うん、ずっと一緒。
傀儡呪詛師、死体処理専門の二級術師『if:もしも死体処理の彼女が死んでしまったら』
イメソン→https://youtu.be/7iG6OM2JDT4?si=8TLrE0yF8ilzXWWE
絵文字さんと御三家さんほんまごめん
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ザシュッ。
刀が彼女の背を貫いた。目の前で行われている惨状に、俺は酷く冷静でいた。知っていたから、俺が為してきたことを。そして、彼女にその影響が及ぶことを一番考えていなかった。
処刑人はあの式神使い。傍らには御三家の下僕。確か、ずっと前に眞尋が『体術を教える』と嬉しそうに語っていた彼奴だ。あぁ、あの笑顔。もう見れないんだ。
油断したわけではない。上層部が追ってきて、彼女が不意打ちで斬られただけ。捕縛なんてものじゃない。斬られた。そう、殺された。
心臓部に突き刺さる刀剣が引き抜かれ、彼女の身体が崩れ落ちる。じわじわと赤い液体をシャツに広がらせて、驚いた表情の彼女が後ろを見ている。
「...さ、かの...? ほ...む、ら......」
名前を呟いて、どさりと倒れ込んだ。式神使いは彼女を一瞥して、此方へ向かってくる。御三家も顔を顰めた後、殺さんとこちらへ来る。
あぁ、刺された。
眞尋が、最愛の人が、俺の幸いが、刺された。傷つけられた。
その事実に脳が気付き始める。その途端、倒れた眞尋の所まで歩き出す。ピクリと眉を動かした式神使いが首筋に刀を添える。
「動くな。お前は此方でー」
気付けば左腕を動かし、自分の力とは思えないほどの威力で彼を吹き飛ばしていた。左手を見る。刃先だけの刀があって、握った手が血を滴らせている。その刃を捨てて、眞尋へ駆け寄る。御三家の奴が顔を青ざめて見ていたような気がしたが、きっと気のせい。上層部を心酔している奴の戯言なんて、価値がない。意味がない。
そう、君にしか、価値を見出してなかったんだよ。
君だけが、俺の幸せそのものだったんだ。
君だけが、俺の生きる意味だったんだよ。
「...眞尋」
肩で息をしてる彼女の目には涙が浮かんでいる。いつもの眼鏡も外れて、優しい茶色の目が俺を映す。しゃがんで倒れた眞尋の体を抱え込む。
「茅瀬...?ちせ、ちせ...」
「大丈夫、此処にいるよ、眞尋」
いつもの彼女らしからぬ弱々しい声が、耳に届く。あの時、俺が殺しかけた時と同じように、眞尋が俺の死体を見た時のように、酷く震えて泣いて、怖がっている。それもそのはずだ。
彼女が恐れているのは、“死”そのものだから。
「ちせ、ちせ...やだ、私ー」
「だいじょうぶ、大丈夫だよ。1人じゃない。俺がいるよ」
腕に抱かれて、胸に縋る。崩れかけている指で彼女の頭を撫でる。やっぱり傷んだままの髪の毛で、休みは取れなかったことが伺える。ちゃんと休みは取ってって言ったのに。
眞尋は撫でられて余計に震えを加速させる。袴を握る手が強くなり、それに多幸感を覚える自分がいる。こんな瀬戸際まで考えるのは彼女のこと。自分の人生は、露鐘眞尋によって変えられたのだと知る。
「死ぬ、私...?」
「...うん、一度君の人生が終わっちゃう」
「茅瀬のこと、分からなくなる...?」
見上げた彼女の顔を見ると、今にも溢れんばかりの涙がある。その涙を拭って、精一杯の笑顔を見せる。こんな時にまで自分のことを考えてくれるなんて、こんなにも嬉しいことはない。死ぬ瞬間まで考えてくれるなんて、なんて自分は幸福な人間なんだろう。
