かくして少女は奇跡を起こす
「お願い!全速力で飛ばして!」
「はい!……あの、ミカさん何やってるんですか!?」
「狙撃〜。大きい兵器なら命中するんじゃないかなって☆」
「うわホントだ当ててる!ミカさんすごい!」
ミレニアム製のヘリを全速力で飛ばしている。目指すは新生アビドス高校と三大学園連合軍の衝突区域である。とは言ってもあまりにも戦火が激しすぎるため、途中で降ろすしかないのだが。もちろん、パラシュートで。希望したのはモモイである。
「これ以上は危険かと……」
「わかったわ、ありがとう。みんな行くわよ!」
「「「「おぉー!!」」」」
一斉に降下しながら、みんなそれぞれ別の道を往く。ゲーム開発部はアリスの場所へ、ユウカはノアの場所へ、そしてミカはナギサとセイアの場所へ。みんながみんな、決意を胸に秘めて走り抜けている。自分たちを支えてくれた大事な人に報いるために。
「っ、は、まだ、っ………!!」
アリスは、勇者は苦戦していた。アビドス砂漠中の砂を全て置き換える作業に苦しんでいた。なんせ規模が多すぎる。利用可能なリソースであるアビドス砂漠が膨大すぎて、その全てを変換するのに対して、そのスピードが追いつかない。さらに言えばプロトコルATRAHASISは本来鍵であるケイと王女であるアリスの双方がいて成り立つもの。黒服の入れ知恵があるとはいえ、アリス単体で成り立つものではない。故にアリスは苦しんでいる。カズサがアリスを守ってくれているものの、それがいつまで続くかわからない。砂に侵された生徒が、自らの幸福そのものと言える砂を守るために絶えずアリスに襲いかかってくるからだ。このままでは、アリスは──────
「っ、いいえ。まだです。アリスは勇者です。勇者はどんな時でも諦めてはいけません!それに、ケイがいないと箱舟の機能をろくに使えないなんて言ったら、ケイをがっかりさせてしまいます!アリスは、勇者はっ……!!!」
「アリスー!!!」
そう、勇者は一人ではない。勇者を支える仲間がいる。かつて別れた仲間との再会は、王道の展開そのものだろう。奇を衒わず、王道を征く。それもまた勇者の道程だ。アリスの光そのものだ。
「モモイ、ミドリ、ユズ……!えっと、麻薬はもう大丈夫なのですか!?」
「治ったから応援に来たんだって!私たちもアリスを護るのを手伝う!」
「アリスちゃんが戦ってるのに、私たちだけミレニアムで待ってるなんてできないよ!」
「わ、私たちはアリスちゃんの仲間だもん……!」
大量の軍勢に対して、仲間のために立ち向かう。病み上がりだとかそういうのは関係なくて、ただ友情のために命の危険に身を投じる。それがゲーム開発部の意志で、小さき勇者たちの決意。きっと世界を救うだろうと勇者は誰かに期待された。しかしそれは勇者だけではない。“勇者たち”で世界を救うのだ。
「………演算、加速。変換効率を45%上昇!光の杖よ、全てを還し、恵みを与えよ────!」
「因果応報、というものを信じますか?セイアさん」
「運命的なもので言えば否、システム的なもので言えば是、だね。単純な話だが、良いことでも悪いことでも、それをした分周りからの心象は変わるから。その末に必然と迎える最期は決まるものさ」
「そうですね。トリニティを崩壊させた私たちはこの結末がお似合いでしょう」
ナギサとセイアは二人とも傷だらけ。普段、あまり自分自身が出て戦う二人ではないのだからむしろ随分と全然した方だと思う。ガスマスクも破壊された今、銃火器や兵器の熱によって揮発した麻薬の成分を吸入しているはずなのに二人とも幸せそうな顔など微塵も浮かべていなかった。それは彼女らの精神力か……あるいは悔恨による幸せの拒絶か。今の彼女たちの精神力は並の生徒を凌駕している。ただ一点、己に相応しい報いを求めるという点で。
「ナギサ様。セイア様。そう顔を曇らせないでください。私はあなた達のおかげで幸福を知ったのです。あなたたちにも幸福を教えたいのです」
