お姫様と天使様
……やあ、先生。来てくれたか
夜分遅くにすまないね。だがたまにはいいだろう?
かつての夢のように、静けさに満ちた星空を眺めながら、考えを言葉にして交わすというのも
……ああ、分かっているよ。ミカとアリスの事だね?私もそのつもりで呼んだんだ
本来ならミカの口から語るべき事なのかもしれないが、先生も知っての通り今の彼女は些か自身を低く見積もっている節があってね
おそらく今回話す事について、彼女は全くもって気づいていないだろう
だから代わりに私がこうして、話す機会を設けさせてもらったわけだ。少々長くなってしまうが、付き合ってもらえるかい?
……ありがとう、先生
では、程よく食事を交えながら言葉を紡ぐととしよう
───ミカが拾った量産型アリス、アリス第15号。彼女の人格と、ヘイローの形成に繋がる話を
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まず先生、今日ミカと久方ぶりに会話してみて、何か変わったと思うことはあっただろうか?
……なるほど、流石だね。私やナギサも同意見だよ。
エデン条約、そしてアリウスに関する騒動が終わってすぐと比べて、今のミカは精神的に安定していることが増えた
具体的に言うなら……そうだね。衝動で動くところは依然変わらないが、過つ事が減ったという言うべきか
行動、言動の両方で行き過ぎる、ということがかなり減ったんだよ。特に行動はほぼなくなったと言ってもいい
そして、その理由として最も考えられるのがアリス15号、彼女だ
彼女には1つ大きな特徴があってね
人の機微、それも一般的に長所とされる部分を見抜く事に優れているんだ。まあつまるところ褒め上手だね
ミカに対しても毎日、決して欠かすことなく何十と種々様々な事を褒めまくったらしい
その結果は言った通りさ
些細な事も肯定され続けた事で摩耗していただろうミカの自己肯定感は回復傾向に変わり、同時に自身よりもさらに純朴な少女が身近に現れたことで一線を見極めてその内で留まるようにもなった
懸念点をあげるとすればアリスに依存しきり、彼女の安否が危うい場合にかえって不安定になってしまう可能性がある事だろうが……
そこは私から「ない」と断言しよう
確かにミカとアリスは出かける時ほぼ一緒であったり、一緒に同じ本読んでいたり、あーんをし合ったりと、見てるこちらが気圧される距離感ではある
だが必要であれば別行動を問題なく取ることができるし、ミカがアリスの話をしてる時に執着の類を感じたこともない
故にあれは依存ではなく、仲の良さが引き起こしてるものだろう。……にしても仲良しすぎる、と言うのは私も全面的に同意だが
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では本題に入るとしよう。アリス第15号、彼女にはもうひとつ、興味深い特徴……いや、これは傾向と呼ぶべきかな。ともあれ変わった傾向がある
ときに先生、今日アリスからミカの話をせがまれはしなかったかい?……ああ、だろうね
彼女は他者からミカの話を聞くのが大好きなのだよ。常日頃から話す私やナギサはもちろん、仲がいいコハル、本を借りる関係で図書委員会、他にも機会さえあれば他校の生徒にまで
少しでもミカを知っていれば目を輝かせて訊ねてるんだ
……特に、私の襲撃から始まりアリウス分校制圧に終わる。一連の騒動について、ね
流石の先生でも驚くか。無理もない、私も最初アリスから聞かれた時は心の底から驚嘆し、そして困惑したものさ
ミカがどれだけアリスに話しているかは分からないが、あの騒動においてミカが決して良いとは言えない立ち位置であることは伝わるはずだ
実際、アリスがこの話をする時は決まってミカがいない時らしい。ミカにとって好ましい話でないことを理解してるのは確かだろう
……私がこれを聞かれたのは、初めてアリスと対面してから1ヶ月ほど経った頃だったかな
求められるまま思いの丈を明かしたはいいが、どうにも腑に落ちなくてね
幾度か悩んだ後、2人きりの時に思いきって聞いてみることにした。その返答は、今でもハッキリと覚えている
「ミカ姉が良くない事をしたのは、アリス15号も分かっています」
「でもミカ姉はそれから逃げずに、ちゃんと償おうとしてる」
