お前が好きだから死にたい
ルフィ×スモーカー
スモーカーの様子がずっとおかしい
脳みそ空っぽにして読んで
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そう思って漠然と首を吊ろうとした。失敗した。縄が煙を縛れるはずがないのに首を吊れるハズが無かった。
椅子を蹴ったまま床に転げ落ちたが痛みはなかった。なんなら蹴った拍子にデスクから転げ落ちたマグカップの方が悲惨である。淹れたての熱が冷めないまま硬い床にぶちまけられたのだ。ドジなメガネの部下になんとなく申し訳なくなる。そもそも職場で突然首を吊るなという話だが。
自覚といえばなんだろうか。本部が半壊した戦争と一つの新聞記事から、麦わらの情報が途絶えたことから始まりだった。こちらが勝手に昇級しようが賞金首を千切っては投げていようが大体新聞にデカい事件の主犯格として載せられていた。
デマもあったりしたが、因みに1番イカれた記事は麦わらが酒池肉林し島という島の娼館を潰したネタだった。それも一面にデカデカと載せられたものだから最初見た時は葉巻を吹き飛ばした。執務室の壁には二つの丸い跡が残っている。んなワケあるかと大爆笑したのでそりゃあもうたしぎを含めた部下たちに心配された。心配されたがおれはその日とても気が狂っていたので部下たちを連れてその夜アルハラも真っ青なレベルで何件も店をハシゴしたのである。今日はお前が笑わせてくれたから爆笑記念日。あれ、なんの話をしていたか。おれが麦わらに恋した自覚か、それで新聞の話になってたんだった。いや改めてアイツに恋をした話をしたら死にたくなった。首はもう吊らないが。
なんだっけか、そうだそうだ。二年前から音沙汰無くしやがったあの野郎は今になって新聞に載っていたのだ。もちろんデマとかではなくて。新聞にデカデカとあの頃と同じ顔をしていたのだ。それを見て、なんと言うか、まあ、心臓を握りしめられたような感覚がしたのだ。いやおれだって知らないわけではない。新兵時代に同期たちと夜な夜なお前誰が好きなんだよと話していたことはある。まあその同期たちは土に還ったり海に沈んだりしてしまったが。とにかくパン屋の娘に思いを寄せていた海王類に喰われた同期の話は置いといて、長々話していたがおれは麦わらのルフィに恋をしたらしい。認めたくねェ。
閑話休題、とりあえず机にブッ刺したペンは無視しよう。この話を考えるとすぐこうだ。これでも窓から何もかも投げ捨ててた前に比べれば断然マシである。とにかくあの男の手配書を見ると動悸息切れ眩暈がするので今は引き出しの中で眠っている。親の仇のように壁中に貼ってた手配書も新聞の記事も全部引き出しの底だ。あ、さっきの馬鹿みたいなデマ記事はそのまま貼ってある。あれは麦わらの記事であって麦わら本人の話ではないから、あと疲れた時に読むと笑える。自覚した後も務めて平静を保っていたが、なぜか机の上にはどんどん麦わらの情報が集まってくる。なんでだ、と最初は思っていたがよくよく考えたら情報が出たら片っ端から回せと言ったのはおれではないか。自業自得だし、もしかしてこの頃から鱗片はあったのだろうか。
机にぶっ刺さったペンが二本になったが、だからどうした。しばらく海賊と部下を千切っては投げ千切っては投げていたら麦わらの情報を手に入れた。せっかくあいつが来そうな島を張ってたのに予想を裏切られあいつは立ち入り禁止の島に行きやがった。ここまで来て手ぶらで帰れるわけねェだろと、部下のケツを叩きながら同じように島に来たら、まあそこも想定外だったもので、七武海とマッドサイエンティスト、それからデカい子供も居たしなんならたしぎと入れ替わった。煙になれんわ十手は思いわ胸の締め付けキツいわで好き勝手やったいたらたしぎ(姿はおれ)に怒られた。いや恥じらったおれってあんな顔するんだな、一生知りたくなかった。
