お姉様
「ねえ藤丸? 私ね、アルトリアと話し合って、分かったことがあるの」
唐突にノクナレアとアルトリアの女子会に呼び出され、何やら深刻な表情でそう言われた時から、薄らと嫌な予感はしていた。アルトリアはというと、ニヤニヤとオベロンそっくりな胡散臭い笑みを浮かべている。
「貴方って……、女の子の服を着せたらすごく似合いそうだなって」
「あっちょっと急な予定が」
「と、いうわけで! 私とアルトリアで厳選した衣装を着てもらって、撮影会をしましょう!」
そう言われた瞬間、オレは部屋の入り口目掛けて走り出そうとした。が、しかし。それを想定していたのか、丁度扉の前に立ち塞がるように立っていたアルトリアに呆気なく捕まってしまう。
「流石ね、アルトリア」
「まあね」
満足そうに頷くノクナレアに、満更でもない表情をするアルトリア。首根っこ掴まれた飼い猫よろしく、ノクナレアの目の前に突き出されたオレは心の中で泣いた。
「とりあえず一着目なんだけど……。これアルトリアのリクエストなのよね。……まあ、いいわ。とりあえず着てちょうだい」
アルトリアのリクエスト、ということで彼女の方を見る。……まだ着替える前だというのに、すでに口角が不自然な角度に上がっているし、何かを堪えるようにピクピクと時折痙攣している。この場にオレがいなくなった瞬間に、爆笑しだすに違いない。ノクナレアから渡されたやたら黒っぽい衣装を手に、トボトボと更衣室として用意されたブースに向かう。……カーテンを閉めた瞬間、アルトリアのバカ笑いが響き渡ったのは言うまでもない。
「何これ……」
単なる女装、というよりなんらかのキャラクターのコスプレ衣装のようだ。構造上、そこまで複雑な衣装ではないのがありがたいが「何を着せられているんだ」という気持ちがどうしても拭えない。
「これで……いいのか?」
鏡に写った自分の姿を薄目で確認する。衣装のデザインが肩出しのため、どうしても体格のゴツさを隠しきれていない。
「立香ー? まだ?」
「ンッフフフ……りっ、立香ァ……、は、はやく見せ……あっ、やばい笑っちゃう……」
こうなれば自棄だ。勢い良くカーテンを開け、一歩踏み出す。
「お待たせしましたァ!! すごいやつ!!」
やぶれかぶれの状態で叫ぶと、二人の目線がこちらを向いた。
「顔だけ見れば悪くないけど……。肩が……結構ゴツいのね……貴方」
「ヒー……ヤバい! あーまじヤバい超ウケ……ヒュッ……ゴホッゴホッ…………ノクナレアありがとう……ンッフ……アハハハハハハ!!」
最初は興味津々、といった様子だったノクナレアだったが、今はなんとも言えない表情をしている。アルトリアはといえば、オレを一目見た瞬間に決壊していた。今は崩れ落ちた状態で、床をバンバン叩いている。
「……アルトリア、ダメじゃないのこれ。もっと立香の魅力を引き出せるような衣装を出さなくちゃ。大体この衣装なんなの? もしかしてこすぷれ、ってやつ?」
「……あー、笑った……。やばっ……肩ごっつ……あー……ゴホン。ノクナレア、私がこの衣装選んだのにはちゃんと理由があるの。ノクナレアの言う通り、これ、キャラクターのコスプレ衣装なんだよね。そして! なんと! このキャラクターは『お兄様』『お姉様』って呼んでくれるキャラなのです!」
「……オーケー、アルトリア。話が変わったわ」
「……どうして」
「ハァ〜!? アリスの衣装の時私に『お兄様』って呼ばせた癖に、自分だけ逃げようなんてそうはいかないぞ立香ァ!」
「えっ、貴方そんな事言わせてたの……」
「……返す言葉もございません……」
やや引き気味のノクナレアをよそに、アルトリアはとうとう「お姉様っ! お姉様っ!」と妙な節をつけながら手拍子まで始めてしまっていた。……完全にタチの悪い酔っ払いムーブである。一度やればアルトリアも満足するだろう。そう思い、自分の中の何かを振り絞る。
「……お、お姉様」
「あーダメだよそんなんじゃ。もっと可愛く言わないと」
「アルトリア監督?」
「立香の中にもあるはずだよ……。そう、『カワイイ』の引き出しが」
「そこになければないですね」
「探せ! もっとよく探せ! 絶っっっ対あるはず!」
「そこにこの世の全てを置いてきた?」
「ちっがーう! それひとつなぎの大秘宝(ワンピース)じゃん! そうじゃなくて! ワンモア! もう一回! ありったけの『カワイイ』を今! この瞬間に!」
「もう一回言ったでしょ! ない袖はふーれーまーせーん!」
「待ちなさい」
「カワイイは作れる!」となおも熱心に演技指導を行おうとするアルトリアを唐突に制止したのはノクナレアだった。先ほどは引き気味だったので、止めてくれたのかと思ったが、すぐに違うと直感した。
「私、まだ貴方に『お姉様』って言ってもらってないわ」
「いや、でも、さっき……」
「さっきのはアルトリアの分でしょ? 次は私よ」
「そうだぞぅ立香ァ! 公平(フェア)じゃないぞ!」
「分かった……分かったから……!」
「お姉様」
オレの中にある『カワイイ』の知識を総動員した渾身の「お姉様」は、今までマシンガントークをしていた二人を黙らせる程度には成功したらしい。……多分。