り、私達は歩き出した。




※グエル視点


ミオリネは地球が好き。

そんな話を聞き付け、俺は今、色々と地球の事を調べている。

ミオリネと一緒にトマトを育てたくて、農耕技術やトマトの美味しいレシピを調べたりしている今日この頃。

聞けばあのトマトは、ミオリネのお母さんが品種改良した苗木だとか。最初土いじり、なんて呼んでしまったのが悔やまれるが、それならば俺も相応に真剣に向き合わなければならない。

トマト栽培の技はなかなかどうして奥が深い。この間も、ミオリネと並んで温室にしゃがみながら、そっちは剪定しない!肥料はやり過ぎない!枯らす気なの!?と叱られたばかりだ。

そんな俺達を遠巻きに見て、フェルシーもペトラも爆笑しながら、先輩とお姫様の為っスから!と色々な事を調べて来てくれる。

ミオリネが地球に行きたがっている、という話も、あいつらが地球寮のやつらから聞き付けてきてくれた。横で聞いていたラウダは、地球に行きたいなんていい趣味とは思えないよ兄さん、と苦虫を噛み潰したような顔で言っていたが。

地球の現状について調べるにつれて、ラウダが言った事が理解できた。所々に貧困が残り、紛争が多発しているアーシアンの実情。学校の授業ではそこまで深く踏み込まなかったスペーシアンとアーシアンの確執が、僅かながらも様々な資料から伺えた。

父さんも教えてくれなかった事。いや、その原因の一端が企業が長年作り上げた搾取形態にあるのなら、率先して教えないのは当然か。

…いかんいかん。もっと楽しい事を調べないと。もっと地球に行った時、ミオリネを喜ばせてやれるような。

そうだ、小さい頃父さんから教えてもらった、キャンプの技を見せてやろう。ミオリネと二人でテントを張って、キャンプ飯を作って、二人で地球の夜空を見上げるんだ。

キャンプ動画や星空の写真を眺めて一人想像を膨らませながら、俺の心には、さっき閉じた地球の悲惨な実情の資料が引っかかり続けていた。




※ミオリネ視点


「地球に行った時の予行演習だ!」

そうグエルが切り出したのは、私に嬉しそうにキャンプ動画を見せてきた時。

今グエルは、草むらに腰掛ける私の横で、妙に慣れた手つきでテントの設営をしている。

ここは学園内の森の中。外泊申請を出したグエルと私は、今日はここで一晩、二人きりでキャンプをすることになっている。

「どうだ?ちょっとしたもんだろ!」

出たわねドヤ顔。て言うかちゃんと二人分テントを貼るのね。私は別に一緒のテントでもいいんだけど。そういう所が変に真面目よね。

もうすぐ夕刻。空に地球の夜空を模倣した、仮初の夜空が映し出される。

「さ、キャンプと言えばキャンプ飯だよな!ミオリネ、トマトは持ってきてくれたか?」

「はいはい、採れたてを持ってきてあげたわよ」

コンロと調理用具を取り出すと、これまた慣れた手つきでトマトを捌き始めるグエル。

料理が得意、なんて聞いてたけど、最近よくお母さんのトマトを上手いこと料理しては振舞ってくれる。ご飯なんてインスタントで十分と思っていたが、これはこれで悪くない。

出来たてのトマトパスタがお皿に盛り付けられ、私とグエルは並んで草むらに座りながら、パスタを頬張り夜空を見上げる。

「いつかお前に見せてやりたいなぁ…地球の本物の夜空を」

「あんたも見たことないでしょ?地球の夜空」

「そ、そりゃそうだが…でも目標があった方が楽しいだろ!?」

目標、か。私の目標は、クソ親父の言いなりにならない事だった。だから地球に行くことを夢見たし、何回か実行しようとした事もある。最近は、実行してやる、って思うことも、なぜか少なくなってきてるけど。

「今のあんたの目標は、ホルダーの座を守り通すことでしょ?」

「そ、そうだが…」

あれからグエルは、順当に決闘で勝利し続けている。花婿記録更新、と学生新聞で取り沙汰され、学園中からお似合いカップル誕生か?なんて持て囃されている状況だ。こいつにとっては順風満帆のはず。

それに…正直言って、私も多少、決闘の勝利の度に嬉しそうに報告に来て、毎日のように会いに来てはトマトの世話をしていくこいつに、絆され始めている所もある。恋慕の情、っていうのかしら。昔の地球の偉人の言葉は言い得て妙だわね。

