かすがい。(3) #早瀬ユウカ&天童アリス
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ベッドランプのスイッチを切り、部屋を照らしていた最後の明かりが消えると、暗闇と共に静けさが一瞬だけ訪れる。
だけど、次の瞬間には闇の中から弾けるように笑い声が飛び交って、私たちのパジャマトークが幕を開けた。
目には見えなくても、みんなの声や手のぬくもりがいつもより近く感じられる。温かな空間が、じんわりと私の心を包み込んでいく。
久しぶりに何の悩みも憂いもなく、気心の知れた仲間たちと、ただ無邪気な話題に花を咲かせる。
なんてことのないとりとめもない話が、こんなにも心を軽くしてくれるものだったなんて、久しぶりに思い出した。
まったくもう。
この子たちといると、本当に、計算外なことばっかり。
「聞いて聞いてユウカ! 待ちに待ったあの名作ゲームの最新作が、ついに来週発売なんだよ!」
話題の中心はといえば、やっぱりゲーム。ゲーム開発部のモモイやミドリたちがいるから、どうしてもそうなるのは自然なことで。
私自身はそこまでゲームに詳しくないけど、それでもみんなが楽しそうに話しているのを聞いているだけで、私もうきうきとした気持ちになってくる。
「日付が変わってすぐに遊ぶならDL版だけど、でもコレクターとしてはパッケージ版も捨てがたい! うーん、どっちがいいかな?」
「もうお姉ちゃんってば。確かにあのゲームは私も気になってたけど……それよりも、今作ってる私たちのゲームの完成の方が先でしょ。お姉ちゃんがシナリオ書き上げてくれなきゃ私は作業始められないんだから」
「ゔっ、わ、分かってるってばミドリ~!」
モモイはずっと楽しみにしていた新作ゲームがもうすぐ発売するって喜んでいたし、ミドリからはゲーム開発部のみんなが作っていたゲームがようやく形になりそうなことを教えてもらった。
そうしたらユズが、ゲームが完成したら私や先生に真っ先にテストプレイしてほしいって言ってくれて。
それを聞いたノアが「ううっ、私だけ除け者なんて酷いです……」なんて言って拗ねちゃったりして(もちろん嘘泣きだ)。
最終的にはノアと、それからセリナさんも含めて、それから今日のお礼とお詫びも兼ねてネル先輩やC&Cのメンバーも招待して、みんなでゲーム開発部の新作ゲームをプレイしようってことで話がまとまった。
「ね、ネル先輩も呼ぶんですか!? その、アリス、それはちょっと……」
もっとも、アリスちゃんはどうやらまだネル先輩に苦手意識があるみたいだったけど……
でも、ゲーム開発部のみんなも特に反対しなかったし、ネル先輩とアリスちゃんがなんだかんだで仲がいいことは私も知っているから、これもアリスちゃん流の愛情表現なのだろう。
そう考えると、わざとらしく嫌がるアリスちゃんの様子も微笑ましく見えてしまう。
それから話題は、モモイたちから見たミレニアムの近況へと移っていく。
その行動力の賜物なのか、モモイは思いのほか交遊関係が広いし、アリスちゃんも日頃の「冒険」を通じてミレニアムのほとんどの生徒とは仲良しだ。
私もセミナーとして多くの部活と関わりはあるけど、立場上どうしても一線を引いてしまいがちだから、生徒たちの着飾らない本音に触れる機会なんて滅多にない。
……最近では私のことで変に気を遣わせちゃって、逆に居心地の悪さを感じることも増えてきてたし。
その点、モモイやアリスちゃんみたいな良くも悪くも純粋で裏表のない子たちには、みんな警戒せずに接してくれるんだろう。
セミナーの私には言いにくいようなことだって、二人にだったら気軽に話せることもあるみたい。
なんだか少しだけ、モモイやアリスちゃんの自然な明るさが羨ましく思えてくる。
「あのね、聞いてよユウカ! なんだか最近ね、ミレニアムのみんなに元気が戻ってきた気がするの!」
そんなモモイやアリスちゃん曰く──"あの日"以来、どこか沈んでいたミレニアムのみんなにも、少しずつ前みたいな明るさが戻ってきているらしい。
「そういえば、私も最近部活の子たちと話すとき、少しだけみんなの顔色が明るくなった気がしてたかも……」
