こうしてこうすりゃこうなるものと
隊長に復帰するしないの時は人の尻を蹴る勢いで発破をかけてきた娘が、なにやら酷く言いにくそうに話をしてきたときは一体なにかと身構えた。
一瞬「まさかあの眼鏡、大人しそうな顔しといてやることヤッたか?」と思ったが別にそんなことはなかったらしい。分別のあるいい眼鏡には心の中で冤罪をかけたことを謝罪した。
「俺がアイツに無理矢理抱かれたかどうか心配しとんの?今更ァ?」
「今更言うてもそん時まだアタシ産まれてもないやん、聞けるわけないやろ」
「そんなん言われても、別に無理矢理やないとしか言えんわ」
「ほんまに?」
「ほんまほんま、無理矢理なら千切ってたからお前もできへんわ」
娘なのだから両親のあれそれは気になるのはわかる。実は本当は愛し合っていたのではなんて話なら俺が甘言に惑わされて捨てられた女になるだけなので、そっちを聞かないだけ良しとしよう。もしも聞かれたとしても鼻で笑ったが。
しかしアレを見て俺が無理矢理アイツに押し倒されてなんやかやされたんじゃないかと心配する気持ちはわからんでもない。俺も最初からあの姿なら違う意味でも警戒しただろう、主に貞操の危機とかを。あまりに変わりすぎてあんな状況でなければ「どちら様ですか」とでも聞いたところだ。口調も見た目もイメチェンにしては大胆すぎる。
あの頃の眼鏡の優男だった藍染との関係は無理矢理でなく合意ではあったものの、愛し合っていたなどというわけでは勿論なく。いわゆる体だけの世間一般からしたら爛れていたものだっただろう。
酒の勢いで同衾したあと何故かズルズルと関係を持ってしまったのは、体の相性云々もあるがお互いの思惑みたいなものもあった。
「ほんまに無理矢理されたわけやないの?」
「ちゃう言うてるやろ、無理矢理やったらさすがにアイツがいけしゃあしゃあと隊長なんぞできへんようにしたったわ」
「でも好き合うてたわけでもないんやろ?」
「大人は色々あるんや」
警戒する男に抱かれるなんて自分でも愚かだと思わないでもないが、あの頃の俺にとって藍染と肌を重ねるのは一種の逃避でもあったのだ。
なにせ最中だけはあの嘘で塗り固められたようなアイツも普通のただの男のような顔をしたので。その時だけは何も警戒せずに探り合わずに、普通の隊長と副隊長であれるような錯覚を覚えられた。
ヤッてることは普通の隊長と副隊長のそれではなかったが、藍染を警戒しなくていいというのはそれだけで心が休まるものでもあったのだ。端的に言えばアイツで溜まったストレスをアイツで解消するという不毛なことをしていたのだろう。
あと一つ言うならば、アイツが俺に牙を剥くならそれは臥所の中で眠る女にではなく、隊長羽織を身に着けた五番隊の隊長にだろうという予感がどこかにあった。その勘は当たっていたわけだが。
とはいえ勘でなく腹の中に出したものが当たって子供ができるとは俺だけでなく藍染も思ってはいなかっただろう。犬と猫の間に子供ができないように、お互いなにか別の生き物とでも思っていた気さえする。
それでも子供ができたのだから、あの男は超越者でもなんでもなく欲望のままにするべきでない相手と子作りなぞした普通の男でしかないと、今では少し笑えるような気分だ。
当初は本当に藍染との子供かどうかすらわからなかったし、無事に育つかどうか以前に無事に産まれるかすら怪しかったのだから笑えるのも娘が無事に育ったからに他ならない。
さすがに出産時に側に斬魄刀を構えた死神が何人も控えているなんてことは対象が自分でなくても今後二度とあってほしくはないと思う。
「ハニトラとかあるやろ?あんなんや、あんなん」
「オカンそんなんできそうにないやん」
「見くびんなやお前、アイツも意味わからんけどメロメロやったろ」
「あれがメロメロなら貞子が恋多き女になるわ」
「それもそうやな」
呪いのビデオと同じ扱いにされた大罪人の顔を思い浮かべ、あれがテレビから出てきたらたしかに怖いし同じでいいかと適当に流した。
実際にあれがメロメロだとは全く思っていない、なんか執着されてんのかなとは少し思う。そんな風に意味不明な執着をされていたせいで娘は多少危ないことになったが、無事に帰ってきてくれたので問題ない。色々血にまみれたりしていたようだが無事は無事だ。
そもそもアレに恋心の一つでもあったら俺が悪いだのなんだの御託を並べて見下ろす前に依存させるなりなんなりで落とそうと試みていたはずなので、あったとしても性欲だろう。
あんな偉そうなこと言っといて下半身は欲望に忠実な普通の男なのも笑える話ではあるが。
「お前も気ィつけえよ、男は好きやなくてもヤれるし女も案外どうにでもなるもんや」
「嫌な教訓やなぁ」
「ヤッたからこの人はアタシのこと好きなんやとか勘違いしたらあかんって話や、勉強になるやろ」
「アタシは好きな人としかせえへんし、誠実な人が好みやもん」
俺も別に誠実なのは顔面だけの男が好みだったわけではないが、それを言うとややこしくなりそうだったので言い返すのはやめた。
確実に娘は特定個人を思い浮かべて反論するので、藪をつついて蛇ならぬ青い春が飛び出してくると自分の爛れた過去に遠い目をする羽目になる。
別に性に奔放な方ではなかったし他に関係を持って藍染がどう反応するか分からなかったので経験と言う点では一途なように見えるのに、内容が駄目だと健全さがこうもなくなるものか。
なんだかんだ話したが娘には是非とも反面教師にしてほしい。色々教え込まれているから不本意ならば押し倒された段階で相手の顎の一つでも砕けるだろうが、そこは親心である。
「ま、好きな男相手でも避妊はせえよ。いつ盛られてもええようにゴムでも持っとき」
「……そんなガツガツする男ちゃうもん」
「わかってへんなぁ、男なんて涼しい顔してても性欲バリバリやぞ」
「あ、あれとはちゃうの!あれ基準で話さんで!」
「一番最悪知っとけば後は全部それよりマシや」
百年生きているくせに外にも出れず周りに可愛がられて育った娘は箱入りなのでだいぶ"おぼこ"だ。それなりに人を見る目はあるとは思うのでその点を心配しているわけではないが、その気になって迫ったらそんなつもりじゃなかったなんてことになれば相手の方が気の毒だろう。
「ま、悪い眼鏡には引っかからんようにな」
娘からしたら眼鏡の印象なんてほどんどないだろうが、俺からすればアイツは眼鏡だ。今でも思い出す姿がキメにキメた悪のボスの藍染サマでなく、外面だけはいい眼鏡の優男だと知ったとしてもアイツはなんとも思わないだろう。
そういう関係だったのだから、こうなったのも当然だ……とまでは言わないが。知りつつこうなったのはどうしようもない事実ではある。言わぬが花とはよく言ったものだと、顔を赤くして抗議する娘を眺めながらこの娘がこの感慨を一生知ることがないだろうことに目を細めた。