お兄ちゃん、管を巻く

お兄ちゃん、管を巻く

煙草SS

「納得いかねえ……」

 ここはトレセン学園に程近い商店街の一角にある、とある居酒屋。トレセン学園のトレーナー達がこぞって通う御用達の店である。

 そのボックス席の一つで、カレンチャン担当トレーナー、通称『お兄ちゃん』が、既に4杯目となるチューハイのグラスを空け、気持ち乱暴にテーブルに置きながら恨めしげに呟いた。

「……納得行かないって?」

「どうしたんだよ急に」

 その呟きに、向かい側に座ったライスシャワー担当トレーナーとマヤノトップガン担当トレーナー────それぞれ『お兄さま』『トレーナーちゃん』と呼ばれている────が揃って首をかしげた。なおお兄ちゃんの隣ではエアグルーヴ担当トレーナー、通称『たわけ』がビール一杯も飲み干さず突っ伏して寝息を立てている。

「誰かに理不尽なことでも言われたの?」

「俺らで良いなら相談乗るけど……」

 そう心配するお兄さまとトレーナーちゃんだが、それを聞いたお兄ちゃんは更に二人を鋭く睨み付けた。


「この前の感謝祭の時さあ…………君らめちゃくちゃモテていらっしゃいましたよねえ…………?」


 あっ、これ今日は面倒臭い酔い方してるな。二人は互いに顔を見合わせ、同時にビールを呷った。


「モテてたっていうか……」

「珍しかったんだと思うぞ?」

「そんな珍獣扱いじゃなかっただろ!明らかに!貴方たち!モテモテでいらっしゃったじゃあないですかッ!!」

 お兄ちゃんは憎々しげにそう唾棄し、おかわりのチューハイを豪快にグラス半分ほど嚥下した。

「何が『トレーナー主催男女逆転メイド執事喫茶』だよ……結局イケメン美人の女装男装姿が見たいだけじゃねーかよ……」

「いやあ、あの時は身動き出来なくて大変だったねえ」

「怪我人がでなかったのが奇跡に近かったな」

 無事に終わって良かった、とお兄さまとトレーナーちゃんが頷き合うが、さらにお兄ちゃんが愚痴をこぼした。

「お前らは女の子に囲まれてたからまだいいじゃねえかよ……俺なんか野郎共にしか囲まれてねえんだぞ!?」

「ああー……かなり熱狂的だったな」

「狂信的、の方が近いかもね」

「勝手に写真撮られてSNSに拡散されて、リプも明らかに男女比が9:1ぐらいに偏ってるし……仕舞いにゃケツ撫でられるしよ……野郎にだぜ!?怖気が走ったわ!!」

「うわあ、それは……」

「災難だったな……」

「ああなるって分かってたらメイド服なんか着るんじゃなかった……」

 コイツですら女の子にモテてたっていうのにどうして俺だけ!と隣で酔い潰れて眠っているたわけを指差しながらなおも愚痴は続く。目尻に涙が浮かんでいるのは菊花賞を狙われた情けで見なかったことにした。


(でも女の子のファンもめちゃくちゃいたよね)

(男のファンの壁が厚すぎて入り込む余地がなかっただけでな)

 事情を知っているお兄さまとトレーナーちゃんは、しかしその方が面白そうだからとあえてお兄ちゃんには伏せた。

 そのうち女性ファンのリプも増えていくだろう。その時になれば歓喜するに違いないのだから。

(お兄ちゃんもモテない訳じゃないのにどうしてこうも違うのかな)

(童貞だからでしょ)

 なんにせよ今日の夜は長くなりそうだ。そんな予感を感じながら、お兄さまがビールと料理の追加を頼んだ。

 一人の男の嘆きが響き渡りながら、トレーナー達の夜は更けていく。

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