お嬢と呼ばれる少女

お嬢と呼ばれる少女

ドミニコスのモブ視点

うちは託児所にいつからなッたンすか?と声を上げるアルファに俺は苦笑いする。同じように隊長であるケナンジ隊長も苦笑いしていた。

「言いたいことは分かる。だがしばらくの間だけだ。それまでこの子はドミニコス隊の一員だ」

仲良くしてやれ。と隊長がピッタリと後ろに張り付いた、酷く痛々しい見た目をした少女は、沈んだ冷たい目でこちらを見つめていた。


「ようこそドミニコス隊へ」



アルファの悲鳴が聞こえる。またスコアポイントで負けたらしく、もう1回とベータに伝えながらコクピットから出てこない。

「何回目のあと1回だ!さっさと出て来い!」

『もっかい!もっかい!!頼むって!』

「うるせえ出てこい!みっともない姿見せんじゃねぇ!!」

やだぁ!と駄々をこねるアルファに、ベータは呆れながら怒号を飛ばす。何回やったってスコアはそれ以上伸びないと正論を叩きつけ、メカニック達に無理やりモビルスーツのコクピットハッチを開けさせていた。ずるずると引き摺られるようにコクピットから出てきたベータの愚図る声がスピーカーから響き、俺たちはどっと笑い声を上げていた。……1人を除いては。

「お嬢気になるの?」

ガンマの声に、お嬢と呼ばれた少女は何も言わずケナンジ隊長の後ろに隠れる。ぷるぷると震える姿にショックを受けるガンマをデルタが慰め、ケナンジ隊長は怖くない、と声をかけながら頭を撫でる。一瞬体を震わせた少女は、そのまま大人しく頭を撫でられていた。少女の瞳は、モニターをずっと見つめいるがそこに光はなく、何を思って彼女がそれを見つめているか分からない。この隊で唯一の女性であるガンマをちらりと見るが、ガンマはふるふると首を振っては後ろに隠れ続けている少女を見ていた。

ケナンジ隊長が連れてきた少女は、言葉が話せない。精神的なストレスが掛かった結果、彼女は言葉を失ったらしい。隊長は深くは言わなかったが、彼女が恵まれた環境下に居なかったのは、顔合わせの時には既にわかっていた。歩く度にびっこを引き、手を伸ばせばびくりと体を跳ねさ、顔を合わせようものなら目を逸らす。大人に囲まれては、顔を真っ青にしてケナンジ隊長の後ろに隠れている姿は、子供にしては痛々しく、殺し屋で、既に心は壊れてると思ってた俺たちの胸を痛ませた。

「お嬢、シューティングしてみる?」

ガンマがしゃがみ、目線を合わせながらお嬢に問い掛ける。お嬢は目を合わせないが、気になってるのは確からしく、ゆっくりと目線を再びモニターに向けた。

「よし、じゃあ行きますかお嬢」

ケナンジ隊長が手を伸ばす。青紫の痣が出来た小さな手が、その手に添えられ、小さく握られた。


スコアポイントは、エリート揃いのドミニコス隊の中で1位だった。嘘だろと開いた口が塞がらない。コクピットの中でフォローしてたであろうケナンジ隊長も言葉を失っているようだった。

ほとんどの的は綺麗に中心を抉られ、アルファがやり直しても当てれなかった的さえ当てきっている。ケナンジ隊長のフォローがあったからとて、そんなに綺麗に当てれるものだろうか。

「うぉー!もっかい!俺もやる!!やらせてくれ!!」

「うるさい騒ぐな!」

「いやもう自信なくすわ…何よあれ……」

「お嬢は将来有望だなぁ〜!」

モビルスーツを使いながら用意された的を動きながら撃ち抜くスコアゲーム。ドミニコス仕様に難易度は高く設定されているはずだ。それなのに、あの少女は。

コクピットのハッチが開き、ケナンジ隊長と少女が降りてくる。無重力空間で、ふわふわと浮かびながら流されるままの少女の手を掴んでは、ケナンジ隊長はゆっくりと俺たちの元へと戻って来た。

ガンマが少女を抱き締める。アルファが悔しがるように頭を撫でる。ベータがスコアの記入されたタブレットを見せる。デルタが言葉で少女を褒める。中心にいた少女は褒められるのに慣れていないのか、中心で俯いては困ったように手を擦り合わせていた。

「流石ですねお嬢、将来はもう決まったもんでしょう」

俺の言葉に、輪から抜けてきたケナンジ隊長は険しい顔をする。まるでそれは歓迎していない、という顔だった。

「隊長?」

「…あの子は、まだ自由にさせてやるべきだろ」

呟かれた言葉に俺は驚いてしまった。あのケナンジ隊長がそんなことを言うなんて!と言いそうになって、咄嗟に口を紡ぐ。言いたいことは分かったのか、ケナンジ隊長はぽりぽりと頭を掻きながらため息を吐いた。

「将来を急かす必要は無いってことだ。自分からなりたいと言うならまだしもな」

「あ、浅はかな発言でした!」

「気にするな。あそこまで優秀ならそう言いたくなるのもわかる」

目を閉じたケナンジ隊長を横目に、俺は中央から逃げ出してきた少女をみる。疲れたように隊長の後ろに隠れた少女。向こう側からえー!と声が聞こえる。そこまでだ、ほら仕事に戻るぞ!という掛け声の元、全員がのそのそ仕事に戻っていく。

俺たちは、彼女がどういう経緯でこのドミニコス隊に保護されたかは知らない。隊長が何を思って、何を考えて、この部隊に彼女を置いているのか、分からないことが多すぎる。

「お嬢」

ケナンジ隊長の声に、少女は顔を上げる。

「楽しかったか?」

その言葉に、少女は少しだけ口元を緩ませた。この部隊に来て、初めて見る少女の笑顔に俺は息を飲む。笑顔と言うには程遠いのだが、それでも精一杯浮かべられた笑顔は、あまりにも痛々しい顔だった。


どういう経緯でお嬢がここに来たのかは俺たちは知らない。でもいつか、こんな痛々しい笑顔を浮かべず、彼女が心の底から精一杯の笑顔を浮かべる日が来ればいい。それまではどうか、願わくば、彼女の心が安らげますように。





そんな願いは意外にも早くに叶えられ、お嬢と呼ばれていた彼女は、グエル·レンブランの姓で今を生きている。よかったと胸を撫で下ろす間もなく、久方ぶりに来たお嬢からの連絡、【結婚するかもしれないから、貴方達に会わせたいのですが、都合のいい日はありますか?】と言うお願いにケナンジ隊長はぶっ倒れ、俺たちは「子供の成長ってやばいなぁ」とかつて共に撮った写真を眺めながら昔話に浸るのだった。


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