おかいもの

おかいもの


「『えっと、えっと…、さっきおはしのほうにまがったから、えっと、次はおちゃわん…?』」


「そうそう、いい子だ。賢い!頑張れー!」

 ディスプレイ越しに聞こえてくる幼子の声に応えているのは九番隊隊士たちだ。

 九番隊は通常業務の他に広報、編集も担っており基本的に暇というモノとは無縁なのだが今日ばかりは九番隊の精鋭達が集まって仕事をする『席官室』に出入りを許された者たちが書簡を届けに着たついでに数分間は特別に設置されたディスプレイに釘付けになり声援を送っていく。

 本来仕事中に何事かと窘められるべきなのかもしれないそれも、ここで執務をしている精鋭たちこそチラチラとディスプレイを確認している状況では黙認されていた。


『あ、ねこちゃん、』

「「「「あっ、」」」」



「ねこちゃん、こんにちは、あのね、しゅうね、けんせーのためにおかいものにいくんだよ!みんなのおかし、かいにいくの」


にこり、と笑った幼子、修兵の表情は大変かわいらしく、10分ほど前に九番隊を出発した時の緊張がようやく少しほぐれたらしかった。

「うんとね、だからね、おかいものにいくから、またね」


 小さな手で猫を撫でてから修兵は屈んだ姿勢から立ち上がり、バイバイ、と猫に手を振る。


またゆっくりと歩き出した…のは良かったのだが……。


「………?、えっと、さっき、…えっと、えっ…と…」


「ああやっぱりこうなったか」

「記憶だけじゃなくて曲がり角の数、片手使って数えながら覚えてたからな…」


右、左などをまだ覚えきれないため、『お箸の方』『お茶碗の方』という言葉と共に、片手で曲がり角を数えてそれとセットで道を覚えていたのだ。

『おはしのほう』、と、『おちゃわんのほう』の順番を書いたメモを渡そうかとも思ったがメモを見ることに必死になって前を見られないのは危ないからやめておいた。


ところがさっき、猫と戯れた時に数えていた曲がり角の数がリセットされてしまったのだ。


『おはし?…おちゃわ…っ…っ…わかんなっ、っ、うぅ、けっ…、せぇぇっ、』


ガタンッ!