もっと嫌だったのがこの状態で麦わらと鉢あったこと。なんで今なんだ。今じゃないとダメだったのか。笑われたし。腹立つ。何が「戦いはまた今度だ」だこの世界でまた会えると思ってんのか。そして肩を掴むな、心臓爆発すると思っただろうが。いやこの場合爆発するのはたしぎの心臓か?なおさらダメだ。人の心臓は爆発させられねェ。その後?檻にぶち込まれたよ。アイツと入るのは2回目だったな。そのあとは無事トラファルガーの野郎に身体を戻して?もらって、麦わらとヴェルゴの元へ向かった。麦わらと、二人で。二人、二人かァ。
状況が状況じゃなければ喜んでたと思う。多分舞い上がりもした、煙だけに。嫌だなあ海賊相手に喜びたくねェなオイ。なんならドアを開けるのを待ってくれだと、あいつの目にはおれが待ってくれる男にでも見てるらしい。誰が待ってやるかよバーカと無視したらバチでも当たったかのようにヴェルゴはいなかった。悪いことはするもんじゃない。
兎にも角にも、研究所から命懸けで脱出するために嫌々協力をしていたが、どこかであいつと一緒に居た瞬間を噛み締めてた自分がいるらしい。人命が掛かってたというのになんて最悪なんだ。どうやらおれは好きな奴と共にいれるなら最低な男に成り下がるらしい。部下達に馴れ合うなと言った手前、おれもあいつに近づけなくなった。それなのに雑に線引きされた境界を麦わらは容易く飛び越える。若さが羨ましい、それを飛び越えられるならおれに触れるのだって簡単だろ。触れろよ。
机に刺さったペンが一気に五本になった。なんでだろうな。身体を微塵切りにされるかと思えば、昔の友人が来るわでやっと一日が終わった。その後はヴェルゴ元基地長の野郎のせいでてんやわんやだった。仕事はまだマシだ。ふと仕事が落ち着けば、ずっと脳裏に麦わら帽子が浮かぶ。寒かろうが絶対外さない麦わら帽子はまるで呪いのようで、おれのあいつへの想いはもはや病のそれだった。だって麦わら帽子の被った子供を見るたびにビクつけば、重症でも何物でもないだろう。というか何にビクついてるのか。もしかしておれはあいつが怖いのか。いやいやまさか。相手はおれより小さい、まだ青いガキで、何も知らなくて、無鉄砲で。
机に対して垂直や斜めに立った計十一本のペンを抜く。もうあいつの話はやめよう。今のおれの幸福は仕事をすることだ。これ以上犠牲になるペンを増やしてはならない。なんなら机のポツポツと空いた穴の言い訳を考えなくてはならない。
(なんでこんなときに会っちまうんだろうなァ〜)
近くの島で海賊が出たと要請を受けたと思えば、なんで現地に麦わらがいるんだろうか。いや別の海賊もいたが。交戦中に、やれ天気が、やれ変態が、やれ骨が、いくらでも聞き覚えがある。ガチャガチャと武器をぶつけてれば、視界の端に赤色が映って“まさか”と思ってしまったのだ。それが運の尽き。地面に仰向けで転がされた。首は少しでも動かせば剣が刺さりそうだ。剣の持ち主がなにか言っている。しかし聞こえない、というか言葉が入ってこない。こいつの剣は海楼石で出来てるのだろうか。ただの剣ならおれは死ねない、切断マジックのように身体と首が真っ二つになるだけだ。