「魔女どもめ。私たちをこうした魔女。報いを受けるの、あなた達も私たちと同じところまで堕ちるのよ!大丈夫、すぐに何もかもどうでも良くなるわ!」
正義実現委員会、ティーパーティーの3つの分派、シスターフッド、そしてその他諸々。多くのトリニティの生徒が、ナギサとセイアを取り囲んでいた。みんな麻薬の中毒者で、さまざまな意図をもって彼女たちを取り囲んでいる。
ある少女は善意だった。自分たちにこの砂糖の幸せを教えてくれたティーパーティーの御二方に、幸せを与えようとした。神の教えに倣って、他者の幸せを祈ることを肯定した清らかな善行だ。
ある少女は怒りだった。自分をここまで堕落させた要因であるこの魔女たちだけが穢れていないのは許せないという怒り。だからこそ、砂糖に浸らせて見るも無惨な姿にしようと思った。
それらは正しく、そして間違いでもある。ナギサとセイアの責任であることは否定できず、だがしかし無理矢理にこの二人にも麻薬の悦楽と苦痛を与えようとするのは間違いだ。だがそれを正すものは誰もいない。この場にいる誰も彼もがそれを当然と思っている。ナギサもセイアも例外ではない。彼女たちは、真実それが正しいと踏んでいる。
「私たちはその罰を受け入れます」
「正当な罰を。君たちはそれを執り行う権利があるからね」
そしてその行動の全てを、ナギサとセイアは肯定し、受け入れた。自分たちがいなくとももうじき戦況は決する。ならば自分たちはこれが罪に報いる罰なのだと受け入れ、その全てを壊されることになっても受け入れるべきだ。今更言い逃れなどするな。自分たちの行いがどうしようもなく罪深い愚者の行いだと理解しろ。取り繕うな、私たちこそ、この事態を招いた魔女である。
そう、そんな私たちがこの先の未来を歩んで良いわけがない。魔女は魔女らしく、惨めで哀れな死に方をするべきだ。一切の救いも、慈悲も、求めてはいけない。それは犠牲者たちに施すべきもので、私たちには与えてはいけないものだ。………私たちは、幸せになってはいけないのだから。
「なんて、思ってない?ダメだよナギちゃん、セイアちゃん。幸せになっていいんだよ?私も先生にそう言われたし、私も二人に幸せになってほしいからさ☆」
壁を粉砕する音と共に、聖女はその場に舞い降りた。奇しくもかつての舞台のように、讃美歌が響き渡りながら。一人だけで立ち尽くしたまま、銃口を中毒者たちに向ける。しかしそこに宿るのは怒りではない。憐れみでもない。優しさだ。今までのミカならば傷つけたことへの怒りをぶつけていただろうと思うと、なんだか少し様子が変だ。
「ミカさん、あなた……」
「確かにナギちゃんたちはやっちゃいけないことをしたよ。その罪は魔女って言われても仕方ないと思う。だから、その罪に対する罰は必要だね」
「ああ。だから私たちはこうやって……」
「違うでしょ!あなたたちがする事は、この場を収めて、私みたいに聴聞会を開いて、その上で厳重な処罰を受けること!私刑を受けて死ぬなんて不義理だよ!真っ当な罰を受けて、そしてそれから……幸せになろう。やり直そう。もちろんトリニティがそれを許すかはわからないよ。でも、幸せになろうとすること自体が否定されていいわけないもんね☆」
左手で生徒を殴りつけ、地面に沈める。そのままノールックで撃った弾丸で背後の生徒を吹き飛ばす。もちろん殺しはしない。重症も負わせない。その意志で、ミカは戦う。今この場において、ミカのポテンシャルは最大限だ。誰かのために祈ることができる時のミカは、本当に強いから。
「セイアちゃん、この場所以外の敵の方角やここの敵の攻撃態勢の察知と伝達、できる?」
「………ああ」
「ナギちゃん、セイアちゃんが指定した場所への支援砲撃、できるよね?」
「勿論です」
「よーし、ならやっちゃおう☆私たちみんなティーパーティー失格かもしれないけど……みんなのために祈って戦おう!」