倒れそうになった椅子が音を立てるほどの勢いで立ち上がった拳西が駆け出そうとするのを衞島と藤堂が押し止める。

「何しやがる!離せ!修兵が泣くだろうが!」

「駄目です、こらえてください。これも勉強なんですよ!」

「うるせぇ!修兵はもう十分頑張っただろうが!」

「ええ、とっても頑張ってますけど、まだです。副隊長も駄目ですからね!」 

「えぇ?修ちゃん可哀想じゃん!あんな小さい子が泣いてるの放っておくなんて衞ちゃんの鬼〜!」

「うるさいですよ。放ってはおきません。天挺空羅で平子隊長に出動願います。了承得てるの知ってるでしょう」

「そんな事するより俺が行った方が速いし修兵は俺に助け求めてるんだぞ!」

「…だからあえて違う人行かせるんですってば。いい加減解ってくださいよ。とりあえず笠城、隊長抑えるの手伝え。東仙は副隊長をとどめておくように―――。」



「―――わかんないっ、けんせー、どこ?けんせぇっ、けんっ、ㇶッㇰ、っ、せっ、」 


「ん〜、どうした修兵、なんかあったかぁ?」


 泣きべそが本格的に決壊する直前、のんびりとした修兵にも馴染みのある声が聞こえてきて、修兵は俯いていた顔を上げた。


「しっ、じっ、っ、にぃ…っ、ちゃっ、」

泣きかけていたせいで少ししゃっくりをしながらだが、よく知った顔を見つけてなんとかほんの少し頬を濡らした程度で涙はとまった。

「しんじにいちゃ…っ、」


 急いで駆け寄ってすがりつくように飛び込むと、平子は視線を合わせてくれた。

「おう、どうした修兵。ひとりなん?拳西は?」

「あ、えっと、…あのね、」

「うん?」

 落ち着けるように背を撫でてくれる手に励まされながら修兵はなんとか応えた。

「けんせーは、おしごとでね、…みんなも、おしごとで、だからね、しゅう、けんせーのために、おかしかってきてって、おねがいされたの…」

「そうかー。ひとりでおつかいなんやな。すごいなあ修兵、お手伝いしとるんやなあ。」

「………でも、どっちにいけばいいのかわかんなくなっちゃったの」

「んー、買いに行くお菓子の名前わかるか?そしたらどこに売っとるかも教えてやれるで」


 修兵がこれまで何回か食べて好きなお菓子になったそれを伝えると、たしかに平子は店への生き方を教えてくれた。

「そこやったら真っすぐ行って、お茶碗のほうに2回まがって、最後、お箸の方に曲がったらまっすぐやで。お店見えたらわかるやろ」

「うん、」

「ほな大丈夫か?兄ちゃんお仕事あるさかい一緒に行ってやれへんけど修兵なら頑張れるよな」

「でも…、」

「ん?」

「なかないってやくそくしておでかけしたのに、ないちゃった……。」 

「なーんやそんな事か。そんなん拳西ここにおらんのやからバレへんバレへん。」

「でも、うそ…」

「ええんや。修兵が頑張っとるんはほんまなんやから。な?」

「うん、」

「ほんまええ子やな修兵。お買い物頑張るんやで―――。」




――――「あのっ、」

「あれ?君は六車隊長の。六車隊長は?」

「おしごと、なの…。だから、けんせーのためにおかいものにきたの…」

「買い物って、お金は?」

「えっと、これにえーしまさんがいれてくれたから、ん、と、これでおかしください!」

「ああ、いつものでいいんだね」

「……はい!」 


 意図がちゃんと店主に伝わったことにホッとして修兵の顔が輝いた。



*******

「よかった。成功ですね」

「何が成功だ」

「貴方を介さず修兵くんが『身内』以外にも自分で意思を伝える練習がですよ」

元々そのためだって、最初に説明して企画したことじゃないですか、と呆れ顔で衞島返される。

 「………無茶しすぎだろ」

「多少無茶したのは認めますよ」



$$$$$$$


「おいあれって六車隊長のとこの子供?」

「珍しいな、こんなところで一人で何やってんだ。ついに捨てられたとか?」

「それなら流魂街に捨ててきてるだろ」


まだ午前の業務時間のはずだが、隊によっては少し早めに休憩に入る者もいるのか、修兵が『おかいもの』に成功し帰り道を歩く頃には人通りが増えていた。そうなると半ば必然、まだまだ無くなっていない奇異の目や悪意を含んだ視線や言葉を感じる。


 拳西が修兵をひとりで歩かせるのを大いに反対したのはそのためもある。それを思えば一概に拳西を過保護とも言えないのかもしれないし、衞島も無茶をしたとはわかっている。

 けれどこういうことは時間が経てば経つほど自立は難しくなっていくから、少しずつ慣れていくしかない。


「目的達成したんならもういいな?俺が迎えに行く!!」

「だめだって言ってるでしょ。修兵くんはあなたにお菓子を買ってきて役に立ちたいんだから、あなたに『迎えにこさせたら』成功体験が半減します」

「じゃあせめて阿保どもをヤりに行かせろ!」

「ハイハイ、隊長なんですから周りに聞こえる声で物騒なこと言わないでくださいよ」





――――「ちがうもん、けんせー、しゅうのこと、すきってゆってたもん…。みんなでおかしたべるんだもん…」


 周りの声への反論というよりは自分自身に言い聞かせる感じではあったが、不安になってただ泣くだけではなく声に出して自分に言い聞かせられるというのは間違いなく成長だろう。