「大丈夫、だいじょうぶ。分からなくなんてならない。また生まれたら、眞尋を探す。眞尋だけを求めて、人生を歩むよ」
「...そう、なの。...ひとりじゃ、ない?」
「うん。死ぬ時も生まれる時も生きる時も、ぜーんぶ一緒」
「...ちせと、いっしょ...なら、よかった」
此処でようやく、眞尋は安堵の表情を見せた。その笑顔が一等美しいものだから、死に際で良かったなんて酷いことを思ってしまう。だって、今自分だけを見ていて、式神使いや御三家、他の全員になんか目をやらないで俺だけを見てる。
こんなに嬉しいことは、ない。
「茅瀬...」
「なぁに、眞尋」
「次もいっしょ、?」
「一緒。ずーっと一緒。永劫、俺らの魂が輪廻を巡る限り」
「...好きなやつとずっといっしょなんて、幸せ者だな、わたし...」
飛び出た言葉に、終わったはずの心臓が大きく跳ねる。爆弾を落とした張本人は死に際なのに笑ってて、のほほんとしている。ふにゃっと笑って胸元に顔を寄りかからせて、学生時代にも見なかった顔をしている。
何で、死ぬ間際に、そんなことを言うんだい。
柄にもなく泣きそうだし、今何が起こっても構わないと思ってるよ、眞尋。世界が滅んだって、皆消えちゃったって、眞尋がそんなことを、俺を好きだと言ってくれるなら、なんだっていいよ。
もう、幸せだ。こんなに幸せなことはない、幸せだ。
「俺も、好きな人と、眞尋と一緒だなんて、幸せだよ...」
足りない筋力はもう補えない。腐敗した肉に動かす力なんてない。それでも、精一杯に抱きしめる。眞尋はされるがままに袴を握って血の跡を残す。あぁ、この服に彼女のいた証が残るのか。
『ー、ーー!』
『...、ーーーー、ー』
外野の声も届かなくなってきた。そろそろ死期が近い。首を斬られた時はなんか離れたなぁぐらいで済んだのに、今だとすごく怖い。でも、すごく嬉しくて、心地が良くて、幸せに満ちている。それもこれも、眞尋がいるおかげだ。
足が崩れて、サラサラと溶ける。感覚も何もかもが薄れて、思考も消え去る。君だけのことを、考える。手が溶ける。ボタっと落ちた肉が眞尋に掛かる。そんなことを気にしないで、眞尋は綺麗に微笑む。その笑みを、見つめ続ける。
「眞尋、こわい?」
「...ちせ、」
「何だい、俺の眞尋」
「わたし、“死体になりたくない”」
「いいよ。塵も残さず2人で消えよう。その後はずっと、俺ら2人だけで往こう。」
これに応えるかのように、腐敗した身体が空気に溶ける。剥き出しになった骨すらも骨粉に成り変わる所か、一緒に虚空へ放たれる。俺らの願いを叶えた呪いは、徐々に2人を魂だけに変えていく。
「...ちせ、ちせ。」
「どうしたの、まひろ」
「...次は、ちゃんと遥って呼ぶから、また茅瀬遥でいて」
「...俺も、いつだって眞尋って呼びたいんだ。君も露鐘眞尋でいて」
揃って笑い合う。視界が覚束なくなる。遠くから聞こえる外野ももういない。いや、周りにいてももう見えないだけか。目の前にいる眞尋のことしか見えない。見たくない。
あぁ、眞尋。俺の眞尋。
ずっと、ずっと一緒。一生一緒、永遠に。死が2人を別つ時が来ても、誰かに邪魔された時でも、永遠に。
君だけを愛し、君だけを想って生きてる。生きていく。
君の魂だけを抱えて、俺の魂を君に預けて。
もう、抱く手はない。
もう、君を見る目はない。
もう、君と生きるこの世はない。
ならばまた、君と過ごす世界まで。
おやすみ、眞尋。
「眞尋」
「...なに、茅瀬」
「ずっと、一緒だよ。」
「 」