あゞ青春とはかくも煌めき
「なーにーしーてーるーのーかーなァ!?」
「うおおおッ!?」
「──!?」
聞き馴染んだその声の主にしては高く、変装中の彼にしては低い声が気配もなく背後から飛んだ瞬間。
ぱあん!と勢いよく音が鳴り、隣のおれと同じ顔がつんのめった。
何事かと音の元をばっと見遣ると、そこには思った通りの姿。
小さい方のルッチ──基、服部ヒョウ太が前髪で半分隠れた眉を釣り上げて立っていた。どうやら背中を思いっきり叩かれたらしいこっちのおれは呻きながら痛むのであろう箇所を押さえている。
「痛ってェ……おいヒョウ太、いきなり何すんだよ!」
「いやァ自業自得と思ってほしいかな~!」
前に倒していた上体を起こしつつ抗議する彼に対し、ヒョウ太は緩い口調は崩すことはなくとも辛辣な言葉を返し怒り心頭といった様子。まん丸に見開かれていた目は元の姿を彷彿とさせるようなジト目になり、冷たい視線で叩いた先を貫いている。
「落ち着けって!こっちのおれがなんかしたのか?る、ヒョウ太」
何もかも唐突ではあるが、この友人は何の理由もなく蛮行をするような奴ではないことくらい分かっている。こちらの世界のルッチと言い分けるための慣れない名前を突っかかりながら呼んでみるが、表情は変わらずぎろりと睨まれる。
「言っとくけどパウリー、君も同罪なんだからね?」
「えっ」
きょと、と眼球を反射的に動かし心当たりを頭の中で探すがそれらしいものはなく、思わず漏れた疑問符にヒョウ太は大きくため息をつく。
「わかんない~? さっきの会話! ほら思い出して」
さっきの会話? 首を傾げてもう一人のおれと顔を見合わせる。
「会話……あー、ヤガラレースの話、か? ちびのおれだっておれなんだから興味あるだろって教えてただけだぜ?……いやなんでそんな怒ってんだヒョウ太」
「そうそう、特に怒られる要素ねーだろ。なんかと聞き間違えたんじゃねェのか?あとちびって言うのやめろ」
再び大きくため息をついたヒョウ太は呆れたように首を振る。
「あのねえ、……はあ。まずパウリーさん?こっちのパウリーは未成年! 14歳! 賭け事なんてぼくたちの世界じゃ禁止なわけ!そこんとこわかってますゥ?」
「あ、あー? そういう話か? いやでもこっちじゃ年齢制限とかないしよォ……」
たじ、と一歩後ずさりしつつ弁明しようとしているが、ヒョウ太は容赦なく詰め寄っていく。そうだった、根本的にクソ真面目なルッチは規則規律に厳しいのだ。こうなった生徒会長はとことん面倒なことを、おれは身をもって知っている。
「関係ない! 子どもにギャンブル教えるなんて悪影響でしょ、中毒にでもなったらどうするの!……君も分かってるよねェ? 逃げようとしないでよパウリー!」
「げっバレた!?」
気が逸れている間にじり、と後退していたのだがさらっと見抜かれて叱られる。ああそうだ、こういう時のこいつは本当に容赦がない。観念して足を揃え、背筋を伸ばした。
「いい? ウォーターセブンじゃギャンブルなんてヤガラレースくらいだけどさ、グランドシティは違うんだからね? 競馬もパチンコも、カジノだってある! 誘惑は多いし、んでもって物騒極まりないから借金取りもココみたいに優しくないんだよ?」
「お、おう……つってもなァ」
そこまで言われてもいまいちピンとは来なかった。確かにヤガラレースは話に聞く限り楽しそうだったが、給料の大半を注ぎ込むような魅力は中二のおれにはよく分からない。───それに、ギャンブルなんて勝てばいいんじゃねェのか?
「コレ見てみればわかるでしょ、少なくないはずのガレーラの給料ぜーんぶギャンブルに突っ込んで借金取りに追われる日々だよ? もしパウリーがそんな大人になっちゃったらぼくたちにだって迷惑掛かるんだから! ちゃあんと予防しとかなきゃいけないわけ」
……なんか今、辛辣な言葉に混じって凄く照れるようなことを言われたような。
「コレ呼ばわりかよ」
「反面教師なんだからコレで十分でしょ」
「お前口悪くなったよな……」
ぽんぽんと小気味よいリズムで交わされる二人の会話を傍で聞き流しながら、おれは切り取った言葉を脳内で反芻する。
「へへ」
にへ、と口角が上がるのを自覚して思わず手で頬を抑えた。それを見咎めたヒョウ太が眉を顰め、怪訝そうに目を合わせてくる。
「……?何笑ってるのさ、パウリー」
「ン、だってよォ。さっきさ、こっちのおれみたいな大人になったらお前苦労するって言ってたよな」
「?うん」
ここまで言っても生徒会長サマはまだ分かっていないらしい。もしや狙って言ったのだろうか、いいや違うだろうな。こういうところ天然というか、ジゴロというか。
「それって、大人になっても友達でいてくれるってことだろ?」
「………………ッ!!?」
途端、先程まで饒舌に動いていた唇がぴたりと止まった。ぱっと見開かれた瞼に微かに横に揺れる黒目、徐々に赤みが増していく耳元。こういうことをさらっと言えるような奴ではないのだ、やはり無自覚だったらしい。
「いっつもお前クールぶってるからよ、そういうこと聞けると嬉しくなるぜ~」
含んだ感情の大半はからかいではあるが、紛うことなき本心だ。幼馴染以外に存在しているのであろう壁を偶に感じることが、おれはちょっぴり寂しかったりする。ちょっとした意趣返しというやつだ。
「ち、違ェ! ンなつもりは、深い意味なんざッ」
「じゃ卒業したら友達じゃなくなんの?」
「う」
ヒョウ太の演技さえ取り繕えなくなっているルッチに内心面白がりながらそう畳み掛ければ、ぐ、と奴の喉が詰まる。
普段ならばここで反撃してきてもおかしくないのだが、どうにも上手くご自慢の頭が回っていないらしい。
「いやそれは、その、~~~~言わせるんじゃねェバカヤロウッ!」
語彙のない捨て台詞を吐いて逃げた、というか消えた。かまいたちすら起こるのではないかと思う程の風を起こして常人ではありえない速度でどこかへ走っていった友人の、一瞬だけ見えた顔は怒りか羞恥か茹だったように赤く染まっていて、珍しいものを見れたことに満足感を覚えてふふんと腕を組む。
「はは、仲良いなァお前ら」
途中からにやにやと傍観に回っていたもう一人のおれの揶揄に、にぃと口の端を持ち上げて笑いかける。
「そーだろ? めちゃくちゃ良い友達なんだぜ、おれたちは!」