お得ちゃんSS
「ほんけ」の「だんなさま」が亡くなったらしい。わたしは一度も会ったことがない。パパとママはわたしが恥ずかしいから、親戚と会うときもほとんど外に出してもらえなかった。
お葬式に参列しても、わたしは他の子どもたちと会うことを禁じられ、「かしきり」なホテルのひと部屋にいるよう命じられた。
きちんとお辞儀できただろうか。あいさつの言葉を間違えなかっただろうか。ううん、できなかったから、ここにいろって言われたんだ。
他の子たちはみんないっしょのお部屋で、ゲームやテレビで遊びながら待っている。ううん、考えるのもダメなこと。わたしは余計なことを考えず、もっと頑張らなきゃいけないから、持ってきた教科書を開く。もっと、もっと、パパとママが許してくれるまで──それがいつなのか、わからないけど。
「んあ?お嬢ちゃん……いや、坊ちゃんか。こんなとこで何してんの」
突然ドアが開いた。鍵をかけわすれていたかもしれない。また叱られる、と思ったけれど、入ってきた人が「ごめんなぁ、ちょっと休ませて」とソファへ座るのを止められなかった。ピンク色の髪が綺麗で、ベルトに引っかけたモンスターボールにぺたぺた貼られたシールが不思議な人。
「坊ちゃんも葬式に来たんだよな。子どもの待合室は二階だろぉ? そっち行きなよ、お菓子もゲームもあったぞ」
「……わたし、パパとママに、ここにいろと言われました」
「そうなの? じゃあ仕方ねーかぁ。そんならオレと遊ぼうか」
「……なぜですか」
「だって暇でしょ? ここテレビとか無いしぃ。ンな教科書よりオレとお絵描きでもしよ?」
「……お葬式に行かないのですか」
「いいのー。出なきゃいけないとこは出たからねぇ」
変な人だな、と思った。
「ほんけ」も「ぶんけ」にもお前みたいなグズはいない、ひとり残らず優秀な人ばかりだとパパが言ってた。でも、こんなに変な人もいるんだ。
……いて、いいんだ。
「オレ、ミチシバっていうんだ。短い間だけどよろしくぅー」
「……ハゼクです」
「ハゼクちゃんね。覚えたよぉ」
ミチシバさんはスケッチブックと鉛筆を取り出した。そして、長いピンクの髪を、レースがついたリボンで結ぶ。
「……ずるい」
考える前につぶやいてしまった。わたしはぜったいに使っちゃいけないピンク、レース、可愛いリボン。この人はいいのに、わたしはどうして。
「……何がずるい?」
「み、ミチシバさんのリボンが、わたしはだめなのに、なんで、ミチシバさんだってへんなのに」
知らない人を変と言ってはいけない。パパとママの言うことを疑っちゃいけない。わかっているけれど、ミチシバさんになでられると、なぜか止まらなくなった。
「んー、ハゼクちゃんはなんでおリボン禁止なの?」
「パパとママが、だめっていったぁ……わ、わたしはこうけいしゃだから……つよいトレーナーになってかいしゃのやくにたつのがぎむだから……」
「後継者? ……ああ、あの家の子だったか。なるほどねぇ」
ミチシバさんは泣きじゃくるわたしに、画用紙の切れはしを渡す。電話番号と住所が書いてあった。
そして、パパに切られたきたない髪に、レースのリボンを結んでくれた。
「もし、パパとママのおうちがキツくなったら、ウチにおいで」
「ミチシバさんのおうち」
「うん。レースのリボンがいっぱいあるよぉ。仕事で使うからだけど。あと、他にも可愛いのとか、ギラギラのとか……えーと、なんかいろいろあるからさ」
しんどいならいつでもおいで。
パパとママに腕を引っ張られ、あんな人と関わってはいけないと腕をつねられながら、そのひと言がずっと心に刺さって。
ミチシバさんが新進気鋭のアーティストとして有名だと知ったのは、わたしが──僕が、自分の意思で家出をしたときだった。