そんな風に思ったことを口に出してみると、ノアがいつもの悪戯っぽい声で、くすっと笑った。
「ふふっ、それはきっと逆です。明るくなったのはユウカちゃんの方ですよ」
「私?」
「そうです。みんな、ユウカちゃんのことをすごく心配していましたから。ユウカちゃんが元気になってくれたから、みんなも笑顔になれたんですよ」
“そっか。なら、ミレニアムのみんなが元気になったのはユウカのおかげだね”
ノアの主張を肯定するように、先生も優しく言葉を添えてくれる。
……流石にちょっと大袈裟じゃない? 私の心の持ちようひとつでミレニアムのみんなのコンディションが左右されるなんて……って、少し前までの私だったら訝しんでいただろう。
だけど、今は──
「──ありがとうね。ノア。それから先生……みんなも」
気がつけば、素直な言葉を口にしていた。
「えっ……急にどうしたんですか、ユウカちゃん?」
「ううん。なんだか、改めてお礼を言いたくなったの。私がここまで元気になれたのは、やっぱりみんなのおかげだから」
先生やノア、セリナさん、モモイ、ミドリ、ユズ、アリスちゃん、ネル先輩やC&C、ヴェリタスやエンジニア部、セミナーの仕事で顔を合わせる生徒たち……この部屋にいるみんな、そしてこの場にいないミレニアムのみんな。
今、私がこうしてここで笑っていられるのは、あの日からずっと、私を支えてくれた、励ましてくれたみんなのおかげなんだって、心からそう思う。
明かりの消えた部屋。ノアの表情は暗闇に溶け込んで見えなかったけど……きょとんとした表情を浮かべていたことだろう。
それでも、次に聞こえてきたノアの声はいつものように穏やかで、優しさを湛えていた。
「ふふっ、お礼なんて必要ありませんよ。だって私は……ううん、私たちは、ユウカちゃんのことが大好きですもの。……ね?」
ノアの慈しむような声が響くと、それに続いてみんなの声が口々に広がっていく。
「そんなの当たり前じゃん! ユウカが凹んでたら私たちだって調子狂っちゃうんだからさ。早く元気になってほしいに決まってるよ!」
まっさきに飛び出したのは、弾むようなモモイの声。
彼女らしい、力強くてまっすぐな言葉。
「……まあ、キライじゃないのは確かです、けど」
「その……わたし、も。いつもお世話になっていること、感謝して、ます……!」
「はい! アリスも、モモイやミドリやユズや先生と同じくらい、ユウカのことが大好きです!」
務めてクールに、だけど感情を隠し切れないミドリの声が。か細くも真剣なユズの声が。こんな時でも無邪気なアリスちゃんの声が。モモイの声に続いて。彼女たちの裏表のない気持ちを、そのまま伝えてくれる。
「……差し出がましいですけど、私も。ユウカさんには笑顔でいてほしいです。患者ではなく、一人の友達として」
どこか遠慮がちに、それでも本心から、セリナさんがそう口にしてくれて。
“もちろん私も、ユウカのことが好きだよ”
締めくくるように、先生の穏やかな声が優しく響く。
みんなの温かい言葉が、ひとつひとつ胸に沁みていって……心がじんわりと温かくなって、瞼の奥が熱くなって、涙が滲みそうになる。
「……うん、知ってる」
それはきっと……"あの日"を経たからこその言葉。
少し前までの私だったら信じ切れなかった。でも、あんなことがあったからこそ、今は疑わずにいられる。
……"あの日"の出来事は、確かに私にとって悪夢だった。
思い出したくもない……今からでもなかったことにしてしまいたい、吐き気がするような悍ましい記憶。
奪われて、傷つけられて、穢されて……大切なものをいくつも失って。
あの日に受けた心の傷は、きっとこれから先、どれだけ時間が経ったとしても完全には消えないんだろうと思う。
それでも、たった一つだけ。
"あの日"を境に、私の中で、ほんの少しでも「良かった」って思えることがあるとしたら──
それは、きっと。
みんなが私のことを本当に大切に思ってくれているんだって、心の底から信じられるようになったこと。
だから、万感の思いを込めて。
私の中の感謝と喜びを、ぜんぶ伝えたくて。届けたくて。
「私も──みんなのことが、だいすきよ」
ああ。
私は今、とっても幸せだよ。みんな。
【つづく…】