けだものだもの

けだものだもの


 爪先に口付けを一つ。

 そのまま唇で足の甲をなぞって、脛へと上がっていく。膝で一旦止まって、顔を上げた。

ローの体は、全く起きる気配を見せずに穏やかに眠ったままだった。

『睡眠障害用の薬よ。これなら数時間は起きないわ』

 テーブルの上に置かれた小瓶、中に入っている錠剤の説明を受けたのは二時間ほど前のことだ。

 薬の効果を説明したローが服用して作用するまでにおよそ一時間。瞼を下ろしたローの体をベッドに横たえてからもう一時間ほど待った。ローが寝たふりをしている可能性もあったからだ。

 眠っていると確信出来るまで、間接照明のランタンが灯る薄暗い部屋で注意深くその体を観察していた。深く寝入っている証拠に呼吸の間隔が長い。全身の力が抜けていて、触れても反応はない。

『いいわよ。コラさんがしたいようにして』

 眠ったままの体に触れたいと頼んだとき、ローはすんなりと承諾して薬まで用意した。元々眠りが浅いので途中で起きておれの妨げにならないようにという気遣いからだった。

 おれの拗らせに拗らせたフェティシズムに付き合ってくれる寛容な恋人は、薬の力を借りて深い眠りに就いている。おれがこれから与える一切を拒否出来ない体を組み敷くと興奮でぶるりと震えた。

 抵抗できない状態にある体を好きにしたいのではなく、あくまで当人の預かり知らぬところで体を好きにしたいという拗れた欲望が芽生えたのはいつの頃だろう。

 幼い日のローに邪な目を向けていたときから既に持っていた気がする。

 一回り以上歳の離れた子供の体に興奮し、夜な夜な自分の頭の中で酷く汚しては罪悪感に押し潰されそうになる。自分の良識と欲望の落差で頭がおかしくなりそうになったとき、相手に知られなければ罪にはならないのではないかと閃いたのだ。

 勿論相手の知らないところで犯したからといって無罪になるわけがない。そんなものは詭弁でしかないと分かっていた。それでも相手が意識を失っている間であれば誰にも知られずに自分の欲を遂げられるのではないかという思いはおれにとってある種の救いだった。

 嫌がるローを無理矢理押さえつけるのも、受け入れてくれるローと正面から体を繋げるのも、欲を吐き出したあとはただただ自分の妄想がおぞましく思えた。だが眠っているローの体に触れるという妄想は、少しだけ罪悪感が軽くなった。どうやらローの目の前で醜い情欲をぶちまけるという所業が、己の中でかなり重たい罪だったらしい。

 そんなこんなで勿論実行に移すことはなかったが、眠るローの体に好きなように触れたいという妄想はおれのお気に入りのネタなのである。

 長くて綺麗な脚をそっと持ち上げて軽く広げる。自分の体をその間に滑り込ませて、太腿の内側に唇を押し付けた。賞金首の海賊らしく鍛えられバランス良く筋肉のついている脚も、そこだけは薄く脂肪がついている。日に晒されることがなく特にきめ細やかで白い肌なのも相まって、吸い付いて鬱血痕をつけるとまるで新雪に一番乗りするときの気分になった。

 呼吸に合わせて上下する胸を見下ろす。今自分が何をされているのかローは全く知らないのだと思うと、背筋にぞくぞくとした快感が走った。

 おそるおそる静かに触れていたのが段々性急になり、腕も、脚も、胸も、犬のように舌を這わせて舐め回す。夜着をはだけさせてあちこちに舌を伸ばしても、ローはほとんど身じろぎせずに寝息を立てていた。

 はぁ、はぁ、と興奮するにつれて上がっていく息が煩わしい。自分の舌が唾液を混ぜ合わせながらぴちゃぴちゃとローの肌を味わう音が不愉快だった。

 ずしりと重たくなっていく性器を押し付けながら、まだ舌で触れていない場所はないか探すように丹念に体を舐めていく。欲を放出したいという原始的な欲求に腰が揺れながらも、無抵抗の体に舌を這わせる気持ち良さを優先する。

 本人から許しをもらった上でやっていることだ。おれが何をしているかなんてローは既に知っているし、目を覚ませば体に散らばる鬱血痕で何をされたか悟るだろう。それでもどこかに残る背徳感で頭が沸騰しそうだった。

 ずっと頭で思い描いていたことを、誰も傷つけない形で遂げられる。十数年前からは考えられないようなこの幸せも相まって、いつもの行為とはまた違った種類の充足感がもたらされる。

 この時間だけ、この時間だけでいい。おれをただの獣でいさせてくれと、とっくに許してくれた体に向かって心から願った。


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