きみの光に誘われて【中編】
※魔法少女にあこがれてパロ。引き続き何でも許せる方向けです
ひとりの少女が町を駆ける。
地面を、外壁を、空を踏みしめて走っていく。
向かう先には町を破壊している巨大なクマのぬいぐるみ。
小さな何者かが乗って操っているそれに、まるで弾丸のように接近していく。
激突。戦闘。そして苦戦。
視認するのも難しかった少女の動きが、だんだんと鈍くなっていく。
魔法少女『ピュアリアル』の初めての戦闘。
僕はなんの感慨もなく、淡々とその様子を眺めていた。
「お帰りー、今日は遅かったな」
「ただいま。ちょっと寄り道しててね。オリジナルこそ今日はバイトはいいの?」
家に帰ると、兄が火をかけた鍋の番をしながら動画を見ていた。僕は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップに注ぎながら問いかける。
兄は動画から目を離さず、「今日は休みになった」と怠そうに答えた。
「なに?ずる休み?」
「そうじゃない。仕事先に必要なものが揃わなくて、仕事自体が休みになったってだけ。明日は行く」
「ふうん」
兄の仕事内容はよく分からないが、そういう事もあるのだろう。僕は適当に相槌を打ちながら、水を一口コクリと飲む。
そのまま部屋に行こうとした所で、兄の見ている動画に気付いた。
「また同じの見てるの。オリジナルも飽きないね」
「は?最新の戦闘なんだが?合体ロボ『ダリルバルデ』の初お披露目動画なんだが?同じじゃないんだが?」
途端に今までの怠そうな雰囲気は何だったのかという風に元気になった兄は、弟に対してガンを付け始めた。
兄は通っている商業高校のある町のご当地ヒーロー、重機戦隊『ロボレンジャー』に夢中なのだ。
『ロボレンジャー』はポピュラーな形態をしている5人組のヒーローだ。赤、青、緑、黄、ピンク、それぞれの色の戦闘服で全身を覆い、悪の怪人と戦っている。
最初は徒手空拳で戦い、終盤で怪人が巨大化すると彼らもロボを呼び出して戦う。そして最後に倒された怪人が爆発する中で、お決まりのポーズを決める。
良く言えば安定、悪く言えばマンネリとも言える同じ戦闘を繰り返している。この辺りは『ピュアリアル』と一緒だ。
それなのに彼らは魔の3カ月を超え、もうすぐ半年を越えようとしている。同じような戦いを繰り返している『ピュアリアル』は最初の3カ月を越えられないだろうと言われているのに…。この辺りは戦いの規模というか、敵の違いが大きいのかもしれない。
『ロボレンジャー』の敵は、後から後から湧いて出て来るように無尽蔵なのだ。そして決してあきらめない。正直ずるいと思う。ファラクトと交換して欲しい。
「…『ロボレンジャー』の敵って確か、『ペイルグレード』だっけ?こいつらっていつも同じようにやられてるのに、どうして全滅しないんだろう」
僕がついポツリと疑問を口にすると、兄はおや、という顔をした。
「そりゃ敵の本体に食い込めてないからだろ。怪人は使い捨てだし、ボスどころか幹部級もまだ倒せてないぜ」
「大きい悪の組織なんだね。…ちょっと聞くけど、小さくて弱っちい悪の組織がヒーロー相手に戦うとしたら、どうしたらいいと思う?」
「何だそりゃ…って、ああ、お前の好きなヒーローの話か。連戦連勝で敵もだんだん弱いのしか出て来なくなってるんだっけ。でもお前、せっかく好きなヒーローが活躍してるんだからそこは喜んどけよ」
「一般論は聞いてない」
「拗ねるなって。…そうだな、俺ならヒーロー側の調子を崩すな」
「調子を崩す?」
「『ロボレンジャー』相手なら絶対やらないけど。例えば仲間割れさせるとか、戦いそのものを躊躇させるようにするとか、そんな感じでヒーローの精神にデバフをかける」
「精神にデバフ…」
「それで時間を稼ぐ。その間に戦力を立て直すのもいいし、目的に向かってさっさと計画を進めるのもいい」
「………」
「一番上手くやってるのは『怪盗エンジェル』だろうな。あいつって半々くらいの割合で目的達成してるだろ。基本的にヒーロー側をおちょくって自分のペースを崩さないようにしてるみたいだ」
「なるほど」