あ〜あ、交戦中に好きな奴のことを考えて死ぬ海兵は後にも先にもおれだけだろうか。いやおれだけであってほしい、海軍の恥だ。それに麦わらのことばかり考えて、今のことを考えられなくなるならいっそ死んじまった方が良い。誰かのことを考えて誰も助けられなくなる海兵なんていらない。海賊を好きな海兵なんて存在してはいけない。そのまま、一心に剣を受け入れようとした。したが、その前に剣の持ち主は海に落ちた。
「大丈夫かケムリン!?」
敵の安否なんて確認するんじゃねえよ。触んな、起こすな。
「なんで助けた」
「だって、ケムリンが死んじまうと思って…」
「おれは死にたかった」
「!?」
「お前が好きだから死にたかった」
とうとう言っちまった。もう後には戻れない。おれの言葉で呆気に取られたこいつの顔はめちゃくちゃ愉快である。ついでに周りも静かになった。見せもんじゃねえぞ、戦ってろよコラ。堰を切ったように言葉が溢れ出す。
「生身だろうが写真だろうがお前を見たらぜんぶ心臓が痛い」
「え」
「てめェに纏わるモンで毎日ビクついてる」
「けむ」
「今だって触れられててすげェ嬉しい」
「待っ」
「お前が好きだから今だって油断した、もうこんな」
「待て!」
モゴ、と口を押さえつけられる。伸びた感触でやっぱこいつゴムなんだなと改めて思った。口が開かないので諦めて麦わらの顔を見ると、ひどく狼狽えた様子で顔を赤くしていた。くぐもった声で“なんだよ”と聞けばこちらを睨みながら口を開いた。
「おれに触られてうれしいのか?」
頷く、そうだよ。口を塞がれるような形でも心臓が煩いくらい跳ねてるし、こんな距離でいられるなら心臓一つくらい丁度いいだろと思っている。そのくらい嬉しいのだ。その態度に麦わらは呻きながら天を仰ぐ、なんなんだよ。口を塞いでいた手を外される。しばらくぶりに空気が唇に触れた。
「オイ?」
「ケムリンはなんで死にたかったんだ?」
「てめェが好きだからつってんだろ」
「お前さっきからずっとすげーこと言ってんぞ」
おれの方を向いた麦わらの顔は酷く満足げである。手を伸ばされたかと思えば頬をするりと撫でた。やめろ、喜ぶだろうが。
「ケムリン真面目だからな〜」
「んなわけねェだろ」
「真面目じゃねェって言う奴なかなかいねェぞ……おれが海賊だから好きなのヤダ?」
「そうだ」
「そっか〜……」
「じゃあおれが海賊な事以外好きなんだよな」
「自惚れんな!!!!!!!!」
「声デケーな!?」
「なんっだそれ!?おれがお前のほとんどが好きみたいじゃねーか!!」
「そうだよ!」
「全部好きに決まってんだろうが!!!!第一海賊なところ含めてお前だろ!!!!!」
「落ち着け!!!」
「断る!!!!」
ふざけた事言うてめェが悪い。確かに海賊は嫌いだがお前は海賊だからこそいい男なんだろうが。海賊辞めようとしてみろ、絶対に辞める前に捕まえてやる。
「言うけどよ!!!好きなやつにそんなに好かれてて嬉しくないわけないだろ!!!!」
「誰が好きなやつだよ!!!!!?」
「スモーカー!!!!!」
「急に名前で呼ぶんじゃねェ!!!!!!」
うん?おれ?
「ちょっと待ってくれ」
「おう」
「おまえの好きなやつがおれ?」
「おう!」
「は??」
「ケムリンもおれのこと好きみたいで嬉しかったのによォ〜死にてェとか言うし」
「だっ、て」
「だって?」
「…………た」
「耳貸すからもっかい言ってくれるか?」
「……おれだけ好きだと思ってた」
「なんでそんな可愛い事言うんだよ」
「可愛くねェよ!!」
「可愛いだろ!!?」
「なんでだよ!!!」
「好きだから可愛いって思ってんだよ!!!!」
その一言で耐えきれなくなったおれは海に飛び込んだ。たしぎや麦わらの仲間達が引き上げてくれたが、そいつらに見られてた事実を理解しもう一度おれが飛び込もうとするのはまた別の話