いえ、私は一切何もしていません、“お話”するために追いかけただけです。

いえ、私は一切何もしていません、“お話”するために追いかけただけです。

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「ったく、運のいい奴……‼」



紫色の髪をした、小柄な女

いつもの、ほんの小遣い稼ぎ。


鞄をひったくり、もし追ってくるようならブチのめす。


入り組んだ路地はこちらのホームグラウンド

多少手強くてもどこかしらに『ダチ』が居て、呼べば出てくる───筈だった。


しかし、銃弾は空しく空を切り、呼べど叫べど、声は響くのみ。


(すぐに来なかったアイツらには、後でたっぷりと『可愛がって』やらねェとなァ)


イラつくといえば目の前の女もだ、追いかけてくる女を全く振り切れない。

かといってこちらから追いかければ、同じだけの距離を離してくる。

文字通りの『つかず離れず』だ。


そのクセ、体捌きはテンで素人 なのに巧み射線を切ってくる。

そのちぐはぐ差が余計に癇に障る。

偶に姿を晒したと思うと、ちょうどこちらの弾倉が空か、運よく邪魔が入る。


捉えた、と思って放った渾身の一発は、通りすがりの温泉開発部のトラックに跳弾(は)じかれた。


銃の腕前にはそれなりに自信があった。

この稼業を始めてからは、獲物を1マガジン以内で仕留めていた、そんな自分が、3本目の弾倉に手を伸ばしている。


その事実が彼女をさらにイラつかせる。


(ったく、運のい……い?)

何度目かの毒を吐きながら弾倉を交換し、チャージングハンドルを引きかけ、そこで気が付いた。


「呼んでも来ないダチ」

「マグチェンジのタイミング」

「割り込んできたトラック」


(何度目だ? 私があの女に「運がいい」といったのは何度目だ?)


口に咥えていた棒付き飴が間抜けに滑り地面に落ち、その音を合図にしたかのようにあの女が建物の角から現れる。



咄嗟に銃を向け、引き金を引く。

しかし、銃からはカキン、という間抜けな音が響いただけだった。


装填不良



ありえない

ありえない

ありえない

     ありえないありえない

     ありえないありえない


腕には覚えがある

銃の整備は欠かしていない

………何故?


ゆっくりと、あの女がこちらに歩いてくる。


なんの感情も見せない

事情を知らなければ、単なる通りすがりと勘違いしてしまう無表情



その顔に、雰囲気に気圧される。


後ずさりをしようと、一歩足を引いて───

ずるり、と足が滑り 視界いっぱいの青空を最後に私の意識は暗転した。


キヴォトスではどこに落ちていてもさして珍しくもない、空の薬莢

どこの誰が撃ったのか知れない『ソレ』に足を取られ、盛大に転倒したのだった。

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