「…まぁどれだけ精神攻撃してもヒーローなら最後には立ち上がって来るんだろうけど。そんなヒーローの雄姿が間近で見られるってんだから、悪の組織も役得だよな」
「悪の組織的には立ち上がってくれない方がいいんだろうけどね」
「違いない。でも俺がもし悪の組織の一員なら、世界征服なんて放って置いて推しの格好いい所を見るためだけに戦うわ」
『ペイルグレード』の構成員が聞いたら怒りそうなことを断言して、兄は胸を張った。
もし本当に『ロボレンジャー』の敵側に兄が居たら、それはもう苦労する事になるのだろう。主に悪役側とヒーロー側の両方が。
悪の組織の悪役に成りきった兄がククク…、と悪そうな笑みを浮かべていると、ピピッとタイマーが鳴った。
「おっ、もう時間か」
普段の様子に戻った兄が鍋の火を落とすと、テキパキと皿を出し始める。
「ほらさっさと着替えてこい。ついでに5号も呼んでくれ」
「了解。……アドバイスどうも」
僕は最後の言葉を聞こえないように声に出して、兄にこっそりとお礼を言った。
そして夜。僕は部屋の窓を開け放つと、静かに相棒の名前を呼んだ。
「…ファラクト」
「はいですファラ。さっそく負の感情を集めに行くファラ?」
空間が僅かに歪んだかと思うと、真っ黒い昆虫のような妖精が姿を現す。僕にしつこく纏わりついてきた小さな悪の総帥だ。
今度は遠くに放ったりせず、寄り添ってきた妖精をそのまま受け入れてやる。ファラクトは僕の肩に乗って嬉しそうに体を揺らし始めた。
「その前に一度試したい事があるんだ」
「家に帰る前にも色々試してたのにファラ?」
「あれは単に自分の能力を確認しただけ。今度は予行演習かな。そのまま本番になるかもしれないけど」
「ファラぁ?」
「分からなければいいよ。目的は負の感情を集める事。それには違いない」
「ならいいんだファラ」
「行くよ」
僕は窓から身を乗り出すと、そのまま外に飛び出した。すぐにファラクトが黒いワームホールを作って、僕の行きたい場所に飛ばしてくれる。
ワームホールを抜けた先は僕が通っている学校周辺。ファラクトが縄張りにしている町の一角だ。
パタパタとケープが風にはためく。悪の幹部となるにはそれなりにドレスコードが必要らしく、今の僕は普段なら見向きもしないような豪奢な服に包まれている。
僕は胸元で揺れるフリルのひだを目の端に映しながら、足元をぐるりと見降ろした。空中から見る町の景色は、知っているはずなのに知らない場所のように感じる。
「どうするファラ?」
「僕の能力は今のところ1つだけだ。怠惰な僕に相応しい能力。とりあえずそれを使って魔法少女とやり合ってみるよ」
「い、いきなりファラ?」
「試したい事があるって言ったろ。お前は隠れていなよファラクト。上手くいったら極上の負の感情が手に入るから、それだけは取りこぼさないように注意して」
「わ、分かったファラ。気を付けてファラ」
黒い妖精が空間の歪みに身を隠したのを確認すると、僕は片方のピアスを外して房の付いた鞭に変えた。
ピシリと空中を叩いて、まだ姿を現さない魔法少女に宣戦布告する。
「出て来なよ『ピュアリアル』。僕の力できみをずっと魔法少女のままにしてあげる」
魔法少女『ピュアリアル』は、最初はとても強いとは言えないヒーローだった。
確かに常人にはできないスピードで移動したり、ステッキの先から光の玉をだして攻撃したり、空を飛ぶことはできた。体の動かし方だって堂に入ったもので、一目でヒーローと分かる存在だった。
でも彼女は攻撃が下手だった。出来るだけ相対する相手にダメージが行かないように立ち回っていた。だからすぐに防戦一方になった。
僕はそれをショッピングセンターの窓から冷めた目で見ていた。
次々と出てくる悪の組織と、正義のヒーロー。
ヒーロー側が完全に倒されてしまえば、悪の組織によって世界が大変な事になるのは分かっている。
けれど僕は知っていた。例えひとりのヒーローが負けても、またすぐに代わりのヒーローが現れることを。
悪の組織が現れれば、対応する正義のヒーローも同じように現れる。それは悪の組織が壊滅するまで続く。
ひとりのヒーローが戦えなくなっても、違う人物、けれど同一の力を持つ者が現れて後を継ぐ。
だから基本的に、悪側が勝つことはない。どれだけしぶとく立ち回ろうと、いつかは負ける。