「何?やっぱりホルダーのご褒美が私じゃ、モチベーション上がらない?」

「そ、そんなわけねぇだろ!!俺はお前を花嫁にしたいんだ!ただ…」

罰が悪そうに下を向いてから、グエルが切り出す。

「…お前、ホルダー制度、本当は嫌なんだよな?勝手に結婚相手を決められて、お前の意思とか全然関係なくて…そんな制度で俺、お前の花婿になろうとしてるって思ったら…」

…何それ。せっかく私が、その気になってあげかけてるのに。

「あのね、グエル」

グエルの頬をグイッと掴み、驚くあいつを強引にこっちに向かせて言ってやる。

「あんたは、私が好き。…私も、あんたが好き。そんな二人が、お互いの目標のためにホルダーを守ってるの。何も、問題ないでしょ?」

…言ってる私の顔が赤くなってるかもしれない。だって、嘘は言ってない。少なくとも、今は、こいつといることが嫌いじゃない。どこまで行ったら好きかなんて、人の感情は測れないじゃない?

…ちょっとまってグエル。ポーッとした顔しないで。何この雰囲気。まるでキス待ちの現場みたいじゃない。まぁ、この雰囲気を作っちゃったのは私なんだけど。

ぐいっ

「むぐっ!?」

料理であまったお母さんのトマトを、手にとって思いっきりグエルのキス待ち口にねじ込んでやる。ありがとうお母さん、助かった。

「あんたもフワフワしてる場合!?明日も決闘、あるんでしょ!?さ、花嫁が激励してあげたんだから、しっかり行って勝ってきなさい!」

「むぐぐ…あぁ、わかった…絶対次も勝ってくるから…」

しょぼんとしたグエルの顔が可笑しくて、笑いそうになる顔を見られないように夜空を見上げる。地球の真似事の仮初の夜空。でも、こいつと一緒に見上げれば、少なくとも味気ない物には見えない。…恋人といる時の夜空は特別な気分に浸れて好き、っていう言葉があった気がするわ。昔の地球の偉人の言葉は言い得て妙だわね。

大丈夫。明日もグエルは勝つわ。その次も、その次の次も、ずっと…




※グエル視点


四方八方から叩き込まれる攻撃に、何度も決闘を勝ち抜いてきたディランザの装甲がひしゃげていく。

右腕、左腕が切り落とされ、踏ん張ろうと踏み締めた足が右、左と切り落とされた。

「くそっ…くそおっ!!」

今まで数十回とこなした決闘で、危ないと思うことは何度もあった。

ここでもし負けたら、ミオリネは他の奴のものになってしまう。そんなプレッシャーは幾度も感じてきた。だからこそ俺は、人一倍訓練に打ち込み、誰よりも体を鍛えてきたつもりだった。

恐ろしく強い挑戦者にミオリネを攫われる悪夢で飛び起き、翌日は一日中ミオリネの側について回って呆れた顔をされたこともあったっけ。

そんな悪夢が、今、現実となって襲いかかってこようとしているなんて。

遠い水星から来たという転校生。華奢な少女がオドオドとした様子で、ホルダーの座をかけて挑んできた時は何事かと思ったが。

「いくよ…エアリアル」

白と青の機体を持つ、転校生のMS。ドローンだったかガンビットと言ったか、見たこともないような猛攻が、俺のディランザを狙い打つ。

残装備ゼロ、機動不全の警告音。

「…ごめん…ミオリネ…」

詫びなんか要らないわよグエル!立ちなさい!反撃しなさいよ!

あぁ、そうだよな。ミオリネならこうやって発破をかけてくれる。

でも、もう手がない。足もない。立ち上がることも、反撃もできない。

達磨にされたディランザのアンテナが、弾き飛ばされる音がした。

今日、俺は、ホルダーの座を、花嫁を、俺の大切なミオリネを、失った。




※ミオリネ視点


グエルが負けた。

ホルダーの白制服を脱がされ、打ちひしがれた様子のグエル。

私は励ましなんてする柄じゃない。決闘は、ただ結果のみが真実。私もグエルも、嫌というほど分かっていることだ。

ただ、やっと顔を合わせてくれたグエルは、痛々しく顔面を腫らしていた。決闘で受けた怪我ではない。グエルの親父に、ジェターク社CEOヴィム・ジェタークに、罵声と絶縁宣言と共に殴られたというのだ。

私は頭に血が上った。今まで勝ち続けてきた自分の息子を、たった一回の敗北で殴り付けるなんて。

グエルは私に努力している姿なんて見せようとしなかったけど。私は知っている。グエルが決闘に備えて、毎日どれだけ訓練に打ち込んでいたのかを。

気がつけば私は、ジェターク社に乗り込んでいた。総裁の娘、ということで尻込みするセキュリティを押し退け、CEO室に乗り込んだ一番、私は何事かと驚くグエルの親父の横っ面を張り飛ばしてやった。

「あんた少しは自分の息子の事を信じてやりなさいよ!グエルは、次は必ず勝つわ!」

そうよ、あんたも私のクソ親父と同じ。ろくに子供と向き合わず、一方的に押し付けるクソ親父そのものよ!そんなの…あんなに頑張ってたグエルを認めてあげないなんて、グエルがかわいそうじゃない!

