おれの全部をあげるから
・助からないケガを背負った親友に食われることを願われて決定的にぶっ壊れはじめるドレークくんSS
・入隊してしばらく位のまだ若い頃のドレークとその親友だったモブくんの話
・モブくんが死ぬ描写があります
・食人をタブーだと思っているが人を食べたくなって仕方ないので食べてよさそうな海賊とかをこっそり食べてる倫理観壊れドレーク
・食人葛藤系ドレーク屋が変わってくまでを書きたかったです
本隊と別働隊に分かれ任務を進め、本目的は達成した束の間、別働隊が行動中の方面で大規模な爆発が起こった。
戦場は静か。硝煙が嫌に穏やかに揺蕩う。敵側も自爆覚悟の特攻だったのだろう。両者ともに動きが止まった。
本隊にすぐに命令が下される。おれは傷病兵を回収する班として救助の為、戦友のいる死地へ向かった。
「その声、ドレークか……?」
「生きてるな? すぐに引っ張り出してやる」
誰か居ないか呼び掛けながら人を探していると、崩壊した家屋の隙間から声がした。目をやれば身の半分を這い出すようにして挟まれた同期の戦友を見つけすぐに駆け付ける。
「さっき連絡が来た。他の隊員は皆無事らしい。お前で最後だ。よく頑張ってくれた」
「ああ、そう、よかった……」
安堵の表情を浮かべる友人に手を差し伸べるも、何故かその手は握られない。腕も伸ばさないで、彼は続けた。
「いい、いいんだ。自分の身体。よくわかっている」
「……? 何を言って」
「もうね、感覚ないんだ。腰から下さ。はは、ははは」
感覚がない……?それは。そんな嫌な予感を的中させるように、乾いた笑いを吐く彼が突っ伏す地面へ、赤いものがじじと広がっていくのが見える。
血だ。生きた肉の匂いだ。
「ッ!? ……はっ?!」
何か最悪な考えが頭を浮かんで思わず口を抑える。 なにか、なにか身体が変だ。そういえば今日食事を摂ったのは何時だったか。昼頃か、そう離れてはいない。じゃあ何でこんなに腹が減ってんだ。
「ドレーク、おれはもう助からねェ。行ってくれ」
「故郷に連れていくくらいはしてやる! それくらいはさせてくれ……ッ」
最もらしい戦友の台詞を吐く口端から、とめどなく涎が垂れているのがわかる。手袋に染みて気持ちが悪い。おれの右腕は彼に伸ばされているが、左手は決して口元から離せられなかった。
本当に、なんで今こうなっちまってるんだ。こんな人でなしなことあるのか。
食事は好きだ。肉も好きだ。だがおれは愛する同志まで食ってしまおうなんて考えたことない。非道な嗜好を持った自覚はあるから、食っていい肉とそうでないものの区別は付けている。それが最後の人間らしい心の砦だった。
それなのになんで、散らばった脚をトロトロになるまで煮込もうだとか、廃屋下の血の滴るミンチを頬張る想像をして滾っているんだ。
おれにはもう、妙に高鳴る鼓動が焦りなのか、飽くなき食への興奮なのか区別がつかない。
「故郷も、ないんだ。家族とか、彼女とかそういうのも。お前と同じだ」
「あ、ああ……」
「頼み事なら、あるが。……聞いてくれるか?」
「聞こう、なんだって」
「おれを食べてくれよ」
呆気ないくらい呆然とした、か細い疑問の音が硝煙に溶ける。彼は今なんて言った? それは、聞き間違いを疑いたくなるくらい都合が良くて、でも聞きたくない言葉だった。しかし、それを吐いた彼の目は強くおれを見据えている。
「おれ、知ってんだよ。お前が隠れて海賊とか食ってんの。……美味そうに食べるお前のこと、好きだったんだ。おれも、助からねェし、いいだろ?」
「な、それ、お前」
「おれさ、お前のこと気に入ってんだよ。おれと同じ寂しい人生歩んでさ、それでも懸命で、こんなおれにまで、優しくしてくれて」
だからって、食えというのか、愛する戦友を。そこまでの狂人として大路を走れというのか、お前は!なんて残酷な事をと、おれは叫んだ。酷いことだと思った。
だが、この場所で一番非道い存在というのは、心の奥底で「可食部位が喋っている」と確かに判断している、おれに棲まう旧時代の悪魔だ。
彼は弱々しく震える手でおれの腕を掴む。決して払うことはできなかった。まるで自分の罪と対峙させられた気分だ。……いや、ほんとうに、もう隠しても逃げてもいられないのだろう。
「お前は、食べていい人間じゃない……っ」
頼む、これ以上道を逸れたくない。と、縋りついて彼へ許しを乞う。
「ああ、ドリィ。可哀想に。狂ってしまった方が楽なのに」
もうじき動かなくなる冷たい両手で、彼はおれの頬を撫でた。彼の血がさらと皮膚に伝う。そして、彼はおれの緩んだ口に指を差し込んだ。
「……なあ、お前はどんな人なら食えるんだ?」
「……いなくなっても、困らない人を」
「おれだってそうだ。何も残っちゃいねェ」
「おれが困るだろ!……他の隊員だって、上官も」
「はは、嬉しいな。それ」
