アロンソがローの船に襲撃かます話・1
注意・手元にコミックスがない上に、ポカポカ時空概念が出始めた頃に書き始めたのでいろいろふわふわしています。
完全ギャグ寄り。キャラ崩壊あり。自分のスキな概念詰め込みました
それでもよろしければ、どうぞ。
「よぉ、兄弟! 元気だったかー!?」
「帰れ」
ほがらか快活な笑顔浮かべる男に対し、トラファルガー・ローの返答は凍てつく北の海より冷たかった。
ローの反応は海賊船の船長としてはまだ穏当なものであった。
男は招かれざる客――――密航者である。
大海賊時代と呼ばれて久しい昨今、勇名世界に轟かさんと海賊船に潜り込み、あわよくば船を乗っ取って、さもなくば船員として海賊修行を――――などと考えるあまちゃんは少なくない。
そういったお客様(アホ)はたいてい、出港前に発見され、丁重に桟橋からケツ蹴っ飛ばしてお帰りねがうか、さもなくばわざと港から離れたところまで見逃し、海獣の巣近くを通りかかってから、(小)舟にのせてやさしく放流してやるのがポーラータング号のルールである。
おそらくどこの船でもそうだろう。今回も、出港前に充分確認した。
つまりこの男、出港前から船にいたのではなく、航海中とつぜん現れたことになる。
ここら一帯は海王類の巣もなく比較的安全な航路であるが、まがりなりにも新世界。
航行に耐えられそうな船は周囲に見当たらず、よもやこの男、伝説の空島から降ってきたとでも言うのか?
などと、思わず空を見上げる船員さえ出るなか、周囲の疑惑の眼差しなど知った事かとばかりに、男はひたすらに快活だった。
呑気ですらあった。
なにせ、こめかみに青筋波打たせ奥歯で怒りを噛み殺す"死の外科医"を前にして笑顔を保っていられるのだから、その胆力やすさまじい。
まれに恐怖から感情の弁が壊れて笑顔しか出力できなくなる人間もいるが、この陰の要素がいっさい見当たらないハツラツとした笑顔を見るに、男はどうもその類ではない。
――――別の意味で、頭のネジはぶっ壊れているだろうが。
「いやー、ほんっとひさしぶりだな、ちょくせつ会うのは何年ぶりだ?
近くに来てたんならウチ寄ればいいのに、遠慮しいだなあ、も~!」
バンバンと馴れ馴れしく肩を叩く男の頬を掌底で遠ざける、ローの声音は男とは逆に地の底を這うほどに低い。
「――――なんでてめぇがここにいる、バカアル」
「港をさんぽしてたら、ちらっとおまえん船(とこ)の海賊旗が見えてさ!
呼びかけても聞こえる距離じゃなかったし、でもこの機会を逃せばいつまた会えるかわかんないから、来ちゃった!
船が捕まんなかったから、泳いで!」
「泳いで!?」
「ここから岸まで10キロはあるのに!?」
「海獣もウヨウヨしてるのに!?」
「キャプテン! このひとおかしいよ~!!」
まるで近所に買い物に来たかの気軽な調子でとんでもないことをのたまう男に船員たちは騒然となる。
船員たちの眼差しに恐怖の色が濃くなるなか、ローはあくまで冷静だった。
「おちつけ、てめぇら。
こいつのことは人間と思うな。
そういう"いきもの"だとでも思っとけ」
「なんだなんだ、さっきから久しぶりにあった兄貴分に対してその冷たい態度!
にーちゃん怒っちゃうぞー、ぷんぷん!」
「気色わりぃ拗ねかたするな!
それに、だれがにーちゃんだ!
年齢なら俺のほうが上だろうが……ッ!?」
「でもファミリー的にはオレのほうが先にいたわけだし?
そういう意味では生まれた順じゃなくって、ファミリーになった順番のほうが大事だし?」
「そもそも俺はもうファミリーを抜けた!
兄弟分だのなんだの――――もうてめぇらとはなんの関係ねえ!」
「あそ。んじゃ、"ファミリーの兄弟分"じゃなくって、"友達"に会いに来たことにする。
会いたかったぜー、親友~!!」
荒天曇天なにするものぞ。
いまにもこめかみでのたうつ血の管、怒りの圧で弾き飛ばしそうなローの様子なぞいっさい気にすることなく晴れやかに肩を抱く、この不遜な密航者は何者ぞ?
船長の圧を恐れて手を出しあぐねる船員たちの、声無き誰何の声を聞き取ったか、密航者、とつぜん囲繞する船員の垣根をぐるりと見渡し、せきばらいひとつ。
そして男の表情とともに、その場の空気がキリリと引き締まった。
「親友との久闊を叙すのに夢中で名乗りが遅れた無礼、どうかお許し願いたい。
私の名はドンキホーテ・アロンソ。
ご存じの方もおられるだろうか。
愛と情熱と妖精、そしておもちゃの国ドレスローザの国王、かつドンキホーテ海賊団船長、ドンキホーテ・ドフラミンゴは我が父である。
私自身もドンキホーテ海賊団の末席に身を置くもの。
いわば諸君らの同朋。
以後、お見知りおきを――――」
赤毛猿(リーサスモンキー)が紳士(カバジェロ)に化けた塩梅の。
それまでの粗雑な印象とは真逆の、貴族的なボウ&スクレープで周囲を黙らせた――――のも、瞬のこと。
すぐさまあげた面にいたずらっこの笑みを大輪と咲かせて、
「要約するとオレは王子様だけど、あんたらとおんなじ海賊だからあんましゃっちょこばらないでいーよってこと!