それでも、そうすることに一生懸命になって、帰りの道がわからなくなっても、それは仕方ないことだ


「おかし…、」

きっと皆待ってるのに…


てもやっぱり怖い大人が多くて、周りの人に道を訊くことはできない。

どうしよう…。


「やっぱり俺が行く!」

「駄目ですって!ましてや今の状況であなたが出ていって抱きあげたりなんかしたら、やっぱり甘やかされてるってなるだけじゃないですか。……でもそうですね、帰ってきた修兵君に見えるように隊舎の入口までならいいですよ」





―――「ああ、修兵くんだ、良いところで会えたよ」

「ローズにぃちゃん?」

「ああ、ほんといいところで会えた。修兵くん、これからどこ行くの?」

「あのね、おかいものしてたの、だからね、けんせーのところに、」

「帰るところかい?」「うん」


ああ、じゃあほんとにいいところで会えたな、と笑うローズに修兵が、え?と首を傾げる。

「ここは外だから修兵くんあんまり時間わかってないかもしれないけど、まだ午前のお仕事の時間なんだよ。でもね、拳西に早く聞いてほしい音楽の話があって。でも僕が行くと、仕事中だぞって拳西怒るからね。できれば修兵くんと一緒に九番隊行きたいな。修兵くん、僕に協力してくれる?一緒に拳西のところ帰ってくれるかな?」

「いいの?」

「お願いしているのは僕だよ。お願いね、修兵くん」


「ほら鳳橋隊長がなんとかしてくれましたから落ち着いて。いいですね、隊舎の入口までですよ」

「………」


「そんな渋い顔しなくても鳳橋隊長のお陰で安全に帰ってこられるのが確定したんだからいいんじゃないですか。それよりこれは昼飯食った後、修兵の買ってきた菓子食べながら音楽関係の話聞かされるの決定じゃないですか隊長」

 笠城の言葉に少し考えてから口を開く。

「いや、どっちにしろそんな長くは話させねぇよ。帰ってきたら修兵沢山褒めてやって、昼休みになったら俺は修兵と一緒に昼寝に行く。精神的に疲れてるだろうから早めに寝かせてやらないとな。できれば修兵が目覚めるまで傍に居てやりたいから午後の俺の始業は少し遅れるかもしれないが文句はないな衞島、東仙」

 「ある、と言ってもきかないでしょう?」

「文句を言うつもりもないのにそういう返しをするのが悪い癖だぞ衞島」

「……自覚はしてるよ」


 六車を言い負かすことも多い衞島も、普段余計なことに口を出さない東仙にそう言われて苦笑した。


「お菓子はお昼寝が終わって元気になってからがよさそうですね」






「おかえり修兵」


 ローズと手を繋いでいた修兵が見えると同時に声をかけると、パッとローズの手を離してまろぶように腕の中に走ってきた。


「けんせー、」


 たどり着いたことを確かめるようにこぼした小さな呟きに、ああ、と返して抱き上げて立ち上がる

 

「疲れただろう?お菓子は買えたか」


「ただいま、えっと、これ…」

「ああ、ありがとうな。俺が食べたかったやつだ。嬉しいぞ」

「しゅう、ちゃんとできた?」

「できてる。頑張ったな。すごいぞ」


うん、と満面の笑みで拳西の首にギュッと抱きつき、ほぅっとひとつ大きく息を吐いて、ようやく本当に修兵の身体から緊張が解ける。


 幼子特有の柔らかさを腕に抱きながら、ローズと目を合わせて微笑いあって、全てを見守っていたことがバレないように急いで諸々が片付けられているはずの席官室に少しだけゆっくりと向かう。


ただいまと入室すると同時に、ちゃんとみんなのお菓子を買ってきてくれたことへの数えきれない感謝と賛辞が待っているだろうとまだ知らないのは修兵だけだ―――。




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