ここから始まるデイぐだ伝奇冒険モノ
天文部のデイビット・ゼム・ヴォイド先輩。
天才、問題児、傲慢、サイコパス、ヤバい組織と繋がりがある…などなど、高校で色々と噂の絶えない、謎の人。
そんな人がーー橋の上で、頭に雪を乗せて、ぼんやり空を見上げている場所に出くわすなんて、思ってもみなかった。
「あの、風邪ひきますよ」
欄干に乗せた指も、鼻の頭も赤くなっていて、つい見過ごせずに声をかける。
緩慢な動作で私を見た先輩は、たまに遠くから見かける、大股で足早に通りすがる姿とは正反対で…
「ありがとう。でも、いいんだ。今日の時間は もうないから…どうせ無駄になるなら、無駄に時間を使ってみようと思って」
いつも精悍な顔立ちが、今は迷子の子供みたいでーーダメだ、こんなの放っておけない。
「ちょっと持っててください!」
彼の手に傘を押し付けて、黒いコートの肩や、頭に積もった雪を払う。
それから近くの自販機まで走り、ココアを二本買った。
しまった、寒い=ココアのイメージだったけど、甘いの大丈夫かな…と心配になりながら戻る。
…ヤバい。可愛いカラフルなドット柄の傘を持ったデイビット先輩、すごく面白いぞ。
込み上げる笑いを噛み殺し、先輩の手に あつーい缶を握らせ、傘を取り戻した。
ぬう…先輩 背が高いから、腕を伸ばさないと傘が届かないな。
「すいません、甘いの飲めなかったらカイロ代わりにしてくださいね」
「いや…貰う理由がない」
「えっ真面目か」
もしかして、思ったよりアブナイ人ではないのかも。所詮ただの噂だしなぁ。
「えっと…じゃあ、販促に協力してください」
「販促」
「はい、好きなので。寒い冬はコンビニの肉まん、あったかーいココアと決まっているのです」
茶化す口調で、冷たそうな頬に私の缶を押し付けると、彼は肩を揺らして目を見開き…
ふわり、穏やかに笑った。
「そうか。じゃあ、手伝おう」
ーー初めて見た先輩の笑顔は、思ったより幼くて、優しくて…単純な私は、ころりと恋に落ちてしまったのだった。
「あの…雪を見てたんですか?」
ココアを飲まなくても熱くなった顔に、冷たい手を押し当てて冷ましつつ、尋ねる。
「ああ、興味深くて。ただのチリやゴミが、こんな風に変化するのかと」
「おお…」
もしや先輩、天然か。
…私達は何となく、そのまま雪の中で話をした。
先輩の雑学や、私の ありふれた毎日の話。
傘を持ってもらって、手の中のココアがぬるくなって、缶が空っぽになるまで。
ーーこの時間が、ずっと続けばいいのに。
少なくとも私は、そう思うくらい楽しかった。
…まぁ、私のクシャミで おしまいになってしまったけれど。家まで送ってもらえたから、うん、プラマイゼロ。
「じゃあ先輩、また明日!」
仲良くなれた気がして、玄関で挨拶した…でも。
デイビット先輩は、寂しそうな顔で目を伏せる。
「さようなら、藤丸」
…何で、とか、どうして、とかより、
彼が、雪に攫われて消えてしまいそうに見えてーー怖くて、先輩の腕を手を掴む。
「…転校、しちゃうんですか?」
折角知り合えたのに…もっと、これから知っていけると思ったのに。
けれど先輩は、ゆっくりと首を横に振る。
「…皮肉だな、時間が無くなったから君と会えたのに…今は、時間がない事が、すごく惜しいよ」
言っていることが分からない。
分からないけど…もう、彼と、会えない気がした。
「私に、出来ることはないですか?」
「…そうだな。もし、君が嫌じゃなかったら…明日の俺にも、また明日、と言ってほしい」
「嫌じゃないです、全然!!もちろん言います!!」
食ってかかるように快諾した私に…彼は儚く頷いて、私の手を解く。
「ありがとう。…俺も」
ーーー明日、会いたかったな。
何か言った気がしたけれど、雪風の音で掻き消されてしまって…私は ただ、彼の黒くて大きい背中を見送った。
…私が彼の秘密を知るのは、もう しばらく先の話。
この日のデイビット先輩が、雪と一緒に消えてしまったと知るのもーー少し、先の話。