僕たちはヒーロー側が勝つまでの間、ただ耐え忍んでいればいい。
逆に言えば戦いが長引けば長引くほど、町や人への被害が増えていくという事だ。
僕は眼下で繰り広げられる一方的な戦いを見てため息を吐いた。
───変な甘さなんて捨ててさっさと攻撃してしまえばいいのに。もしくは、さっさと負けて別のヒーローと交代すればいいのに。
どういう基準でヒーローが選ばれるのかは知らないが、彼女が選ばれたのは何かの間違いなんじゃないかと思えた。
だって、彼女は攻撃するのを怖がっている。
今もせっかく攻撃できるチャンスがあったのに、敵の体に触れる直前にパッと手を引いて、相手に体制を整えるチャンスを与えてしまっている。
甘くて、弱い。駄目なヒーローだ。
それを証明するかのように、僕の周りには人が居なくなっていた。
この町にはしばらく悪の組織が出ていない。だから久しぶりに聞く怪人警報にみんな驚いていた。
最初は戸惑っていた彼らも、店員の指示に従ってすぐに避難し始めた。真面目で迅速な対応だ。
強いヒーローのいる町だったら、こうはいかない。
ヒーローの雄姿を一目見ようと、逆に観戦しようとするバカが現れる。今のこの僕のように。
僕は僕の都合でしか動きたくない我が儘な人間だ。今日だって避難するのが何となく億劫になったのでこうして残っている。
ついでに何か面白いものが見れるかもしれないという、ほんの僅かな好奇心も存在していた。
最近になって兄弟たちの口から上るようになったヒーローたち。そんな存在を僕も実際に見てみたかったのだ。
でも肩透かしだった。
話に聞いた格好いいヒーローの活躍は見れそうにない。
僕は残念に思いながらも、何となく眼下で繰り広げられる戦いをジッと見た。
苦戦して、怖がって、でも戦い続ける魔法少女。
自分の心臓の鼓動が早くなっている事に、この時の僕は気付かなかった。
戦いの前の下準備として、手頃な植物を鞭で打つ。
見る見るうちに鞭で打たれた植物は大きくなり、枝はゴツゴツと大きく、葉は鋭く刺々しくなっていく。
僕は少し考えて、葉の形を丸くし、枝をもっと蔓のようにしなやかに変化させる事にした。
単純な攻撃力なら前の方が良かっただろうけど、僕は別に魔法少女を再起不能にさせたい訳じゃない。
むしろその逆だ。
僕はずっとずっと、魔法少女『ピュアリアル』の活躍を見ていたかった。
変化を終えた植物兵器は、僕の足元に侍るように沈黙している。僕は手駒となったそれを一瞥して、頭の中で命令を下した。
───テキトーに暴れて、魔法少女を誘き出して。
僕のイメージが伝わったのか、すぐに植物兵器はズルズルと這い出した。異形の姿を誇示するように、道路の真ん中へと進んで行く。
そうして僕の命令を遂行するためにその場で暴れ始めた。道路を蔓で思いきり叩き、驚いて停止した車を根で激しく揺さぶり始める。
最初は唖然として見ていた通行人たちもすぐに事態を飲み込んだようだ。停車した車からも次々と人が飛び出してきて、通行人と一緒になって逃げている。
だが中にはいつかの僕のようにその場に留まる命知らずもいた。『ピュアリアル』への信頼が育っている事がとても誇らしく、同時に少し煩わしくも思う。
彼女はそんな事、望んでないだろうに。
少し苛ついたので、ちょうどいいとばかりに植物兵器に命令を出し、呑気に残っている人物に狙いを定める。
自分が襲われるとは思っていなかったのだろう。慌てて逃げ出そうとする見物客を蔓で拘束して、これ見よがしに頭上に掲げてやる。同時にそこかしこで悲鳴が上がるが、残っている方が悪いので気にしない。
僕の力を受けた植物兵器は、元が低木とは思えないほど大きくなっている。ちょうどビルの2階相当だろうか。頭から落ちたらまず助からないだろう。
別に人間を抹殺する趣味などないので、目的を達成したらすぐに解放するつもりだ。心配しなくても、そんなに時間はかからない。
「や、やめなさーいっ!」
だって、魔法少女は悪者が現れたらすぐに駆け付けてくれるんだ。
「待ってたよ、『ピュアリアル』」
にぃっと僕の口が弧を描いたのが分かった。
魔法少女『ピュアリアル』は、最初の頃は苦戦続きだった。
