ぐうの音
ウタは可愛い。
ファンにも、身内にもよく言われる。かく言うルフィも、結婚前からウタの容姿が良いくらいは知っていた。初夜を迎えてから判定が緩々になっただけで…
ただ、ルフィからすれば、割と彼女は幼馴染という関係だけだった頃から面倒見のいい姉気質だった。
「ルフィー!迎え来たよー?」
「おお、ウタ!ありがとな!…うひょー!?この車カッケェな!!」
「にしし、シャンクスのコレクションから一個借りちゃった♪」
キーのリングに指を通してクルクルと回して笑うウタ。彼女も歌手としてはかなり稼いでいるが、彼女の父もまた負けず劣らず著名な人物だ。親子関係は公表してないもののルフィと結婚してからも、こうして愛車の一台をポンと貸してくれる程度には仲は良いし交流もある。
車の運転席にウタが乗り込む。
ルフィの運転が下手くそなのと、歳上だった故に免許を取るのも先だったので、自然とウタが運転手のポジションに落ち着いてるのだ。
「ルフィ、シートベルトは?」
「とっくに締めてるぞ!」
「オッケー、それじゃ帰ろっか」
そうして二人で会話をしたり、時折コンビニに寄って飲み物を買ってはまた喋ってはしゃぐ。
そんな時のウタは、妻や嫁というより幼馴染だった頃と変わらない、同年代の女性といった風で慣れ親しんだこの空気がルフィにとっても居心地がいい。
家までは距離がある。そして今日も一日忙しかった為にルフィは割と眠かった。
「寝たら?まだ着かないしさ」
「んー、お前に運転ぜんぶ任せてんのに…悪いな。下手くそだからよ、おれ」
「ふふ、気にしなくていいよ。今更だし」
欠伸一つこぼして、うとうとと船を漕ぎだすルフィはふとウタの横顔を見る。助手席側だと彼女の白い髪に遮られて目が見えにくいが、車の空調の風で靡いて出来る隙間から覗く彼女の目は優しくて、窓から入る夕焼けの光によく映えていた。
ウタは、可愛い。分かる。
だが綺麗も外せない。
内心嫁の魅力に頷きつつ、ルフィはそのまま眠りについた。
「…フィ、ルフィ」
「んあ?」
「ふ、やーっと起きた」
頬を撫でられる感覚で起きると大分辺りは暗くなっておりウタを見ると、ココアの缶を左手に持ち、煌々と照らしてくる街灯の灯りをフロントガラス越しに浴びていた。キラキラと、薬指に光る二つの石が目についた。
「おはよ…まぁ夜だけど」
「はよ…」
ウタの左手薬指には二つ指輪がある。婚約指輪と結婚指輪…本来の渡す順は逆だが当時二人でお揃いのものを買う感覚でしかなかった結婚指輪のあと改めてプロポーズした際に買ったソレも律儀に彼女は付けてくれる。
二つのリングが安めの蛍光灯の灯りが光源とは思えない程眩しくて、思わずク…とルフィは目を細めた。
「遅くなったけどご飯食べないと後でルフィ辛いでしょ…ほら、家入るよ」
「おう…」
確かにお腹は空いている。そうして眠い身体を起こし、ぐうぐう鳴っている腹をおさえつつ家へと入った。
「ただいま」
「おかえり」
そうして夕食も済み、シャワーも浴びる。特に言い合わせてもないのにお互いを待って二人とも寝室に入る。
そうなれば…今の二人の関係上あとは仕方ないことだった。
「は、あっ…んぅっ」
「ぅ、っく…ぐっ!」
「ァ、ッ、〜〜〜ッ!」
まぁ、こうなるのはウタも多少予想してはいた。それでも今日は疲れていただろうから……確かに夕食に彼の好きな肉料理を出しはしたが、肉を食べたからってそんなすぐに元気にならなくても良いじゃないか。しかもなんで今日はいつもより長いんだ。チカチカする思考でウタはルフィの肩を掴む。力はあまり入ってないので押し離そうとしているよりは縋っているように側からは見える。
「ち、ちょ、っとぉっ…!しっ、つこいぃぃ…!!ふぁっ!」
「ふぅ、ッ、我慢してたからな…ッ」
「な、んっ…だよぉ…へんたいっ!ぁんっ」
幼馴染としてルフィの事は色々知っているが、こういう時のスイッチや琴線はいつだって分からない。いつのまにか触れてるらしくて心構えも出来ぬままウタは翻弄されてしまう。今回は指輪をして微笑んだ姉さん女房な妻にグッと来たなど、ルフィは口が裂けても言わない。
