お月見
―――今日は仲秋の名月だな。
大二が思ったちょうどそのとき、
「大二さん、」
玉置にチラシを手渡された。
「今夜、探偵事務所で月見会やるんです」
よかったら来ませんか?と案内を受ける。
「月見会…」
「はい。花さんには大二さん忙しいだろうから無理に誘うなって言われたんですけど」
気分転換にどうかなって…と玉置が窺ってくる。
たぶん花はお月見をしたことがないのだろう。玉置が彼女にしましょうと持ち掛けたと推測できる。
そのお月見会に玉置が自分を招待しようとするのも、花が無理に誘うなと言ったのも、自分への配慮だと大二は察した。(実際のところは…花も本当は大二とお月見したかった、けれど任務重視の大二を誘うのは憚れて「あの人は忙しいだろうから」と玉置に言い、玉置は花の本音を見通していたから気分転換にどうかと大二に声を掛けた訳だが…花が自分とお月見したいと思っているなんて大二は知る由もないのである。)
「お月見かーもう何年もしてないなー」
実家にいた頃は毎年していた。フェニックス入隊後はゆっくり月を見ることはなくなった。
案内チラシには本日18時~と書かれている。
「6時は難しいけど、今日の仕事が終わって7時過ぎくらいなら行けると思う」
大二がそう応えると
「そうですか!よかった…」
玉置はホッとしたような表情をして
「花さんもきっと喜びます」
それじゃ!と立ち去った。
花さんが、喜ぶ…?―― 一瞬 疑問符が浮かんだ大二だけれど、花は“家族”を欲していた、だからこういうイベント事は友達というか仲間と一緒に という気持ちがあるのかもしれないと思い当たる。自分と花を友達とするのは適当でない気がしないでもないけれど、花はさくらと友達で自分とは同僚みたいなものだから仲間と称して差し支えないだろう。
お月見が初めてで…“家族”を求めていて…
不意に、大二はある女の子が頭を掠めた。――アリコーンに誘拐されていた少女·留美である。
留美は幼い頃に両親を亡くし天涯孤独の身でアリコーンに誘拐された。事件解決後はヒロミが後見人となり引き取っている。
きっとあの子もお月見とかそんな行事とは無縁だったに違いない。
大二はもらったチラシを手にヒロミの元へ向かった。
「ヒロミさん、花さん達が事務所でお月見会をするそうなんですけど」
大二はヒロミに案内チラシを見せる。
「留美ちゃんと一緒に参加されてはどうですか」
「! 月見か…いいな。留美に行きたいか聞いてみる」
早速ヒロミは留美に電話を掛けにいった。
大二はそれを見送って、
「狩崎さんもどうです?」
近くにいた狩崎に水を向ける。
「新しい装備やシステムの開発で忙しいんでしょうけど、たまにはいいのでは…?」
「そうだね、息抜きも時に必要か。…大二、君もだよ」
いつも自分やヒロミの無茶(全身全霊囮大作戦)をフォローしてくれる科学者を労うつもりが逆に気遣われて申し訳なくなる。だから、
「はい。俺も仕事が終わったら行くことにしています」
大二はこれ以上の迷惑を掛けまいとそう返答した。
「留美は月見をしたいそうだ」
留美との通話を終えたヒロミが戻ってきた。
「そうかい。だったら今日のタスクが終わったら夏木探偵事務所に行こうじゃないか」
「そうだな」
ヒロミと狩崎の軽やかな会話を聴きながら、大二はふたりの仲の良さにこっそり嬉しくなるのだった。
日が暮れて、時計の針が17時半を回った。
「ヒロミさん、お月見は6時かららしいですからそろそろ留美ちゃんを迎えに行く時間じゃないですか?」
大二はヒロミに上がるよう促す。
「あぁ。じゃあ、先に失礼する。大二、狩崎、また後で!」
「はい、後程」
ヒロミが退社した後、大二は視線を感じて狩崎の方を向いた。
「狩崎さん?」
「君はまだ終わらないのかい?」
「えぇ。報告書を仕上げないといけないので。
もう少しで完成しますからキリのいい処までしようかと」
心労からか少々顔が険しくなっている狩崎に心配しないで下さいと言外に含ませると
「…あまり根 詰め過ぎないようにね」
一言 釘を刺して、狩崎も去っていく。
残された大二は目の前のパソコン文書に集中した。
大二は報告書を書き終え、時計を見た。
時刻は19時になろうとしている。
デスク周りを片付け、急ぎ夏木探偵事務所へ。
「ようこそ、夏木探偵事務所へ!」
事務所のドアを潜ると、花が出迎えの為こちらに振り返った。瞬間、彼女の動きが止まる。
「……あんたも来たんだ…」
そう溢す彼女は戸惑っているようで。大二は困らせてしまったかと不安になる。だけど、
「玉置が強引に誘ったんでしょ」
ごめんなさいと謝罪する花に大二は彼女は自分が無理に来たと勘違いしていると気づき、そうじゃないよ、と返す。
「お月見ここ何年もしてなかったから楽しみで」
誘ってくれてありがとう、と言えば、安堵したのか花は表情(かお)を綻ばせた。
「ヘイ、玉置!ちょっといいかい?」
狩崎が玉置に呼び掛けた。
「もしかして、花は大二のこと…」
「えぇ、多分」
「Oh!やっぱりね」
「ただ問題が…花さん自分の気持ちに気づいてないみたいなんです…」
「Oh my… 大二もそういうことには鈍感なようだから」
「ですね… 大二さんの方は多分そんな気ないように思います…
花さん本当は大二さんと一緒にお月見したかったんじゃないかと…自覚なさそうですけど。
それでも大二さん仕事第一みたいなところがあるから花さんにあの人は忙しいだろうから誘うなって言われて…けどおれは花さんきっと大二さんと月を見たいだろうなって思って気分転換にどうですかと案内したんです」
「なるほど。だから花は舞い上がっているんだね?」
「狩崎さんにもそう見えます?
