ある鬼の結末

ある鬼の結末


 ──負けた。

 あの月の夜に焦がれた剣に、苦楽を共にした戦友に──俺が、余分だと斬り棄てたものに。

 それでも心は晴れやかで、満足で、このまま逝けることに安堵した。

 あの夜の月を思わせる剣術を持つ者と出逢い、盈月の儀という心躍る戦場にて数多の英雄英傑と鎬を削り合い己が剣を磨き、別世界の師に打ち勝ち──また凪のような日々に戻る。再び息が出来なくなることを魂が拒絶して、鬼に堕ちた結果死ぬこととなったが、最期の最期で得難き友を得た。

 だからもう、十分だ。このような清々しい気持ちで剣として息を引き取ることが出来るだなんて、何て最高な終わりじゃないか。

 そうして意識が薄れゆく中、何故か、ひとりの顔が思い浮かんだ。

 清廉で美しい、新雪のように無垢なる者。果たしたい宿願のために、盈月の儀に真摯に向き合っていた、本物の優しい存在。

 ──ああ、俺は。

 あの、優しく美しい願いを──己が欲のために、踏み躙ってしまった。

 

 それは、満足してしまったからこそ生まれた──たったひとつの後悔だった。

 

  *   *   *

 

 ふと気が付くと、目の前には水面と星空が広がっていた。辺り一面に広がる水面と、何処を見ても変わらない、太陽も月も存在しない星空だ。

 ──ここは何処だ?

 そんな思考が頭を埋め尽くすも、身体が自然と歩き出す。まるで、これから行く先を知っていると云わんばかりの迷いの無さだ。

 ──だが、本当に良いのだろうか?

 妹をひとり残した俺が、友を泣かせた俺が、彼女の願いを踏み躙った俺が、彼方へ向かっても良いのだろうか。その疑問に呼応するように迷いの無い足取りは自然と緩み、気づけば立ち止まっていた。同時に、向かう先が解らなくなる。

 それで良いと思うのは、最期に抱いた後悔からか。

 何を今更、と己を嗤う。例え再び盈月の前に立ったとして、結局同じ選択をすると解り切っていると云うのに──そう俯いた俺の前に、突然星空とは異なる景色が現れた。見覚えのある、しかしそれ以上に鮮明な色を映すもの。

 

 ──其処には、地獄が在った。

 

 霊脈の歪みが、数多の怨嗟が、怪異となって溢れ出す。

 数多の英霊達が、更なる地獄を生み出すべく焚べられていく。

 ──何よりも、赦し難いのは。

 斯様な場所に、彼女が居ることだった。哀しみに、失意に吞まれながらも、清廉さを失っていない彼女が、利用されていることだった。

 それが例え、彼女の悍ましい製造目的に沿っていようとも。彼女の願いと対極にある結果を齎す災いに、彼女が使われることなどあってはならない。

 それは許されざることだ、それは全霊を持って阻ねばならぬことだ。

 

 だが、彼女への誓いを裏切り、鬼に堕ちた俺が行ったところで何になる?

 あの場に行けば、儀の時のように数多の英霊英傑と死合うことは避けられない。それは、今は落ち着いている鬼を刺激することに他ならず、目的を為す前にあの場囚われることが目に見えている。

 ならば如何するか──その答えは直ぐに見つかった。

 

 鬼《俺》を斬り捨てれば良い。余分《俺》だけになってしまえば、死合いに目が眩み囚われる事態にはならないはずだ。鬼と成った儀のことや源流《はじまり》であるあの夜のことも持っていくため朽ちた骸になるだろうが、儀で得た剣術は遺していくのだ。訳が解らぬまま死ぬ──などということは起きぬだろう。

 

  *   *   *

 

 月に焦がれるような夢は──たった一度で良いのだろう。

 

