お料理教室、プロローグ

お料理教室、プロローグ

アッカリーン(②162)

[先生。なるべく早くミレニアムに来てほしい。]

エイミからのそんなモモトークを受けて飛んでいった私の前に現れたのは、ほんの少し楽しそうな雰囲気が隠しきれていないエイミと…………倒れ伏すヒマリ、凄惨な事件現場だった……


「まずはそれ、見てて?」

手慣れた様子で現場を片付けるエイミを尻目に、言われるがままにパソコンを見る。どうやら動画が開かれているので、コレを見ろということか。


……………


「……というわけで手料理を作って差し上げようとおm」

「ふぅん、大好きな先生に日頃の感謝を込めつつアピールしていくために一人で料理にチャレンジするんだ。」

画面、揺れるなぁ……スマホで撮影したのかな?

「ぇう、ぁ、どうしてわざわざ余計な文言を付け加えてオウム返ししたのですか!?」

「……微笑ましくて面白そうだなって思ったから?」

たしかに。顔真っ赤にして慌ててるヒマリは微笑ましいなぁ。

「っ……!……こほん、で、ではそういうことですから私はこれで。」

「えっ、部長、もしかして今からやるってこと?」

「そうですよ?食材の準備はできていますから、あとは腕を振るうだけです。」

「じゃあ、見てるね。」

「ええ、よろしくおね、、はい?」

……エイミ、楽しそうだね……

「病弱美少女には料理なんて無理だと思うけど、天才ならそれを覆す奇跡を見せてくれると思うから。ちゃんと記録しておかなきゃ。」

「ん、んんっ!?、っ、い、いいでしょう!この全知の称号をほしいままにする天才美少女ハッカーの華麗なる調理をとくとご覧なさい!」

う〜ん……この惨状を見たあとで言うのもなんだけど、バレンタインのチョコを考えるにそんなにベタなことはしないと思うんだけどなぁ……

「(先生、呼んでおこっと。)」

これ、わざとヒマリに聞こえないように録画に残したな?


……………………………


おっと、いつの間にか場面がこの部屋……調理室に移ったな。

そういえばこれ、何分前の映像なんだろう……

「ねえねえ部長、今日は何を作るの〜?」

「よくぞ訊いてくださいました。本日はなんと、肉じゃがを作ろうとしているのです!」

おっ、渋いところを……

「あれ?そうなんだ。元ヴェリタスなのにピザじゃないのも意外だけど、、、」

「ヴェリタスでは自分で作っていたわけではありません!……もし自分で作るなら生地が薄く簡単なものになるでしょうが、そんなもので彼女たちの腹は満たせません。、ではなくて!」

まあ確かに、本格的なものは軽く食べられるイメージで、デリバリーのものはガッツリ大人数で、のイメージだなぁ。

「良妻賢母、という言葉が、百鬼夜行にあるのをご存知ですか?」

「あぁ、おしとやかで良い感じの女性っていう……」

「そうです!さらに言うならば、誰かに付き従いよく支える、しかしただ従うのではなく自立した、確固たる芯のある乙女。そういった存在のこと。」

「ふぅん……で、それがどう関係してくるの?」

「何を隠そう、百鬼夜行においてそうしたパートナーに相応しい乙女であることをはかるベンチマークとなるのがこの、肉じゃがの調理なのです!」

「へぇ〜〜……」

ま、まぁ……間違っては、ない……のかな?たぶん……


「それでは……まずはお肉を切っていきましょう。」

「あっ、実際に手を動かすのはドローンなんだね。」

「調理台の手前しか使えませんから、この程度は許していただきましょう。」

おっ、バラ肉だ。

「少し大きめですが、このくらいに切り分ければ良いでしょう。さて、こちらをですね……ふふっ、料理酒に漬けておきます。」

「ほほう。その心は?」

「こうするとお肉が柔らかくなると聞きました。」

……いま『聞きました』って言ったね?……そういうことか……!いや、しかし……あっ、散らかっているのは単純に……?

「では漬けている間、お野菜を切っていきましょう。」

あっ、やっぱり!玉ねぎがちょっと多いぞ!……予想通りこれは、隠し味とか美味しくなる工夫とかを全部盛りしてとっ散らかったやつか!