必死に歯を立てないように口を開けて涎を零すおれの口腔に、血を広げながら優しく撫でる。そうされていると、変に穏やかで安心して、それが嫌だった。
彼は濡れた指を引き抜いて、瞳でおれを貫いて語りかける。
「でもそれ、本当か? 初めての食べた人はなんだった?」
「……船の、人たちと、……父を」
「お父さん達、いなくなってもよかった?」
「怖い人たちだった。父も、変わってしまって……」
でも、それでも。
「父さんのことは大好きだった! どんなになっても、おれの、父さんで……っ。殺そうなんて思ってない! ……それなのに、おれ、あんな、あんなことを!」
そうだ。おれは父を殺して食ったんだ。一番大切だった人を食った。
「ッ、はっ、はあっ、はあ……ッ!」
もう取り返せない始めの罪。息が詰まる。あの瞬間から全部狂った。全部狂った人間が取り繕って人のフリして人に紛れて生きてきた。今日、それが全部剥がされた。逃避してた事実に向き合わされる。全部のしわ寄せがおれを刺す。
「安心しろよ。誰もお前を責めやしない。どうなっても、おれだけは全部肯定してやる」
「……どうやって。親殺しの、食人鬼の、おれを」
「こう考えたらいいんだ。食事って命を食べるってこと、人の命を宿すってこと」
「……。……?」
「お前の中に、親父さんもみんなみんな生きてんだ」
ゆっくりと、もう一度指をおれに差し出す。何が目的かの行動か知っているのに、おれは易々と受け入れた。
「……そう、なのか?」
ああ、全部。もうじきおれもその仲間入りだな。
それはきっと無情で苛烈なことだ。おれは一生、人の命と罪を食った数だけ背負うのだ。
だが、そういうものだと思った。親殺しの上に食人のタブーまで犯して、欲深くその衝動を抑えられないおれには、最適な罰だと思った。
これは一生逃げられなくて、土に還って死ぬまで共にするのだ。食って来た人の意思に食い潰されるまで、おれはそうして生きるのだ。
「最後に、誰かの役に立てることがしたい。お前におれの命を吸ってほしい」
差し込んで舌を撫でる指を、もう拒んだりしなかった。おれの立てた食人の上でのルールなど最初から破綻していた。守る意味などないのだ。
もう食っていい肉の区別などつかなかった。いや、そもそも区別をつけること自体烏滸がましいんだ。なんだって食うし、なんだって背負う。そういうものだとわかった。
友人の差し出す指に犬歯を立てれば、容易く噛み切れた。口いっぱいに愛しい鉄臭さが広がる。関節を割って皮を千切って肉を噛んだ。骨も噛み砕いて喉に落とし込む。飢えた胃が踊るほどの喜びを感じる。
「悪いようにはしない。……少し、痛むぞ」
「なんか、かっけェなその台詞。……言ってみたかったわ」
指の千切れた手を繋いで、次は晒す彼の首を食む。歯を突き立てて血を啜って、ぶちぶちと肉を切り離した。
その間、彼はずっと「美味いか?」など聞いてくれ、おれは頷きながら飲み込む。しかし、そんな声も、ごぽと吐き出す音をさせた後に、静かになった。彼が死んだことが分かって悲しくなった。でも、彼は生きてくれることを知っているから、不思議と涙は出なかった。
崩れた家もどかして、彼のミンチになったばらばらの肉片も全部拾って食べた。料理するのもいいと思って、水筒や鞄に詰められるだけ彼の肉を詰めた。
世界に残った彼の痕跡というのは、身につけている衣服とか装備品とかの、外付けのものしかなくなった。それ以外は、全部おれの中に宿った。
その外付けの中の一つである、ドッグタグを上官に渡して、彼の戦死を報告する。
「そうか、わかった。ドレーク、お前もよく探してくれた。今日は休め。明日のこともある」
「ええ、大丈夫です。受け入れないとやっていけませんから」
つうと、おれの頬に何かが垂れた。少しも悲しくなんてないはずなのに、何故か涙が出ていた。
「厳しいかもしれないが、戦場というのはそういうものだ。……辛いがな」
「元気ですよ。悲しくなんてない。食事だってとれました。皆、元気ですから」
いつもは厳しい上官殿も、親友が死んだおれを労わってか早めに切り上げてくれた。無表情のまま涙を流す歪な奴の相手をしたくないのかもしれないけど、不器用な上官流の優しさかもしれないと、思った。
きっと、この止まらない涙はおれの中の彼が流すんだ。だってそうだろう。世界の中で彼は死んだが、おれの中に生きていることを知っているんだ。なにも悲しくない。父さんも、ぼくが頑張っているのを見守っている。
ただ、何か。身体が落っこちてしまいそうなくらい重かった。食べ過ぎたんだろうな、きっと。持って帰った分も、ダメになる前に加工しないと。まだ、やることはある。
「……重いですね。命って」
そうだ。だから皆に重さをわかって貰わないと、生きてられないんだろ。
「そうだな。ああ、わかってきた」
そう答えてくれたのは、おれの中の誰だったんだろう。