「っ、はっ、はっ……私、脚速いわけじゃないんだけど……っ!!」
早瀬ユウカは駆けている。戦場を、足場の悪い砂漠を一生懸命に駆けている。所どころが揮発して麻薬の甘い香りが香っているが、今のユウカはそんなもの気にしない。ただ甘ったるいだけだと踏み越えて走り抜けていく。治療薬によって麻薬の中毒を振り払った証拠だった。
そうまでして戦場を駆け抜けているのは、探している人がいるから。あの時ひどい言葉をかけた後輩を見つけたかったから。謝るのもあるけど、ちょっとしたことも手伝ってもらわないといけない。だから見つける。というか見つけた。
「コユキィィーーーー!!!!」
「ひゃぁぁっっ!!!いないはずのユウカ先輩の声がするぅぅ!!」
「いるわよここに!!!!」
「ギャァァーー!!いたー!!!!脱走ー!!!!」
「違うわよ馬鹿!」
まるで死んだ化け物でも見たような顔でこちらを見つめるコユキを叱りつける。まあ確かに脱走と疑われてもおかしくない。しかしそんなギャグのような驚き方をしなくたっていいのではないか?ちょっと怒った。ちょっとだけ。
「急いでこっちまで走ってきたの!……コユキ、あんた今から何の仕事するの?」
「うぇっ!?……開戦準備の期間で口座の暗証番号読み解いてアビドス側の資金はもぎ取ってやったんで、今からはアビドスの兵器の操作権読み取って片っ端からぶっ壊してやろうかなって」
「わかった。じゃあその間にこれできるわね。はい、このパスワード全部解いて私に伝えて!」
「………これ、ノア先輩の……」
ノアが総大将として構えている拠点には、ミレニアム製の幾つもの防壁がある。砂漠のど真ん中でも拠点を建築できるのはエンジニア部の才覚が光った優れもの。温泉開発部をいかに遠ざけるかの勝負になったがそこは勝利した。あとはここからさまざまな指示を出し戦うのみだ。自律兵器の稼働もここで行なっている。その防壁は一層ずつに特定のパスワードが必要であり、拠点内に居る者以外にパスワードは知らない。解明したいのならばハッキングや解析が必要となるだろう。
「ノアってば、とんでもない兵器ぶっ放そうとしてるの……!巡航ミサイル、あんなものを敵陣に撃ち込んで良いわけないわ!」
「巡航ミサイルゥ!?……えっと、その……マジですか?」
「マジもマジ!だから私はノアのところに行かなきゃならないの!お願いコユキ!……あと、ごめんなさい。この前は強く言いすぎたわ」
「……にはは。別に気にしてないですけど、先輩に謝られるのはちょっと新鮮ですね。……わかりました。教えます。えーっと……2167829gdtwajq、rur7485urjf73ue738、gdjnijmmep………」
その全てを知り終えた瞬間、ユウカはまた走り出した。目指すはノアのいる場所。「ありがとー!!」という感謝の声は戦火の響き渡る戦場でもかなり遠くまで届き、というか姿が見えなくなるまで何度も聞かせてくれた。中々に悪い気はしない。ユウカ先輩にそう言ってもらえるのも悪くない。これはこれでアリだ。
………実のところ、ユウカ先輩が麻薬中毒になったと知った時は怒りのままにアビドスの口座の有り金を全て奪ってやろうと画策していた、という裏話があったりする。ノア先輩に止められたおかげでそんな暴走に手をつけることはなかったし、そのおかげで正しくするべきタイミングに口座の預金強奪をすることができたわけだけど。うん。このままガッツリ行っちゃおう。楽しくなってきた。兵器をたくさんぶっ壊そう。
「に・は・はー!!今日の私は絶好調ー!私に解けない鍵はなーい!!!………ここの暗号はこうでここはこうでここがこうして……こっちの暗号はこれでここが………」
大いなる力に伴う大いなる責任など知らない。私の力は私だけのもので、私が思うがままに扱うべきだ。私のものなのだから私の自由に使って何が悪い?
