いっそ恋愛感情があった方が健全

いっそ恋愛感情があった方が健全

こういうのは第三者視点が面白いよね BY 99



——その眼差しが、その指先が、その声色が。全てが昨日までとは異なっていた。



無言で、無音で、それでいて赤裸々に。

淡雪のように柔らかな、優しい愛を告げる眼差しであった。

血色のいい浅黒の肌をなぞり、若木よりもしなやかに成長した上背の高さを喜び、年相応に精悍な面差しを祝福する。黄金の睫毛に縁取られた紅色の双眸が、その一挙手一投足を受けて、ゆぅるりと弛んでいく。


常日頃からおおらかな彼の人とは思えぬほどに、丁重な手つきが頬へと添えられる。

月の光を集めて拵えたか細き銀細工に触れるよりも丁寧に、触れるだけで溶けてしまう儚い六花を掬うよりも繊細に。するりと甘えるように寄せられた頬へと掌を添え、目の下の隈取りを労わるように撫でる。そっと、そぅっと。


——ろぉ、と。大切で大切でたまらない、とっておきの宝物へと向けた、声。

昨日まで、どれほど頼んでも頑なに「トラファルガー」と呼び続けていた人が紡ぐには、甘く、優しすぎる声色だった。枯れ切った地面に染み込む、甘露のような響き。翼の下で微睡む、雛鳥へと向ける親鳥の囁き。蜜のように滴る、愛情の甘やかさ。


——すべてが、そう、すべてが。

昨日までのロシナンテ准将のそれとは異なっていたのだ。


確かに。准将はこれまで繰り広げられてきたトラファルガーの奇行の数々すらも、生来のお人好し気質のせいで振り払えぬお人だった。

愚直に“コラさん”と呼び続けるトラファルガーの直向きさに困惑しつつも、その都度、訂正を入れていた准将。

海賊の心臓を手土産にやってくるトラファルガーを受け入れつつも、いつ、その牙が無辜の人々に向けられても対処できるように常に警戒心を抱き続けていた准将。

人違いであることを諭しつつも、トラファルガー相手に憐憫を覚えていたロシナンテ准将——それでも、確かに。


確かに、准将は、最終的な一歩をトラファルガーに踏み込ませないよう、不可視の線を引いていた、はずなのに。


……コラさん、と。

トラファルガー・ローの舌先が、一言一句を噛み締めるようにして言の葉を紡ぐ。

今までと同じようでいて、少しだけ添えられる感情が異なる響き。全幅の信頼とありったけの慕情、抑えきれない喜色で上擦った、万感の思いの込められた呼びかけ。


「どぉした、ロー?」


そんな、熱の篭った呼びかけを取り零すまいと、寄せられた片耳。

軍人らしく若竹のように真っ直ぐに伸びた背筋を丸め、覆いかぶさるようにして耳を傾ける、その姿勢。確かにあったはずの不可視の線は取り除かれたことを示す、距離の近さ。うっとりと眼差しを細めたトラファルガーが、するりと猫のように擦り寄れば、大きな両手がその頬を、そうっとそうっと掬い上げる。


「綺麗な肌だなぁ、本当に。よが…っだなぁ、ろ”ぉ」

「くすぐってぇよ、コラさん」


じわりと涙で濡れる紅色の双眸を至近距離で見つめ返しながら、照れ臭そうに笑うトラファルガー。こましゃくれた悪餓鬼がふとした瞬間に垣間見せる、無防備な素顔。

面子が物言う海賊稼業において、時として致命的な隙にもなり得るそれを、曝け出すことへの忌避感など、どれほど目を凝らしたところで、微塵も見つけられなかった。


「だあってよぉ……。ぐすっ。あーんな、ちっこくて……、ヒョロヒョロで……

 見ていて痛々しかった、白い肌のガキがよぉ……」

「……全部全部、あんたのおかげだ、コラさん。

 あんたが、おれに、「命」と「心」をくれたから。あんたがいてくれたから。

 今、こうしておれはここにいる。何度だって、あんたに、この言葉を伝えられる」


黒々とした刺青の彫られた右手の親指の腹が、睫毛を湿らせる涙を拭う。

千の言の葉よりも雄弁に愛を伝える眼差しから注がれる、慈雨の如し深愛。

強欲にも、乾いた地表を潤す慈雨の一滴すら、余すことなく飲み干しながら。

胸中から湧き出ずる奔流のような感情を音へと換えて、見ているこちらの方が含羞を覚えるほどの真っ直ぐさで、トラファルガーは何度目かになる言葉を告げる。


「——コラさん。おれも、あんたを愛している」




(素直じゃなかったクソガキの特大のデレに、感激のあまり号泣するコラさん)

(ローに絆されていたけど、昨日までとの落差に発狂寸前の准将麾下の海兵たち)

(ええ話や……と涙ぐむハートの海賊団のクルーたち【なお、一部海兵が邪魔しないように拘束中】でお送りしました)


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