きみの未来を願う。
とびきり家族思いで、"過ぎる"がつくほど優しい子。
それが私の知っている、虎杖家の悠仁くん。
復讐だとか憎悪だとか、そういう生臭さとは一切無縁だと。少しやんちゃなところもあるが、ノリがよく素直で人懐っこくて、傍にいるだけで温かくなれるような、お日様みたいな心を持つ少年。基本的に自身より祖父である自分や友人のことが最優先で、人を傷つけたりだとか、そういう事は絶対しない。それが、私の知る限り、聞いたことがある限りの虎杖悠仁くん。
だから、時が経って彼のことを知ったとき。
宿儺の受肉体、処刑対象として彼の名を聞いたとき、私は動揺を隠せなかった。
何があってもお爺さんを放り出したりしないであろう悠仁くんが、一般人であるはずのあの子がそんなことになっているなんて、と。大切なもの────自分のこれからの人生を"呪い"に奪われてしまって、彼はどうなってしまっているのだろうと。
思っていたから。
『自分が死ぬときのことは分からんけど 生き様で後悔はしたくない』
彼が言ったというその言葉を聞いたとき、決意の籠もったその一字一句に。
一瞬、息が止まった。
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あの子が呪術高専に入学したと知ってから、もう一ヶ月以上経過していた。私が高専に行くための時間をなんとか捻出して訪問したときにはもうとっくに彼は任務に行っていて、結局会えたのは夜蛾校長だけ。一報こそ入れたが、私が十分もかからずに来てしまったが故にほぼアポ無しと変わらない急な訪問となったのにも関わらず、私を邪険に扱うことはなかった。
私の表情を見て、それで用向きと事情を察したのだろう。私が何かを言うよりも早く、軽い手招きとともに部屋に上げてくれた。
そして私と悠仁くんの関係を話し、そして今の悠仁くんのことを聞いた後に告げられたのが先程の台詞だ。
「・・・悠仁くんは、呪術師になるんですか」
「そうだ。二十本の指を全て、取り込ませるまでは」
「宿儺を、抑え込めていると?」
「偶に口や目を生やして外部と交流してくることもあるそうだが、概ねはな。
悟のお墨付きだ」
「ごじょさんが・・・」
「ああ」
ほぅ、と息が出た。安堵のそれだった。
その場に来てくれたのがあの人でよかったと、久しぶりにごじょさんに感謝した。他の術師だったら、こうは行かなかっただろう。あの傍若無人な振る舞いと在り方に対して、強い呪術師を育てて呪術界を変えることを望む彼だからこそ、悠仁くんに可能性を見出してくれたのだ。
「悠仁くんは今どこに?」
「伏黒とともにいる。あの子も、虎杖のことを気にかけているからな。必ず助けになるはずだ」
いくら今の彼が宿儺を抑え込めているとはいえ、呪術界が呪いの王の受肉体をすんなり認めるはずがない。惨事を引き起こす前に殺すべきだ、という意見はすでに声高に唱えられ、今このときもあの子の命を狙わんとする動きが始まっているかもしれない。
だから夜蛾校長とごじょさんは、高専で経験を積ませるのだと。呪術師としての力と地位を手に入れて、人を守ることができる、有用な人材であると見せつければ、呪術界も───表面上ではあるだろうが───最強の庇護抜きでも、彼を認めざるを得なくなるだろう、と。
「・・・だが、いまの状態では呪術界の信頼を得るにはまだまだ足りん。特に上層部の考えは、そう簡単に変わることはないだろう。一人の呪術師という個ではなく、呪いとしての括りで扱われることは明らかだ」
「悠仁くんと行動をともにする以上、恵くんや周りにも、なんらかの手が伸びることは避けられない、ですよね」
「ああ」
あの子は、知っているのだろうか。
この世界が、自分に、いったいどれほどの試練を課してくるのかを。
・・・いや、たとえ知っていたとしても、それは彼の決意を変えるには至らないのだろう。
「・・・悠仁くんのことを教えてくれて、ありがとうございました」
「ああ。お前の知人の孫であった、というのは俺も知らなかった。虎杖のことについて、何かしらの手助けを求めるときが来るかもしれん。その時は頼む」
「はい、勿論です」
悠仁くんが足を踏み出す理由が憎悪や復讐でないとしても、これから呪霊や人の呪い相手に何も思わぬはずがない。悠仁くんがどれほど心優しい子だったとしても、抑えられない感情は確かにある。
・・・それでも、心のどこかで安心する自分がいた。
自分の身体の中に突然とんでもない怪物が宿ることになった悠仁くんのこれからの人生を思えば、安心なんて、不謹慎にも程がある感情だろう。それでも、あの子の心と身体が真っ黒に塗りつぶされたわけじゃなくて良かったと、身勝手な安堵を覚えてしまう。
(・・・もし会ったら、何て言おう)
目の前の空は、薄灰色の雲の向こうで、ただ青い色だけを私に伝えていた。