 どうやら余分は鬼《願い》の方であったらしいと、彼女の、そして自身の憑き物が取れたような笑みを見て俺は気づいた。死してなお気づきがあるとは、やはり影《俺》は未熟者であるらしい。苦笑を浮かべ、最後の仕上げに取り掛かろうと一仕事終えたばかりの英霊《俺》の許へと足を向けた。己が手に依ってではないが未練は昇華された今、遠くないうちに我が身は虚空へと消え失せるだろう。故にその前に、影《俺》が終ぞ辿り着けなかった極地《頂》へ行くだろう英霊《俺》と相見え、剣として散りたいと思ったのだ。

 だが、影《俺》のその救い難い願いが叶うことは無かった──先に、英霊《俺》の許へと辿り着いた、鋭き剣気を放つ残滓《師匠》が在ったからだ。

 

 ──どうやら影《俺》は、英霊《俺》から余分《鬼》を斬り棄てたところで役目を終えていたらしい。

 

 その事実に苦笑する。剣として終わりを迎えることは叶えられないが、焦燥も、悲嘆も、痛哭も、寂寥さえも覚えないのは、この選択に──この結末に、後悔が無いからなのだろう。

 残滓《師匠》が一等輝く星を指し示し、其処へ向けて英霊《俺》は歩き出す。その先には、彼の特異点で縁を結んだ星見台《カルデア》が在るのだろう。そして其処には月のような友と──新雪のような彼女がいるのだろう。

 だが、影《俺》が英霊《俺》を追うことは無い。追いつき、共に星見台《カルデア》へ辿り着いたとして、影《俺》は英霊《俺》に溶け、儀の記憶を与えるだけだ。

  それは些か癪だった。

  共に戦い抜き絆を育んだ友の記憶も、敵ながら美しい願いと在り方を示し続けた彼女の記憶も──影《俺》だけが持っていればそれで良い。

 そのような子供染みた独占欲に苦笑して、遠く先行く英霊《俺》の背を見遣る。

 

 ──英霊《お前》は、これから友や彼女と接する度に、儀の記憶が無いことに気を揉めばいいさ。

 

 そんな意地の悪い言葉を英霊《俺》に投げかけて──影《俺》の意識は穏やかに掻き消えた。









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【蛇足】

〇剣鬼伊織

特異点の行く末を画面越しに見届け、消えていった宮本伊織の願いの方。

ヤマトタケルのお蔭で長年燻ぶっていた衝動は解消されているため賢者タイムに入っているが、ひとたび戦場の空気を感じ取るとスイッチが切り替わるバトルジャンキー。長年押さえ続けてきた鉄壁の理性が無くなっているため自分の感情に素直であり、もしこのまま消えずに残っていた場合行く先は武蔵ちゃんのような『いざという時は頼りになるし格好良いのに何で普段はあんななんだ』と言われるような人間になる。


〇英霊伊織

特異点の解決及び正雪救出を託された宮本伊織の鉄壁の理性の方。

盈月の儀の記憶は勿論、己の根幹を為す源流すら引っこ抜かれているため鬼になるような衝動は無いが、それでも剣を握るのは好きだしスイッチ切り替えて常在戦場の戦士にも簡単になれる。表に出してはならない鬼が居ない分気を張らずに済んでいるため日常を楽しむ余裕も出てきた。


〇宮本伊織についての見解

何を置いてもまず先に剣を極めたいというヤベェ衝動を鉄壁の理性で抑え込み、息苦しさと渇きを覚えながらも泰平の世に溶け込んでいた凄い剣士。剣極めたい衝動を(道場破りなどの形で)適度に表に出しガス抜きしていたのなら可惜夜√のように爆発しなかったと思うので、1度願いを叶えた上で願いと理性を別々にした方が多分精神的に安定する人だろうなと思った。つまり、人格遠心分離機を使用してプラスとなる稀有な例。

『可惜夜に希う』に伊織が振り切れてしまったのは、生まれる時代を間違えたのもそうだが生来の生真面目さ故の不幸な事故だと思っている。

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