こうかは ばつぐんだ!

「チュ!チュチュー!」
「にへへ、わや元気だなぁ」
目の前で動き回るカジッチュを見て、スグリは思わず破顔した。
このカジッチュは、スグリがゲットしたポケモンではない。今日の夕刻、一日中行動を共にしていたアオイが別れ際に突然渡してきたのだ。
「…でも、なんでアオイはおれにカジッチュを渡してきたんだろ?」
りんごぐらしポケモンのカジッチュは、スグリの手持ちであるカミッチュの進化前のポケモンだ。その事を知らないはずもないのにこうしてカジッチュを自分に手渡したアオイの意図が読めず、スグリは首を傾げる。
勿論その場で本人に理由を聞いてはみたのだが、当のアオイは
『理由…は、今はまだ言えないけど、とにかく貰って欲しいの!もしダメなら預かってくれるだけでも良いから!お願い!』
と、そう言って半ばスグリに押し付けるようにカジッチュとカジッチュのボールを渡し、そのまま逃げるように公民館へと帰ってしまった。
その時のアオイは頬をりんご飴のように赤く染め、羞恥からか僅かに目を潤ませつつも目を逸らす事なくまっすぐにスグリを見つめていて──とそこまで考え、慌てて頭を振って記憶を頭の隅に追いやる。
きっとアオイに他意はない。だから勘違いするな。
そう自分に言い聞かせて、改めてアオイから贈られたカジッチュを見やる。
カジッチュは未だに忙しなく体を動かしていて、その動きはまるでジェスチャーのようで、スグリに何かを伝えようとしているようにも見える。
しかし生憎スグリはポケモンの言葉を理解する能力は持っておらず、カジッチュが何を伝えたいのかはさっぱり分からなかった。
「お前ずっと動いてるなぁ…もしかして体力が有り余ってんのか?」
「チュ!」
今はこうしてスグリの手元にいるとはいえ、このカジッチュも元を辿ればアオイがゲットしたアオイのポケモンだ。パワフルな部分はトレーナー譲りなのかもしれない。
それならバトルでもさせて有り余る体力を発散させてやるべきなのだろうが、時刻はもう夜だ。今から公民館に出向いてアオイにバトルを申し込むのもなんだか申し訳ないし、何より夜中に外を出歩けば姉と祖父母から大目玉をくらうことは目に見えている。
「となると……ねーちゃんに頼むしかないか…」
正直あまり気は進まないが、背に腹はかえられない。
息を吐いて立ち上がり、ついにはりんごを脱ぎ捨て全身を使って何かのポーズを取っていたカジッチュを捕まえてりんごと一緒に腕に抱き抱える。
「ほら、ちょっとの間じっとしててな?元気なのはいいけど、バトル以外でケガさせちまったら流石にアオイに顔向けできねえべ」
「チュッ!?チュ、チュー!」
「はいはい、バトルでならいくらでも暴れていいかんなー」
「チュ〜!!」
カジッチュを抱え、スグリは姉がいるであろう居間へと足を向けた。
使命感に燃えるカジッチュがりんごから抜け出し全身でハートマークを作っていた事に、スグリは最後まで気が付かなかった。
〜〜〜
「ねーちゃん、今いい?」
「んー、内容によるわ」
スグリが居間を覗くと、そこには思った通り姉のゼイユがいた。
ラフな部屋着に身を包んでソファに寝転びスマホロトムを弄っているその姿は完全にくつろぎモードで、こりゃバトルは無理かもなと思いつつ一応ダメ元で聞いてみることにした。
「いや、ちょっとバトルに付き合ってほしいんだけど…」
「ハァ?アンタ今何時だと思って──、どうしたの?そのカジッチュ」
そこでようやく視線をスマホロトムからスグリへと移したゼイユは彼が腕に抱えているカジッチュの存在に気付いたようで、暫しカジッチュを見つめていたかと思うと今度はジトリとした目線をスグリへと向けた。
「スグ、アンタまさかとうとう孵化厳選に手を……?」
「流石にそこまでしねえよ…このカジッチュはアオイがくれたんだ」
「アオイが?どういう事よ?」
どうやら本格的に興味を抱いたようで、寝転んでいた体を起こして話の続きを促してくる。
なので今日あった経緯を一通り話すと、ゼイユは途端にニマニマとした笑みを浮かべて「へぇ〜?」と訳知り顔で頷いていた。