単に敵に攻撃するのが苦手だったからだが、いつの頃からか弱点を克服し、的確に攻撃する事が出来るようになっていた。
多分彼女は気づいたんだろう。時間をかけずに早く戦闘を終わらせることで、守りたい町の人々も、敵の怪人すらも助けることが出来るという事を。
だから最近の彼女は無駄に手数を増やさずに、一撃で敵を倒すことが多くなった。
彼女が強くなるごとに、敵は段々と弱くなっていく。そして口を滑らせる敵も増えてくる。
魔法少女『ピュアリアル』は、悪の組織の幹部でも捨て置かない。必ず戦いの前に悪の組織に入ってしまった理由を聞こうとする。そして敵を無力化した後にはすぐに介抱して、時には抱きしめる事すらある。
そんな彼女の優しさに絆されたのか、だんだんと倒された敵の口から情報が集まってきた。
悪の総裁は『ファラクト』という名前で、彼に力をもらった人々が悪の幹部になっている事。『ファラクト』の目的は人々の負のエネルギーを集めることで、それによって自らの力を高めようとしている事。
魔法少女の口から語られるその情報は、すでに町の皆には周知の事実になっている。
敵がだんだんと弱くなっているのも、『ピュアリアル』の活躍によって悪の首領である『ファラクト』に集まる負のエネルギーが少なくなっているからだ。遠からず『ファラクト』は倒され、『ピュアリアル』は姿を消すだろう。…そう囁かれる事が多くなった。
人々が前向きになればなるほど負のエネルギーは減っていき、ますます悪は弱まっていく。好循環が生まれていた。
喜ばしい事だ。
だけど僕は嫌だった。
嫌で嫌で、悲しくて…。だからこそ、僕は今ここにいる。
「待ってたよ、魔法少女『ピュアリアル』」
せっかく彼女が現れたのに、姿を隠したままなんてもったいない。
僕は今まで見下ろしていた高所から下に降りて、植物兵器の近くに姿を現した。
「あなたは…?」
「悪の秘密結社『ファラクト』の幹部、『ブリザード』」
名前は適当だ。本名を名乗る訳にもいかないので、子供の頃のあだ名を元にして名付けてみた。僕は兄弟に比べるとあまり表情を動かすことがなかったからか、小さい頃は冷たい顔だと度々言われて、終いには氷や吹雪みたいだと揶揄されていた。
悪の幹部としては中々に相応しい名前だと思う。
「どうしてこんな事を…、いえ、その前に捕まえている人を放しなさい!」
「そうだね、目的を達成したからもう人質はいらないや」
油断なく構える『ピュアリアル』を前に、僕は植物兵器に命令してあっさりと人質を解放させた。
地面に降り立った人質は最初は怯えて棒立ちしていたが、『ピュアリアル』の姿を見て勇気づけられたのか、しばらくするとよろよろと走って逃げて行った。
これで邪魔者はいなくなった。僕と魔法少女の二人きりだ。
ホッとした様子の『ピュアリアル』は、改めて僕に問いかけた。
「目的って…。もしかして、わたしをわざと誘い出したの?」
「そうだよ。僕はきみに会いたかったんだ『ピュアリアル』」
僕の言葉に納得したように頷いて、『ピュアリアル』は更に話しかけてきた。
「…そう。わたしを倒すのが目的ってことだね。わたしを倒したら『ファラクト』が願いを叶えてくれるんでしょう。前の幹部さんが教えてくれたから知ってるよ」
そうして真摯な瞳でこちらを見た。
「ねぇ、あなたは『ファラクト』に何を願ったの?それは悪の組織に入らないといけないくらい大切な願いなの?」
「………」
「わたしは話を聞く事しかできないけど、でも知りたいの。あなたがどうして悪の幹部になってしまったのか」
真正面から見る魔法少女の表情は、僕に対しての憂いに満ちている。彼女はきっと、僕が願いを叶えてもらうための手段として仕方なく『ファラクト』に従っている、そう考えているのだろう。
でも。
「違うよ」
「え」
「僕が悪の幹部になったのは、それ自体が願いを達成するのに不可欠だったからだ」
「それってどういう…」
「僕はきみが大好きなんだ」
「え……えっ?」
「きみが消えるのが嫌だから、僕はきみの前に立ちはだかる壁になる事にした」
「え、あの…っ?」
「要は僕っていう存在はきみの敵って事。簡単でしょ?」
僕は鞭をピシリと叩き、一方的に会話を終了させた。僕の意思に応えるように植物兵器がうねり、力を溜めるように根がミチミチと音を立てる。