「それはきっとすっごい難しくて、そしてすごくすごく偉いことです。アリス15号が読んだ物語でも、それをできてる人はごく僅かでした」
「だからアリス15号は、ミカ姉がしてきた事をちゃんと知りたいんです」
「そうしたらミカ姉の事を、もっともっともっと!いっぱい褒めてあげられると思うので!!!」
……先生、私はね。本当に驚いたんだ
だって───
"そっか。アリスは信じているんだね"
"ミカの誠実さを。そんなミカをみんながいつか、必ず赦してくれる事を。"
"そしてそのために自分ができる事をしようとしている"
"……ミカとそっくりだね"
───。
やれやれ、敵わないな。……先生には
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あの騒動を経てミカにとっての、彼女を取り巻く環境は大きく変化したはずだ
聴聞会が終わってすぐの頃は、処遇を覆すためのデモや嫌がらせが横行していてね
わかり次第即対処していたものの、ティーパーティーへの信頼が揺らいでいた時期なのも相まって、どうしても後手後手に回ってしまった
加えてミカも、嫌がらせに関してはあまり私たちを頼りたがらなかった
忙しい時に面倒事を増やしたくないという優しさか、はたまた迷惑をかけた負い目からか。どちらにせよ自らの責任と向き合うと決めた手前、曲がりなりにも身から出た錆に巻き込みたくなかったんだろう
だがその結果、ミカはどこに潜むかも分からない悪意に1人で耐えることになってしまった
先生を頼る道もあったんだろうがそれの行先は依存だ。だからそちらも極力控えて
たとえ、新しい理解者を得られないとしても
……そんな時だったんだろうね
ミカが、アリスを拾ったのは
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当時のミカにとって、アリスはかなり特殊な存在であったはずだよ
なにせ彼女に害をなすこともなければ、ミカが迷惑をかけたこともない
当然ながら「頼れる大人」でもない。むしろ経緯や実力を考えればミカが頼られる側だ
それ故にアリスは、ミカにとって何の感情も抱く必要がない、トリニティにおいて唯一の普遍的で、ニュートラルな存在だった
それも、同室者という日常において最も身近な立場でありながら
……ここからは多くが私の推測ありきとなってしまうが
おそらくミカは当初、アリスに対して何か命令したりすることはなかったはずだ
外傷は特になかったと聞いてるが、それでも数日飲食なしの状態で路地暮らし、精神的にも摩耗してる
ミカの性格を考えれば、しばらくは自分で面倒見るつもりだったと考えるのが自然だろう。どうしようもなくワガママな彼女だが、責任感は強いからね
アリスの話によれば、来てすぐの頃は登場人物みんなが何かしら幸せになるような小話をよくしてくれてたそうだ。あとは自主的に行った掃除とかをとても褒めてくれたとも
……それらを経て、アリスは学んだのだろう
誰もが幸福を得られるか細い未来を、さも当然のように願い、祈り、そして動くことができる
そんなミカの、危うく繊細で、けれどもまっすぐで眩い、物語のお姫様のような優しさを
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……先生、この話を踏まえて私から2つ頼みごとがある
1つはいつか、アリスがあの一連の騒動について聞いた時にはどうかありのままを伝えてあげてほしい。特にアリウスとの話を
エデン条約締結までならば私もかなり把握しているが、そこからアリウス分校制圧までのミカの話はアリスが交流できる範囲だと先生しかまともに知っている人はいない
道を決定的に違いかけたミカがそれでも踏みとどまれたそのお話を、ぜひとも教えてあげてくれ
もう1つは、わざわざ言うまでもないことだろうが……アリスを悪意から守ってあげてくれ
彼女がミカから学んだ優しさは純粋で尊いものだが、同時に容易く利用しやすいものでもある
知能、身体共に高い能力を持つミカでさえ騙され深い闇の底から戻れなくなりかけたんだ。アリスにもいつ魔の手が伸びるかは分からない
だから───
"もちろん、大人として必ず守るよ"
"けれど、その心配はいらないんじゃないかな"
───?それは、どういう……
"だって"
"新しいお姫様には、強くて優しい天使様がついてるからね"
…………ふふっ
ああ、違いないな