花さんきっと嬉しいんだと思うんです。でも自分の気持ちをわかってないから多分 戸惑ってて…大二さんに対してあんな素っ気ない態度に…」
「…まぁ…大二はあまり気にしてないようだから」
「花さんはだいたい大二さんにあんな感じになっちゃうんですけど、大二さんそれで気に障ることないようで…」
「いつもがどうなのかは知らないけど、今日の件は大二は花が気遣って誘わなかったと思ったんじゃないか?なのにここへ来たから彼女は困惑したとでも解釈したんだろう」
「あーそういうことですかー」
「多分だが、大二は花を異性として意識はしてないだろうし特別扱いはしていないと思う。
その上で、大二がここへ来たことに戸惑ってつれない素振りをした花の態度を気に留めず、ああいうことを言った…」
「……えっと…それは…」
「…大二は色恋沙汰に疎いんだ…」
「………」
「ほんと…“誰かさん”にますます似てきたと思ったら…そんなとこまでヒロミをトレースしなくていいのに」
狩崎と玉置は溜息を吐いた。
玉置と狩崎が大二と花の行く末を案じているとは露知らずの当人達は、事務所のベランダから臨む満月を見ていた。
「おじちゃん、綺麗だね」
月見団子を頬張りながらヒロミに嬉しそうに話し掛ける留美を見遣って、大二は声を掛けてよかったと思う。
「そうだな」
ヒロミは留美に笑顔を向ける。
そんな微笑ましいふたりの様子に大二が目を細めていると、
留美がトトトとこっちへ近寄ってきた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
大二が屈んでどうしたの?と問うと、少女はありがとうと告げた。
「今日ここに誘ってくれたの、お兄ちゃんなんでしょ?ありがとう。
わたし…お月見、初めて。お月様、とっても綺麗で…すっごく楽しい!だから、」
ありがとう。留美は真っ直ぐお礼を伝えてくる。
大二は心が温かくなって。
「喜んでもらえて嬉しいよ」
真っ直ぐに少女の顔を応えた。
留美はにっこり笑顔になる。
(大二と留美の遣り取りを見ていた花は、少女の目線に合わせ屈んで話を聴き話をする大二を〈やさしい〉と感じ、自身でも知らず知らずのうちにやさしい表情になっていた。花は一度あたたかな笑みをふたりに向けて、すぐ夜空空の月を仰ぐ。)
留美がヒロミの傍に戻っていった後、大二は再び夜の空に輝く円(まる)い月に目を遣る。
「綺麗…」
ぽつり漏れ聴こえてきた声は花のもので。
彼女も‘この’お月見を満喫しているらしい事実に、玉置の優しさが報われてよかったなと大二は思った。
そのとき、大二のスマホのL○NEが鳴った。
見ると、さくらからのメッセージ。トーク画面にしあわせ湯でのお月見会の写真が送られてきた。
あ、そうだ。
大二はあることを思い付いた。
「あの、皆で写真を撮りませんか」
大二は皆に呼び掛けた。
「いーねー」
狩崎が賛同し
「皆で写真!撮りたい!」
留美がはしゃぎ
「撮ろう」
ヒロミも肯く。
「別にいいけど」
花の反応を受けて
「撮りましょう!」
玉置が言った。
写真撮影をし、大二はこの写真、家族に送っていいですか?と尋ね、皆の了解を得、さくらに返信した。
それからまたしばらく皆で月を眺めていたけれど
「…すまない、留美はもう寝る時間だ。そろそろ帰っていいだろうか…」
ヒロミが口を開いた。
「そうですね。それではお開きにしましょうか」
玉置が言う。
満月を堪能した一同は頷き、散会となった。
「すみません、大二さん。後片付け手伝ってもらって」
申し訳なさそうな玉置に、大二は
「おだんご、玉置が作ったんだろう?準備、大変だったんじゃないのか?」
片付けくらい気にしないでいい、と返した。
「久し振りにお月見してさ、いい気分転換になったよ。玉置、誘ってくれてありがとう」
花さんも、と続ければ
「お礼なんていいわよ…」
彼女は顔を背けて、
「(小声で)こっちこそ…」
何事か呟いたようだけれど大二には聞き取れなかった(花は「こっちこそ来てくれてありがとう」と言葉にしたのだけど気恥ずかしさから声が小さく小さくなってしまった)。
他者からの感謝に照れているのだろうかと大二は考え、深く追及しなかった。
代わりに
「月、綺麗でしたね」
と口にする。
そうしたら花は、えぇ、と小さく首を縦に振って
「月があんなに綺麗だなんて思ってなかった」
やわらかく微笑んでくれたから、よかったと思わず笑みが零れる大二であった。
宵の天(そら)に静かに綺麗に煌めく満月が、ふたりをやさしく照らしていた―――。