僕の言葉に戸惑っていた『ピュアリアル』も、一瞬で戦闘態勢になった。ピリピリとした空気の中、僕は自分の目を密かに妖精眼に切り替える。
『ファラクト』の正体は闇の妖精で、僕はその力を共有している。契約しているというのが正しいのかもしれない。
ごく普通の人間だった僕がこうして異能力を持てたのもそのお陰だ。妖精眼の能力もそのひとつになる。
切り替わった視界は、白い光と黒い光に彩られている。けれどけっして見えにくい訳じゃなく、むしろいつもよりよく周りが見通せる。能力を確認した時にすでに分かっていたけれど、改めてみても不思議な感覚だ。
『ピュアリアル』の周りは白い光に満ちて輝いていた。対して、僕の周りは黒い光に満ちて沈んでいる。
このバランスを黒い光側に傾かせることが出来れば、とりあえず目先の目標はクリアできる。
「植物兵器…あー…。…『ウエポンプラント』、とりあえず全力で攻撃して」
即興で植物兵器に名前をつけると、口頭で命令を下す。ミチミチと力を溜めていた根がその瞬間一気にブワッと広がって、一斉に『ピュアリアル』へと向かって行った。
「くっ…!」
『ピュアリアル』は第一波の攻撃を避けると、すぐに反撃を開始してくる。初手は光弾を打ち、それがあまり効かないとみるやすぐさまステッキを近接用の武器に変化させて切りかかってくる。
けれど僕は『ウエポンプラント』をそれなりに強化している。更に今も変わらず力を注いでいる最中だ。
切った端からすぐに根を再生されて、『ピュアリアル』がだんだんと苦しそうな顔になってくる。
僕は戦うヒーローの様子をわくわくしながら、でもどこか冷静に観察していた。
『ピュアリアル』の周りの光は変わっていない。これはまだ彼女が全然諦めていないという事だ。
『ファラクト』が欲しがっている負のエネルギーは、人や動物が持つ一部の気持ち、悲しみとか苦しみの感情が元になっているものらしい。それを妖精の力で加工して、食料として吸収するのだそうだ。
ただ生きるだけならそこらの感情を勝手に吸えばいいが、『ファラクト』はとにかく強くなりたいのだと願っていた。自分の力で出させた負の感情を、自分の力で加工して吸収する。これが強くなる一番の近道だから協力して欲しいのだと。
正直『ファラクト』の願いとかはどうでもいいが、あいつが強くならないと僕の力も頭打ちになる。今優勢を取れているのは僕の手札がまだバレていないからだし、蓄積されていた僕の闇の力でブーストされているからだ。
ブーストはすぐに切れる。いわばこれは初回特典のようなものだ。手札だってすぐに把握されてしまうだろう。
だから。
僕は戦っている『ピュアリアル』と『ウエポンプラント』を尻目に、道路の植え込みの近くに移動した。
それなりの力を込めて鞭を打つ。
ピシリ。
ピシリ。
ピシリ。
あっという間に『ウエポンプラント』の集団の出来上がりだ。さすがに初めて作ったものより送り込んだ力は少な目にしたけれど、数が多いというのはそれだけで脅威になる。
「な…っ!」
『ピュアリアル』が慌てて僕の方に来ようとする。兵士を量産させるのを止めさせるためだ。
でももう兵士は作り終えた。僕は『ピュアリアル』と入れ替わるように『ウエポンプラント』の近くに戻ると、柔らかく差し出してきた蔓にゆったりと腰かけて笑い声をあげた。
「あはは。頑張って『ピュアリアル』。僕はしばらくここで見物させてもらうよ」
手を叩き、わざと煽るような事を言う。
『ピュアリアル』は悔しそうな顔をしている。けれど、まだその体に纏う光は白いままだ。彼女は僕とは違って、光の要素がとても強い。
でも微妙な変化は確認できた。明らかに最初の時よりも光が弱くなっている。
量産型の『ウエポンプラント』───『レッサーウエポンプラント』と名付けよう。…と、『ピュアリアル』が交戦状態に入る。僕は特等席でそれを眺める事にした。
彼女は劣勢でも絶対にあきらめない。その事は初めての戦いでも証明している。…でも、心の内はどうだろう?
白い光が一欠けらでも黒く染まったら、それは極上の餌になるんじゃないだろうか。
冷静に頭の中で考えつつ、でも僕の心は大好きな魔法少女の戦いを間近で見れる事に興奮していた。