おやすみ前に

おやすみ前に

五スレ目 97氏より

 

 心に茨の棘が巻き付いて、血を流して。

 でもそれを蜜として啜る生き物に飼われる身だから。

 痛くても苦しくても、この心身は薔薇の魔窟に投げ出されて引き裂かれるしかなかった。


 自分が汚れても、弟には何も知らずに綺麗に育って欲しい。

 それが無理になった今でも、せめて汚れるのは目だけであってくれれば。

 涙を流すたびにあの子はまた綺麗になれる。もう泣く方法さえ忘れた自分と違って。


 「凛、凛。いつも汚いもの見せてごめんな。お前を完璧に綺麗なままでいさせてやれなくてごめんな」


 すっかり泣き疲れて眠ってしまった弟の、赤く腫れた目元を優しく撫でながら冴は小さく呟く。

 今日もまた、こうしてベッドに2人で潜り込めるまでにたくさんの凌辱があった。でも弟に足を開かせることはなく乗り越えられた。

 花が散らされて。操が散らされて。己が散らされて。それでも弟が咲いていられる内は最悪なんかじゃない。不幸中の幸いは拾い続けている。


 「本当は、あんな汚い男も、こんな汚い俺も、お前の世界になんか存在させたくなかった」


 唾棄すべきものに溢れた暮らしの中で、美しいものだけを切り取って掻き集めて。そうして弟に渡してやりたかった。できなかった。

 なのに弟は冴を恨むことなく、今まで兄ちゃんがどんな目に合ってたのか気付けなくてごめんなさい、と涙を流した。

 その濡れた瞳が澄んでいるのを見て、視界を汚しただけならまだ綺麗に戻してやれるのを悟ることができたから、冴はなんとか生きている。

 体まで汚されて弟の眼差しに落ちない曇りがこびり付いていたら、冴はきっとあの男を殺してから、弟を守ってやれなかったことを悔いて自分も死んでいただろう。

 神様には嫌われているけど、きっと悪魔には愛されているから。この魂ごと貴方の物になるので、せめて弟のこれからの人生だけは良いものにしてやって下さいと引き換えを願って。


 「……母さんも父さんも無事に起きられて、もう俺がいなくてもお前が幸せに生きられるようになったら。俺のことなんて汚い思い出ごと忘れて良いからな」


 ちゅっと額にキスを落とし、肩からずり落ちていた弟の布団を上げ直してやる。

 もう暫く弟の幸せを願っていたいが、明日も朝早い。寝坊して朝食を作れないなんてことにならないよう眠っておかないと。

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