お姫様抱っこ
「寝ちゃってるか…いつも疲れてるもんな…」
すやすやと眠っている女帝エアグルーヴ。その前にはトレーナーが彼女の様子を眺めている。
卒業式が近づいてきている中、二人は実質的に同棲生活を送っていた。
彼女はレースや生徒会の仕事等多忙ながら充実している日々を過ごしているがどうしても疲れというものは生じてくるもので、こうして寝る事もしばしば。そのため彼が寝室へ運ぶ事もあるのだ。
「そこで寝ると風邪引くし、そのままの体勢だと体痛めるからな…寝室へ運ぼう」
(ふふっ、気づいてないな…)
実はグルーヴは眠ってなどいないのである。
何度か自分がリビングで眠ってしまった時、目が覚めれば必ず寝室に居た。おそらく自分のトレーナーがここまで運んでくれたと思い、今回は驚かせてやろうと寝たふりをしていたのである。
「よいしょっと…」
トレーナーは彼女をお姫様抱っこしながら部屋へ向かう。
(やはり私を寝室へ運んでくれていたのだな…)
「本当に綺麗な顔だ…寝てる間にひとつ唇でも落としたいくらいに…」
(なっ!?き、綺麗!?それにた…たわけが、わ、わわわ、私に!?)
表面上は寝息を立てているグルーヴだが非常に動揺しており、証拠に尻尾と耳が小刻みに震えていた。
(寝ている間に貴様の印を刻まれるのもわ、悪くは無いな…それに気付かないまま過ごす……ッ!)
「なんて、冗談はよそう。俺にはそんな資格は無いんだから…」
(——————は?)
彼女は一瞬で冷静になった。
「いつも君に迷惑をかけて良いとこなんて見せた事ないしな…それに悔しいけど俺よりももっと良い人はいる筈…なんてこんな事君の前で言ったら怒られるだろうな…いや、そうでもないかもな」
(——————)
本人が起きているのも知らずにトレーナーはそう呟きながらグルーヴをベッドへ優しく降ろす。
「これでよし———!?」
直後トレーナーへ勢いよく伸ばされた腕…気付けばグルーヴに抱きしめられている状態であった。
「貴様…私が何故怒っているか分かるか?」
「グルーヴ起きて…なら分かるだろ?呟いた事が…」
「たわけ、呟いた事ではない。私は貴様が必要以上に自身を卑下している事に怒っているのだぞ?」
抱きしめながらグルーヴは続ける。
「私がここまで来れたのは貴様の指導と支えのお陰だ。それに貴様だけだ…私の夢、生徒会の仕事を全うしオークスを目指す事…それを否定しなかった者は」
「でも…君には迷惑を…」
「迷惑なものか。それにな、貴様が何もかも完璧な存在ならば私もここまでの感情は抱かなかった。貴様のその優しさが…時々ドジをするその緩さ…それが私の心の拠り所なのだぞ?」
トレーナーの言葉に凛とした態度で返すグルーヴ。しかしその声は次第に震えていった。
「誰か…誰がそんな貴様を手放そうと言うのだ…貴様は私の理想なのだぞ…だからこれ以上、自分を責めるな…自分を認めてやれ…自分に資格が無いだなんて言うな…私が愛する人が自らを傷つけてボロボロになっていく姿なんて…見たくないんだ…たわけぇ…っ」
彼女は泣いていた。トレーナーに顔を埋め静寂を掻き消すような嗚咽が部屋に響き渡る。
「ごめんなグルーヴ…ごめんな…」
「私こそ…追い詰めてごめんなさい…」
二人はそのまま泣き続けていた。
少し時間が経って、二人は泣き止みいつもの調子を取り戻していた。
「しかし驚きだぞ、貴様がそんな事を思っていたなんてな」
「もう…そんな事思わないか…」
「たわけ、そっちじゃない。その…寝ている私にその…キ、キスの事を…」
「あ……」
詰め寄るグルーヴだが何処となく嬉しそうであり、証拠として先ほどの様に尻尾を振り回していた。
「私は…構わないんだぞ?だから…」
だんだんと距離が縮まる二人…しかしトレーナーの顔は彼女の耳元にあった。
「もう少し…待っててくれないか?」
「え…?」
「君が受け入れてくれる事は何よりも嬉しい…でも卒業するまで君には学生として後輩の憧れとして…そうあって欲しいんだ。我儘言ってごめん。でも…もし君が卒業する時、その気持ちが変わらなければ…その時は…」
「優しいんだな…でも嬉しい。いいだろう、約束だ。だから貴様もその想いを忘れるなよ?」
「ありがとう…」
「しかしだ。今日はこのままでいるぞ。二度とあんな事を思えなくなるまで、離さない。分かったか?」
「分かった」
「素直でよろしい。貴様のこの温もりが…私を支えてくれている…だから私も同じように………」
そうして二人は眠りについていった………
そして卒業式———
「卒業おめでとうグルーヴ」
「ああ、ここまで来れたのも貴様のお陰だ」
「……あの時の約束覚えている?」
「たわけ、忘れるわけが無いだろう…」
あの時の約束…それが今果たされる時が来た。
「エアグルーヴさん。ずっとそばにいてください」
「私も…ずっとそばにいつまでもいさせてください」
やっと果たされた約束。やっと叶った約束。やっと伝えられた言葉。二人はあの時の様に抱き合って泣いた。
「それじゃ、帰るか。二人の帰るところへ」
「ああ!二人一緒にな!」
仕事を終えて夕暮れ時。二人は手を繋いで軽やかな足取りで学園を出た。
そして玄関を開けて部屋に入ると———
「トレーナー…まだ約束は果たせていないぞ…?」
「分かった……」
トレーナーはグルーヴをお姫様抱っこして寝室へと向かう。そうしてベッドに降ろすと彼女をいわゆる壁ドンしている状態で見つめる。
「本当に…良いんだな?」
「言ったはずだろう?あなたになら…と。だからお願い…私を…………」
二人の約束は本当の意味で今、果たされたのだ。