「こんなにたくさん、食べ切れるのかな……」

「お野菜というのは意外と、調理してしまえば腹に収まりやすくなるともいいます。ですからきっと大丈夫。例えばこちらの玉ねぎなどはこのままではたっぷりと水分を含んでいますから、この量をこのままでと言われるととても大変です。しかし今回は炒めて煮詰めるため、この水分が煮汁として出ていくことになります。すなわち玉ねぎとして食べる量は、この生食の状態よりはるかに少なくなるわけです。」

あぁ……玉ねぎ煮汁作戦もやろうとしてる……初めてなんだよね……?

「あとは……しらたき?」

「はい。今回は手間を省くためにアク抜き不要のものを買ってまいりました。」

「おお〜」

あっ、ぁ、ああ!そうか!アク抜き不要であってもわずかに臭みはあるし、下処理は必須……しかしヒマリは今AMAS2機で半遠隔調理をしている……!これは思わぬ伏兵……!

「さて、まずは油を引いて、玉ねぎを炒めます。少し炒めたら他のお野菜を加えて、まんべんなく……」

うんうん、玉ねぎの水分を使わなきゃいけないからね、レシピとかにはそう書いてあるだろうね。しかし大事なアレが……

「そしてお肉としらたきを加えて、落し蓋を使って煮込みます!」

あぁ〜〜〜〜〜〜鍋蓋ァ〜〜〜〜………あっそういえばバラ肉!?これ脂の処理とかどうするんだろ……!

「さて……あら?」

「煮汁、ちょっと少なくない……?」

ああ、湯気で見えなくなっちゃうから斜めから見てるんだね。でも、その量はちょっとじゃないね、だいぶ少ないよ……

なんか、エイミが遠巻きなのは爆発する可能性を考慮してるのかな……?そこまでベタではないけど、よくある失敗らしいね……

「ふむ……煮汁が少ない時には料理酒やだし汁を足すのがよいと聞いています。それでは足していきましょう。」

あ、味見、なし……ああ……い、いや、ちゃんとだし汁が薄めであればなんとか……!ああ!!!酒が!そんなに!!

「ふむ、予想より煮汁が減っていましたから、気持ち程度に多めに足しておきましょうか……」

ちゃうねん……いやまあ……うん……

あっ、エイミがちょっと離れた……

「できた?」

「ええ、これで完成のはずです。」

「じゃあ、試食しないとね。ふふ……」

あっ!エイミ貴様ッ!理解っているなッ!

「(カレーのルー、買っといてよかった。)」

完全に理解しているッ!どんなザマでもカレーにしてしまえばどうとでもなるとッ!!!!

「では、食べてみましょう。」

あら、試食までAMAS任せでこの子ったら!

「(パクっ)…………!?っ゛!?!?」

「ぇ゛、大丈夫?」

「ぅ゛、ぁ゛ぁ゛、、こんな、はずでは……!!」

ああ!!AMASごと崩れ落ちた!!!それでこんな、凄惨な現場になったのね……


………………………………………

………………………………………

"掃除、終わったみたいだね。"

「うん、なんとか。」

散らかっていた床や卓上はきれいに片付けられ、ヒマリは車椅子の上でうなされていて……そして、鍋の中には。

"あぁ……まだ、なんとかなりそうかな。"

「ほんと?」

"ああ。買ってあるんでしょ?カレールー。"

………………………………………

………………………………………


"ヒマリ、起きて。……ヒマリ。"

「ん、ぅ……せん、せい……?」

「やっと起きた。」

"ずいぶんうなされてたけど、大丈夫かい?"

「ぁ、はい……先生!?どうして……!?」

おお、びっくりしてる。かわいい。

「呼んでおいた。✌」

「え、エイミ!?」

"ヒマリが料理の練習をしているって聞いてね。お邪魔させてもらったよ。"

「そ、それは!その、通りですが……」

「先生のためならきっと完璧、って」「んな!?」

おおぅ……追い詰めるね……いや、使えるかな……?

"ははっ、とっても嬉しいんだけど……初めてならむしろ、私と一緒にやってみるのはどうかな?と思ってね。こう見えても自炊は得意な方なんだ。"

男のズボラ飯だけどね。

「ぁ、ぅ……」

"ほら、どんな超人も、天才も、実際に自分で触れてみないと[実感として]わからないことが、世の中にはたくさんあるんだ。工業系だと三現主義とも言うけども……だからさ。一緒に、体で学んでいこうよ。私と、特異現象捜査部で、特別フィールドワークだ。"





その後しばらく、ミレニアムサイエンススクールの一角では醤油の香りが、またエイミからは潮の香りが漂っていたという……

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