これからよろしくねー♡」
典雅な雰囲気をみずから爆散させた男に対する船員たちの反応は苦笑やとまどいが多く締めたが、ひとり、泰然とほほえむものもいた。
「……そうだな、たしかにおまえも海賊だ。
俺たちの同類だった」
「おぉ! やっと反抗期が終わったのか、ロー!!」
「おなじ海賊なら遠慮はいらねえ!
おいてめえら! 縄を用意しろ! いつもみてぇに密航者(こいつ)をふん縛れ!!」
「あ、アイアイ、キャプテン!!」
「ちょちょちょ!ちょっとまて、ロー!
ひさしぶりに会った友達に緊縛プレイとか高度すぎる!
あ、さっきの名乗りで"トラファルガー・ローの親友"って入れ忘れたからか!
だからスネてんのか、このさびしんぼさんめ!!」
「キャプテーン、この人、縛られてるのにぜんぜん危機感ないよ。黙らないよ~」
「海に叩き込めばイヤでも黙るだろ」
「待て待て!ほんとに待てって!
おまえ、ケガ人を見捨てるのかよ医者のくせに!!」
「ケガ人?」
縛られた男に完全に背を向け見捨てるていのローであったが、男の非難に眉根しかめて振り返る
だが、視界には、甲板の上でグルグル巻きにされ、陸にあげられた海牛のごとくビチビチと跳ねる男がいるばかり。
「おい、バカアル。
まさか自分こそがそのケガ人である――――とでも言いてえのか?」
「そーだよ!
ほら、よく見て!
ワキ腹!
ケガしてるの! よく見て、ほら!!」
「ワー! キャプテンほんとだ! 血が出てる!
この人、ほんとにケガしてるよー!」
泡を食って騒ぐベポが指さした先には、たしかに縄の隙間からじわりとにじむ赤色が見える。
だが慌てる一人と一匹とは対象的に、ローはきわめてドライに鼻を鳴らすと、
「ちょうどいい。もうすこし行けば闘魚のでる海域だ。
そこで放すぞ」
「ワー! こいつマジか!?
マジで親友で患者を見捨てるのか!?
ロシーおじさんが知ったら泣くぞ!!」
「安心しろ。コラさんにはうまいこと言っといてやる」
「うちの国民も泣くぞ!」
「むしろ喜ぶだろ。
よかったな、お前の命日、祝日になるかもしれないぞ」
「弟妹(きょうだい)も号泣する!
考え直せ!
オレの親も、カーチャンも悲しむぞー!」
「ッ! レイナさん……ッ!?」
それまで拒絶一辺倒、冷笑さえ浮かべていたローであったが、最後の叫びに一瞬体がこわばる。胸に面影が去来する。
ドフラミンゴの妻でありアロンソの母親である、レイナ。
弟・ロシナンテを抜きにすれば、だれよりもドフラミンゴと付き合いの長い女。
ドレスローザの国民からも、ドンキホーテ海賊団の船員からも慕われる女。
嫌う者を探すほうが難しい、この世の誰よりも情け深い慈愛の人として知られる女。
――――コラソンとともに、ローにもういちど愛を教えてくれた、いまだ、ローの心のやわい場所に住みつづける女(ひと)。
ファミリーを抜け出し、ハートの海賊団を結成してから幾年月。
その間、ローがドンキホーテ海賊団に立ち寄ることは一度もなかった。
だが、彼女の面影は薄れることなく、むしろ練れて心の形なりに馴染んで。
さながら甘露のごとく、折りに触れ――異国の料理や着物を見るたびに――、あまい酩酊とともに胸に蘇る。
恋の熱は冷めて久しいが、消え去ったわけではない。
親愛のぬくもりはまだ身の内に残っている――――彼女を悲しませるものがあるならば、切り刻んでしまいたい程度には。
アロンソがローの胸中を知っているかはわからない。
だが、さきほどの「レイナが悲しむ」の一言はローにヒットした。クリティカルを叩き出した。
「……おい、ベポ。そいつの縄を解いてやれ」
ローはさきほどとは真逆の指示を出した。
その判断がどれほど不本意なものか、奥歯を砕かんばかりに歯ぎしりする姿から察せられよう。
「え、い、いいの!?キャプテン!?」
目をむくベポに、ローはいかにも不承不承、ため息とともに吐き出す。
「いい。
ああ、念のため手だけは縛っとけ。
治療の痛みで暴れられちゃたまらねぇからな」
「先生ー、できればカーチャンやロシーおじさんにするみたいにやさしく治療してくれると嬉しいですぅ」
「……よし、脇腹を治療するのに手足はいらねえな。
暴れられると厄介だ。
ベポ、こいつの両手足、麻酔なしで切り落としちまえ」
「ア、アイアイ、キャプテン!」
「あ、ごめん! まって! あやまる! ごめん!
アンタもアイアイ(了解)じゃないよ可愛い顔して!
ノコギリもったシロクマの図とか圧がヤバい!!
まって! まって、ま、マ、ア――――!!!???」
閑話休題。