おかえりなさい

おかえりなさい


「おめでとうございます、元気な男の子ですよ」

 赤子の鳴き声が聞こえる。ぼんやりと白く霞んだ視界の中で、唯一薄紅に色付いた小さな命に手を伸ばす。

 想像していたよりも産声は小さかった。まるで自分が泣いてもいいのか控えめに訊ねるようなその泣き方に遠い学生時代の記憶が呼び起こされる。何故か寂しさを感じさせる微笑みを浮かべていた義兄……今はもう居ない、グエル先輩のことを。

 尊敬する先輩が帰ってきた時、本当に本当に嬉しくて……当然、私だけでなくラウダ先輩も、フェルシーも、みんながそうだった。

 闇夜の中を手探りで進むような、何かを間違えてしまえば取り返しがつかない航海のような、そんな中で不安の中私たちを導いてくれる一番星が昇ってきたようなものだから。

 スレッタとの決闘で、グエル先輩の誇りを皆が汚してしまった時。あれから何処か壁を作ってしまった先輩に伝えたかった。貴方の居場所はここです、ここに帰ってきてくださいと。だから、伝えたんだ。「おかえりなさい」って。

(あの時、先輩、なんて返してくれたんだっけ……?)

 出産の疲労でぼんやりとしている頭では思い出せるはずもなく。私は過去と現在を揺蕩いながらそっと赤子を腕に抱いた。

 小さく泣いている我が子の眦に溜まった涙をそっと拭うとゆるゆると瞳が開いた。

「……!」

 赤子の瞳が私を映した時。私の瞳が赤子の瞳を映した時。思わず、腕の中で小さくなってしまった大切な人をぎゅっと抱きしめた。

「……グエル先輩……」

 もう離したくない。もう、どこか遠いところに行って欲しくない。

 ラウダ先輩には負けてしまうかもしれないですけど。私だって貴方の義妹で、貴方を大切に思っているんですから。

 貴方の帰る場所になりたいんですから。

 だから。

「…………おかえりなさい……」


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