「っ!…このっ…!トロフィーの小娘がっ!!」

この上ない侮辱の言葉と共に振りかぶられる拳。殴られる覚悟はしてた。せめて目は逸らさない。足を踏み締め歯を食いしばった。

「やめろ父さん!!」

見覚えのある広い背中が、私を庇うように立ち塞がる。

私を追いかけてきたのだろう。グエルが私と暴力クソ親父の間に飛び込んで、顔面で拳を受け止めていた。

「!グエル貴様…!この俺に逆らう気か!?」

「関係ない!俺がどうなろうと知らない!!だけどミオリネにだけは手は出すな!!」

胸ぐらを掴まれながら、グエルが吠え返す。

私の代わりに殴られたグエル。パパの言いなりだと思っていたのに、私を庇ってそのパパを睨み返すグエル。気弱になるまいと思ってはいたが、思わずグエルの顔を心配そうに見つめてしまう。

いけない、これは私が始めた戦いよ。最後まで私が戦わないと。

グエルに寄り添うように、私はもう一度、DVクソ親父に向かい合う。

「お願い。もう一度グエルを信じてあげて。…もう一度グエルを、ジェタークの息子として戦わせてあげて」

グエルの胸ぐらから手を離し、グエルと私の顔を交互に見比べるパワハラクソ親父。

一瞬迷った顔を見せた後、私達にくるりと背を向ける。

「…グエル…ジェタークの男が絶対にしてはならない事を知っているか?…戦いに負ける事でもない。地位や栄光を逃す事でもない。…心から惚れた女を泣かせる事だ!」

驚いた顔、心なしか少し赤らめた顔のグエル。きっと私も同じ顔になっていた。

手元のリモコンを操作する顔面パンチクソ親父。CEO室の壁が動き出し、壁の向こうから、デッキに待機する真紅のMSが姿を現した。

「我がジェターク社が誇る、最強、最新鋭のMS、MD-0064ダリルバルデ!!こいつを貴様にくれてやる!!必ず勝て!貴様の花嫁を取り返し、二度と手放すな!!」

あぁ、このクソ親父、きっと唯のクソ親父じゃないんだ。心の底では、きっとグエルの事を大切に思ってる。ただ、表に出すのが下手なだけな、不器用頑固クソ親父。

グエルの顔。さっきまで驚いてただけだったのに、もうこんなに決意の満ちた顔してる。あの機体の色と同じように、赤く燃える炎がグエルの目に見える。

大丈夫。次はグエルは勝ってくれる。その次も、その次の次も、ずっと




※グエル視点


「この機体、ディランザに比べてレスポンスが遅いわ。グエルが2秒ほど先を想定して動かないと」

「ああ分かった…なんでそんなによく見てるんだよミオリネ?」

「当然でしょ?何回あんたの決闘を見てると思うのよ」

父さんから、新機体ダリルバルデを譲り受けてから数日。ジェターク寮の仲間達は、かかりっきりでダリルバルデの調整に張り付いてくれている。

そして、ミオリネも。

経営戦略科の主席とは言え、本来MSは専門外の筈なのに。俺が徹夜で読み込んでいたダリルバルデのマニュアルを、彼女は俺の隣で一緒に読み込んでくれた。

綺麗な顔についた目の下のクマと、ボサボサの髪の毛が、彼女もまた一緒に戦ってくれていることを俺に再認識させる。

俺は次は負けない。絶対に彼女を泣かせない。…彼女は簡単に泣くような女ではないけど、その思いが俺を強くしてくれる。

「この拡張型AI、優秀だけど実戦での蓄積が少なすぎるわ。最初からあんたの腕と感覚で勝負した方が良さそうね」

「あぁ、分かってる。この出力と馬力を使いこなせば、あのエアリアルとも肉薄できるはずだ」

「せんぱーい!ミオリネ姫ー!差し入れっすー!」

「頑張るのはいいけど無理しないでくださいねー!明日が大事な決闘本番なんですからー!」

フェルシーとペトラも、最初は渋い顔をしていたラウダも、全力で俺達をサポートしてくれている。今更だが、俺は本当に恵まれている。仲間にも、弟にも、父さんにも…言うのは恥ずかしいが、花嫁にも。

