いえ、私は一切何もしていません、“お話”するために追いかけただけです。
190「ったく、運のいい奴……‼」
紫色の髪をした、小柄な女
いつもの、ほんの小遣い稼ぎ。
鞄をひったくり、もし追ってくるようならブチのめす。
入り組んだ路地はこちらのホームグラウンド
多少手強くてもどこかしらに『ダチ』が居て、呼べば出てくる───筈だった。
しかし、銃弾は空しく空を切り、呼べど叫べど、声は響くのみ。
(すぐに来なかったアイツらには、後でたっぷりと『可愛がって』やらねェとなァ)
イラつくといえば目の前の女もだ、追いかけてくる女を全く振り切れない。
かといってこちらから追いかければ、同じだけの距離を離してくる。
文字通りの『つかず離れず』だ。
そのクセ、体捌きはテンで素人 なのに巧み射線を切ってくる。
そのちぐはぐ差が余計に癇に障る。
偶に姿を晒したと思うと、ちょうどこちらの弾倉が空か、運よく邪魔が入る。
捉えた、と思って放った渾身の一発は、通りすがりの温泉開発部のトラックに跳弾(は)じかれた。
銃の腕前にはそれなりに自信があった。
この稼業を始めてからは、獲物を1マガジン以内で仕留めていた、そんな自分が、3本目の弾倉に手を伸ばしている。
その事実が彼女をさらにイラつかせる。
(ったく、運のい……い?)
何度目かの毒を吐きながら弾倉を交換し、チャージングハンドルを引きかけ、そこで気が付いた。
「呼んでも来ないダチ」
「マグチェンジのタイミング」
「割り込んできたトラック」
(何度目だ? 私があの女に「運がいい」といったのは何度目だ?)
口に咥えていた棒付き飴が間抜けに滑り地面に落ち、その音を合図にしたかのようにあの女が建物の角から現れる。
咄嗟に銃を向け、引き金を引く。
しかし、銃からはカキン、という間抜けな音が響いただけだった。
装填不良
ありえない
ありえない
ありえない
ありえないありえない
ありえないありえない
腕には覚えがある
銃の整備は欠かしていない
………何故?
ゆっくりと、あの女がこちらに歩いてくる。
なんの感情も見せない
事情を知らなければ、単なる通りすがりと勘違いしてしまう無表情
その顔に、雰囲気に気圧される。
後ずさりをしようと、一歩足を引いて───
ずるり、と足が滑り 視界いっぱいの青空を最後に私の意識は暗転した。
キヴォトスではどこに落ちていてもさして珍しくもない、空の薬莢
どこの誰が撃ったのか知れない『ソレ』に足を取られ、盛大に転倒したのだった。