「なるほどねぇ、アオイも案外カワイイ所あるじゃない。それにしてもアンタ達いつの間にそんなに仲良くなってた訳?」
「??? えっと、話が見えねえんだけど…ねーちゃんはアオイがカジッチュをおれに渡した理由を知ってるって事?」
「んー、まあそりゃあね?」
「そうなんだ……ふぅん……またおれだけ除け者か……そっか……」
「え、そこでスイッチ入るの?嘘でしょ?」
うっかり過去の嫌な記憶を掘り起こした事で一気に思考が暗い方向へと向かってしまったスグリを見てゼイユは「あーもう!本ッ当に手のかかる弟なんだから!」と叫んで手に持っていたスマホロトムを素早く操作した。
そして目当てのページを見つけるとすかさずそれをスグリの眼前に突きつける。
「ん!」
「? 何コレ…」
「何だっていいから!とにかく読みな!」
「えぇ…?」
ゼイユの有無を言わせない態度に困惑しながらおずおずとスマホロトムを受け取って画面を見てみると、どうやらそれは遠い異国の地──ガラル地方の独自の文化を紹介しているサイトのようだった。
ダイマックスやジムチャレンジ、ガラルスタートーナメントといった様々な文化が数多く取り上げられていて、平常時のスグリならきっと夢中になって読み耽っていただろう。しかし今は何故姉がこのサイトを見せてきたのかという疑問の方が大きかった。
記事全体に軽く目を通しながら慣れない手つきで画面をスクロールさせていると、不意に見慣れたポケモンの画像が表示された。慌てて手を止めて画面を見てみると、やはりそれはカジッチュだった。今現在スグリの腕の中にいる、今回の件の鍵を握るポケモン。姉がこのサイトを見せてきたのも、ここに先ほどの疑問の答えが書いているからなのだと漸く理解できた。
謎の緊張感を感じながら、スグリは意を決してその記事に目を通した。
『ガラル地方には“好きな人にカジッチュを贈ると恋が叶う"という噂があります。そのため、バレンタインの季節になるとカジッチュを模ったお菓子が数多く店頭に並び、その光景もガラル地方ならではのものと言えるでしょう』
「………………え」
たっぷりの間を置き、ようやく発せた声はその一音だけだった。
“好きな人にカジッチュを贈ると恋が叶う"
その一文がグルグルとスグリの脳内を駆け巡る。駆け巡る文字はしばらくすると段々と速度を落としていき、それに伴いスグリの脳はその内容を噛み砕き始める。
好きな人にカジッチュを贈ると恋が叶う。好きな人に、カジッチュを……好きな人?
「〜〜〜〜〜〜っ!!!」
ブワッと、まるで瞬間湯沸かし器のように一瞬にして顔を真っ赤にさせた弟を見てゼイユは呆れたようにため息をつき、その手からスマホロトムを抜き取った。
「分かった?まあつまり"そういう事"よ。オメデトウ」
「……い、いや、でも、ガラル地方の噂だべ?ならアオイは知らなくてただの偶然って可能性も……おれだって今初めて知ったし……」
「それはアンタが疎いだけ!最近はこのガラル地方のジンクスもかなりメジャーになってて、よく雑誌とかネットニュースでも紹介されてるんだからアオイが知らないはずないでしょ?」
「だからって……!」
姉の言葉にスグリはそれでも食い下がろうとする。
だって、それがもし本当なら…それはスグリにとって都合が良すぎるから。
どうにか否定材料を見つけようと、頭の中で過去の記憶を振り返っていると、ふと、つい先ほど頭の隅に追いやった記憶が再び顔を覗かせた。
今日の夕方、カジッチュを己に手渡す時。アオイは一体どんな表情をしていた?
頬をりんご飴のように赤く染め、羞恥からか僅かに目を潤ませつつ、それでも目を逸らす事なくまっすぐにスグリを見つめるその表情は、まるで──
恋する乙女そのものだった。
「……カジッチュがもう1匹増えたわね?」
真っ赤な顔で蹲った自分を揶揄う姉の声が聞こえたが、すでにひんし状態のスグリは蚊の鳴くような声で「わやじゃ…」と呟くのがやっとだった。
おしまい
【注:無断転載・動画化禁止】