だけど流石にそろそろまずい。普段よりどころか偶のしつこい日よりも更に丹念に、そして長くされている。
「そ、ろそっ、やめっあっあ…!ぅあ…ッはぅ、う」
「…あと一回、これだけ…ッ」
嘘つかないでよそれ二回前くらいにも聞いたんだよ!!と頭の中で怒るウタだったがもはや話す余裕もない…
「うあッ、あっ!あぁッ」
「う、は、ぁっ…!!」
身体の中心に熱が吐き出され溜まっていくのを感じながら、ウタは息を整える。これでも同世代の女性の中では体力に自信はあるのだが…夫のソレと比べれば子供みたいなものなのだろう。夫との行為は嫌いではない。むしろ、好きだ。
だけど…トんでしまうと、何も分からなくなってしまって勿体無いから、多少の手心は欲しいのだ。そんなウタの気持ちを知る由もないルフィがウタの腰を掴んで逃がさない様にしてもう一回する気配を感じた辺りで彼女の思考はほどけていった。
「…ッ…ぁ…?…ひゅー……ひゅー…」
「…やべぇ…!ごめん、ウタ…!」
あれから、あまりにも遅い謝罪をルフィがしている下で、ウタは小さく身体を跳ね、か細い呼吸をしていた。
意識はある様だが、緩慢な瞬きを繰り返してはボーッとした目線をルフィに向けるくらいだ。流石にマズイと思ったルフィはとにかく水なり飲ませたり、身体を拭いてあげねばとウタから離れるように身を起こそうとした。
それを引き止めたのは、もはや添えられている様な力でルフィの手首を掴むウタの手であった。
「ウタ?」
「…ぁ、や…ら……ぃか…な、ぃれ…」
「え、いやでも…」
やだ、いかないで。
そんな彼女の言葉を拾ったルフィは最初こそ理由を話してすぐ戻ってくる事を告げようとしたが、いやいやと首を緩く振る彼女に負けて側にいることにした。そのルフィにウタは両腕を伸ばして口を開く。
「…っこ」
「ん?」
「…だ……っこ」
だっこ……抱っこ???
え!?抱っこ!!?!?
「ハ、ハグとかではなく…?」
「…」
漸くウタの目に感情が戻ってくる。そしてそれは雄弁に、語っていた。「アンタこんなに好き勝手しといて文句あるの?」と。基本的にルフィの好きに動いて良いと言ってくれるウタだが、やはり今回はそこそこ怒っているらしい。
「はい、やります…」
もはや敬語になりつつルフィはウタの身体に腕を回して抱き上げる。ウタも伸ばしていた腕をルフィの首後ろに回して、近い首筋に自分の鼻先をうりうりと擦り付けた。そして…
ガブッ
「い…ったくは、ねえか…」
「……」
そもそも力が入らない為に痕に残らなそうな甘噛みしか出来ず、それでも文句を言いたげにウタはルフィの首から肩にかけてガブガブと噛み続ける。悪かったと謝罪しながらルフィも彼女の頭を撫でた。
「……」
あ、ちょっと噛む力弱くなった。そう察しはしても言わない。今度こそ、痕になる力で噛まれる気がしたから。
今回は自分が悪いし、ウタ相手に痕をつけられるのは構わない。実際背中には時折彼女の爪の痕が残ったりするのだが、それを気にして爪を切ろうとするくらいには彼女は優しいのだ───時折それが行為の合図になってたりする───。そちらも痕になって彼女が気にしてはいけない。
「明日は休みだし美味いもの買ってくるからよ、な?」
「…いい」
「んー、じゃあ今度好きなとこにでも…」
「それもいい…」
少しずつ回復してきた彼女を抱き上げたまま、今回の詫びをどうするかと頭を捻るルフィだがどうやらその二つはお気に召さないらしい。
「うーん、じゃあどうすっか…」
「……がいい」
「お?」
「この、ままがいい…もうちょっと、こうしてたい…」
そうして体重をかけ、またルフィにグリグリと頭を押し付ける。絹糸みたいな髪が擽ったい。
「……だめ?」
「ぐぅっ…!」
だめかどうか聞いておいて、実のところ断られるなんて思いもしてない目でルフィを見上げてくる。そんな彼女を敵わないなとルフィは抱きしめた。
ウタは可愛い。この顔を知ってるのは自分だけだろうけど。ぐうの音も出ない程の事実である…いや、寧ろ可愛いと思う度ぐうの音くらいしか出ないのだけど。