………ただ、それでも。他人に頼られて、他人のためにこの力を使うのは悪くない気がした。なんだか、心が暖かい。お金も何も絡んでないのに、やる気が妙に湧いてくる。これがやりがいというものだろうか。今はじめて、私は「ミレニアムの生徒たちを導く」セミナーの一員なんだなという実感が湧いている。
「あーあ……それにしても、アビドスから奪ったお金って3割……いや、4割ぐらい私に入ってこないかなー!………ダメ?」
戦況は優勢だ。このままいけば我々が押し切ると判断した。……しかしそれはあくまで想定できる範囲の兵力の話。相手のホームグラウンドで油断して負けるほど舐めてはいない。私たちが研ぎ澄ませた刃はこの程度で鈍るようなものではない。容赦なく、呵責なく、徹底的に蹂躙すべきだ。
「巡航ミサイルの用意を。アビドス高校、その他重要拠点に射出します」
「………ノア。あなた、本当に………」
「大丈夫。スイッチを押すのは私ですから。私がやります。私しかできません」
この作戦を決めた時から、手を汚すなら私の手、と決めていた。私はセミナーの一員で、ミレニアムのみんなを背負う立場なんだ。だから、私が矢面に立つのは当然のこと。私が、みんなの報復をするのは当然のこと。私がやらなくて誰がやる?私以外の誰にこの責任を押し付ける?上に立つ者はその特権に見合う責任を持たなければならない。それは古来、どのコミュニティの話でも当たり前のこと。たとえ人の命がかかったことでも、躊躇してはいけない。私にもついにその番が来たというだけ。
………けれど、実際に戦争が始まってからというもの、私の胸に湧き上がるのは憎悪ではなく悔恨。どうしてこうなってしまったのかという困惑。そして、ただミレニアムのみんなが笑い合ってやりたいことをやれるあの日々が戻ってきて欲しいという渇望しか湧いてこない。でも、それでも、恩讐の炎に燃えるみんなのためにも、私がやらなければならない。私が、仇を─────
「待、って!待って、ノア!!」
「………ユウカ、ちゃん?」
「はぁ……っ、そう、間に合ったの、治療が間に合って急いでこっちに来たの!だからえっと、それ押すのちょっと待って!」
ミレニアムのヘリで飛ばした挙句、安全なところに降りてからノアがいる最前線まで全速力で走ってきたのだ。お世辞にも武闘派とは言えないユウカは息が上がりまくりで、まともに話せないのも当たり前。でも、それでも、スイッチを押そうとしたノアの手を握り止め、離さないことは貫いている。まだ上手く言葉はまとまらないけれど、伝えたいことは決まっている。
「ありがとう、悲しんでくれて。ありがとう、怒ってくれて。私、嬉しかった。ノアに、会長に、先生に、他にもみんなに、好きでいてくれてること、嬉しかった」
「ユウカちゃん……」
「だから、止まって。私もみんなが好きなの。好きな人たちに、悲しいまま、二度と戻れないようなこと、してほしくない……!」
一度手を汚せば戻れなくなる、とは誰が言った言葉だったか。やったことがある、とやったことがないでは何事も躊躇のの度合いが異なるものだ。それは殺人も例外ではない。それに何より大量殺人。そんなことをすればノアはきっと戻れなくなる。友達として、セミナーの会計として、それは許せない。早瀬ユウカの自負にかけて、そんなことは認めない。
「………あと、それと」
「……はい」
「もう戦いは終わるんでしょ。ならそんなことする前に、今回の件で使い込んだお金のこと、聞かせてもらうんだからね……」
どれだけくだらない話をしてでも、なんとか引きすがって止めようとする。ノアにそんなことはさせない。そのためにやってきたのだ。決意が固い、程度で諦めさせられるとは思わないことだ。私は絶対に諦めない。ノアにその気持ちを伝えるんだ。そして止める。止めさせる。
「…………ユウカちゃんは、いいんですか?許せるんですか?」
「許す。私は、許す。正当な処罰は求めるけど、それ以上は要らないわ。それよりも、早くミレニアムを再建したいの。平和な日々が欲しいのよ」
「はい。………わかりました。私も、折れないといけないですね」