アトとウタ

 アトとウタ


 小さいころから、お姉ちゃんは私の憧れだった。

 歌うのが好きで、誰とも仲良くなれて、人前に出ることを怖がらない。

 私とは真逆だ。

 私は絵を描くのが好きで、人と話すのが苦手で、注目を浴びるのはもっと苦手だ。

 シャンクス達がフーシャ村を拠点にしていた時も、お姉ちゃんがいなかったらルフィと仲良くなることはなかったに違いない。

 お姉ちゃんとルフィはあっという間に仲良くなって、お互いの夢を叶える『新時代』を誓うほどになった。

 私はそれを横で見ていた。

 だってそんな大きな夢は、私にはなかったから。

 お姉ちゃんと、赤髪海賊団の皆と一緒に入れればそれだけでよかった。


 エレジアに置いて行かれてから、私の大切な物はお姉ちゃんと、ルフィが描いてくれた新時代のマークだけになった。

 ゴードンさんの指導で上手だった歌を更に上達させていくお姉ちゃんを見て、私は自分の役割を悟った。

 お姉ちゃんの『新時代』の夢を支えること。 それが私の役割で、私の叶えたい夢になった。


 だから、こんな形でお姉ちゃんの夢を叶えさせちゃいけないんだ。

 ウタワールドにファンを永遠に閉じ込めるなんて間違ってる。

 お姉ちゃんの歌は、もっと沢山の人を幸せに出来る。人の苦痛を和らげて、心を支えることが出来る。

 現実の苦しみを癒すためのウタワールド。 それがかつて語った彼女の『新時代』だったのに。

 

 それでもお姉ちゃんに逆らえなかった。

 だってお姉ちゃんの夢は私の夢だったから。 

 ここで違うといって、袂を分かって、それでどうなる? 私の12年は何になるんだ? 

 ただ無為に消費しただけじゃないか。 

 そんなの、あんまりじゃないか。 

 虚しいだけじゃないか。


 でもルフィが来た。

 記憶にあるよりもずっと逞しくなって、背も私達より大きくなっていた。

 そんなルフィと、お姉ちゃんはケンカしたらしい。

 詳しいことは分からない。 だけどルフィの仲間を捕まえて、隠れていた仲間によって逃げられたらしい。


 運命だと思った。

 彼は未知のないウタワールドがあまり好きではなくて、現実で野山を駆け回る方が好きだった。

 私のアトアトの能力で作り出す奇妙な(私は今でも愛らしいと思っているが)オブジェにルフィがはしゃいで、お姉ちゃんにムッっとされたこともあったっけ。


 お姉ちゃんと夢を誓い合った友達で、お姉ちゃんと一番競い合ったライバル。

 彼がいれば何とかなるかもしれない。

 私が逆らえば、お姉ちゃんはきっと揺らぐ。

 ライブが始まる前からお姉ちゃんは様子がおかしかったから、ひょっとしたら初めてのケンカになるかもしれない。

 もしかしたら、私は怪我では済まないかもしれない--死ぬかもしれない。

 でも、お姉ちゃんは止まってくれる。  

 そしてルフィなら、そこからお姉ちゃんを引き戻してくれる。

 優しいゴードンさんと、私だけでは絶対にできなかった。


 だから




 「----お姉ちゃん」

 「……アト、どうしたの? こんなところまで走ってきて」


 大きな湖になってしまったライブステージの上で、ウタと向き合う。

 数度深呼吸をして、乱れた息を整える。

 次の一言を言ってしまえば、私はもう、引き返せない。

 ルフィ、相談できなくてごめん。 でも誰かに話したら、止まってしまいそうだったから。

 勇気がなくて、臆病な妹でごめん。でもお姉ちゃん、どうか


 「お姉ちゃんを、止めに来たよ」


 どうか自分を、許してあげてね。



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