「ところでこのAI、戦闘用以外にも何か大きなデータが入ってるわ。何かしら?」

「ああ、俺も気になってた。ちょっと再生してみるか」

ミオリネと一緒に覗き込んだモニター。俺はすぐに後悔した。

『ヴィム・ジェターク直伝!彼女を退屈させない夜の四十八手!!』

「……グエルぅうう!!!あんたのとこのドスケベクソ親父はあんたに何をさせようっていうのよ!!」

「ごごごごご誤解だ!俺もこんなの知らないゲフゥ!」

思いっきりビンタをかまされる俺。

俺の頬に触れた手のひらは、俺の手のひらよりもずっと小さい。

あの父さんから殴られた日。そしてミオリネが俺の為に父さんと戦ってくれた日。

父さんに殴られた俺の頬を手当してくれたミオリネ。その手のひらが、小さくて、とても綺麗で、でもとても力強くて。俺は思わず、その手を取って、何回目かになるプロポーズをしてしまった。「俺と結婚してくれ」って。…まあその直後にビンタを貰ってしまったわけだが。今はそんな事より勝ちに行くのよ!って、その通りだよな。

花嫁から、勝利のキス、ならぬ勝利のビンタを二回も貰ったんだ。これで花婿として、勝たないでどうする。

いよいよ明日は決戦だ。俺は勝って、ミオリネを、俺の最愛の花嫁を取り戻す。




※ミオリネ視点


「グエル!!」

思わず叫ぶ。私の柄にもなく。

目の前で激しくぶつかり合う、赤い機体と白い機体。

決闘の日。全校生徒が見つめる中、グエルの戦いが始まった。

恐ろしく早いビットの攻撃が、ダリルバルデの赤い装甲を掠めていく。

グエルの得意は近距離からの白兵戦。

だが、前回よりも遥かに早い動きで、エアリアルの機体が動く。

ビットの嵐に動きを封じられ、ビームがアンテナを掠める。

だから思わず声が出た。私が声を上げて応援することなど、今までなかったのに。

気のせいか、エアリアルの動きが一瞬止まった気がした。

次の瞬間、ダリルバルデの機体が、赤い彗星のように動いた。

ビームがエアリアルのアンテナを弾き飛ばす。

一瞬、静寂に包まれたフロアが、皆の歓声で溢れかえった。

勝った。グエルが。勝ってくれた。

フェルシーにペトラ、ジェターク寮の面々だけじゃなく、地球寮のみんなまで、私の周りで祝福の声を上げる。


画面を見ると、機体を降りたグエルと水星の子が、ガッチリと握手を交わす所だった。

「負けました…グエルさん、本当に強かったです」

「俺の方こそ紙一重だった…よかったらジェターク寮に来ないか?決闘委員会も歓迎する」

「せっかくですが私は地球寮なので…また戦ってください!」

気のせいか、本当に気のせいだと思うけど、白い機体、エアリアルが、満足気に微笑んで頷いた気がした。


白いホルダーの制服に身を包んで帰ってきたグエルの首筋に、思わず飛びつく。

私はこんなことするキャラじゃない筈なのに、本当に、今日の私はどうかしてる。

「…ただいま…花嫁さん」

「…おかえりなさい…花婿さん」

おおおおおお!先輩アツいっすー!キース!キース!

周りの仲間たちが、好き勝手な歓声をあげてくる。

グエルの顔、本当に清々しい、いい顔してる。きっと、ここでキスとかしたら、凄く絵になりそう。

私は一旦グエルの首元から手を離すと…グエルの逞しいお尻に、思いっきりビンタを入れた。

「うふぉ!!??」

「さ、何を浮かれてるの!!早いとこ帰って反省会!あとトマトの様子も見に行くわよ!」

「な、お、おい!俺は戦ったばっかりなんだぞ!少しは労ってくれても…」

「ジェタークの男なら文句は言わないの!さぁキリキリ行くわよ!」

狼狽えるみんなを尻目に、狼狽えるグエルの袖を引っ張る。

そう、キスなんてまだ早い。グエルと私は、まだまだ戦っていかなくちゃいけないんだ。

…きっと、このまま、私の17の誕生日を迎えるその日まで

気持ちを新たに手を取り合い、私達は並んで、また歩き出した。





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「先回の決闘の報酬である、パイロットの退学、及び専属MSエアリアルの廃棄は公式記録から抹消せよ。飽くまでホルダーの地位のみを掛けた決闘、ということにする」

「いいのですか?今回の決闘そのものを無効にするという方法も…」

「ミオリネがまたどのような強硬手段に出るか分からぬ。…先だってのヴィムの元への直談判の件も、私にとっては寝耳に水だった」

「では、エアリアルのパーメットスコアの上昇は、また別の方法で行うということで」

「一回とは言え、あのグエル・ジェタークを完封したのだ。評価としては上々だ。…しかしあの場面で、あの場の誰にも分からぬように敵に塩を送るとは…君の上の娘は随分と気まぐれのようだな」

「あの子も女の子ですもの。人の色恋には聡いものですわ」

「そういうものか…ともかくあの計画だけは、何としてでも遂行せねばならぬ。…世界平和と、ミオリネの為にも、な」


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