ある親子の日常3
「お母様、リツカ。今更だけど12月にキャンプってどうなの?」
ウルスラ・フォン・藤丸が、両親である藤丸立香とクロエ・フォン・藤丸に質問する。彼らは今、冬のキャンプ場に来ていた。
「でもこういうの好きだろ?」
「そうそう、ウルスラなら気に入ると思って企画したのよ?」
「それでルビー叔母さん達にそっぽ向かれてちゃ世話ないわ。…まあ、わたしは嬉しいけど」
───
数週間前…。
「リツカお兄ちゃんには悪いけど、わたし達はパス。ごめんね」
「えー、なんでさ?」
「なんだか誰かを思い出す口癖だなぁ…。…いやその、ウルは冬より夏派でしょ? それにクロとウルスラにも羽根を伸ばさせてあげたいし」
「確かにそうだ。…ありがとうイリヤ」
「ふふ、どういたしまして」
『三人とも、ちゃんとお土産は買ってきてくださいねー? わたし達はともかく、夏美ちゃんと冬華ちゃん、それに陽美香ちゃんがスネるので』
『そう言う姉さんが一番スネてるじゃないですか』
「そうですよお母様。お父様困っちゃうでしょうが!」
「まさか、お父さんを困らせたいとかいう子供じみたこと言うつもりですか?」
『ひーん! なんかルビーちゃん超アウェーなんですけど! ウルさん美遊さん陽美香さんヘルプミー! サファイアちゃんと夏美ちゃんと冬華ちゃんに何か言ってあげて!』
「そこで僕達に振るんだ…」
「…その、残念だけど」
「うん。わたしと母様、それにウルは父様の味方」
『うえーん!』
「…まあその、わたしがなんとか抑えておくから…」
「た、頼むよイリヤ…」
((…そのイリヤ(叔母様)が一番危険なのよ…。キャンプ中は忘れておくけど、帰ってきた時が不安だわ…))
───
まあこのようなやり取りがあった訳だが、とりあえず無事に出発することはできた。要するにこれは、イリヤ達が真面目で働きすぎなクロとウルスラを慮ってくれたからこその旅行なのだ。
「ま、ウルスラの言い分も分かるわ。うちの家はお金かけた分室内があったかいからねー」
「…まあ、わたしも友達の家に行った時ギャップに驚いたりしたけどさ」
クロの言う通り、立香達の自宅や診療所は凄まじく金がかかっている。陽美香が神稚児として産まれる可能性を考えて万全の備えをしたためだ(実際陽美香は神稚児として産まれたので、備えあれば憂いなしという状況だった訳だが)。
猫の子一匹通さない堅牢なセキュリティ、最先端の電子機器と有事を見据えたアナログ機材、何より完璧な空調を備えている。控えめに言って、冬のキャンプ場に出向く気がしないのも無理はないというレベルの最高の家なのである。
しかし、冬のキャンプは虫や人が少ないという利点がある。そのため、寒さに耐えることさえできれば割と好き勝手できるのだ。
そうこうしているうちに、テントとスクリーンタープの設営が完了した。
「リツカとお母様ったら手際良いわねー。わたしが四苦八苦してる横でちゃっちゃと済ませちゃってまあ」
「昔取った杵柄ってやつだよ。まあテントすらないことも割とあったけどね」
カルデア所属時代、立香は野外活動の訓練を積んでいた。これはその時の経験が活きただけの話であり、ウルスラに褒められるようなことではない。
「わたしやウル達が産まれる前、ほんとに色々なことがあったのね」
「そうね。わたしもリツカお兄ちゃんも、ほんとに色々あった末にこうしてるわ。…ほんとに、色々あったのよ。…いけないいけない、湿っぽい話はここまで。そろそろお昼の用意でもしましょっか!」
そう言ったクロが設営したテントの中に入り、数秒足らずで出てきた。その手には炭や薪と、ついでにこの場の誰も買った覚えのないお高いファイアスターターがある。
これを見たウルスラは内心(またあの投影もどき使ったわね)などと呆れ半分に思考していた。剣なら割と何でもいけるとは言っていたが、ファイアスターターは棒状なだけでどう見ても剣じゃない。前は家で釣り竿だのダッチオーブンだのを投影しているのも見たし、あの力って剣に限らず割と何でもありなんじゃなかろうか。
(ま、考えてもしょうがないわね)
母が炭に着火したのを確認した段階で、ウルスラは思考を打ち切った。答えの出ない思考より、美味しい昼食の方が百倍大事だ。
昼食は家族三人でバーベキューをすると予め決めていた。ちなみに夜はクロの作るルー不使用の特製ビーフシチューである。
「さーて、行くわよ二人とも」
「ああ」
「はーい」
クロの合図のもと、予め切り分けたり、下味をつけておいた食材───牛肉、豚肉、鶏肉、ソーセージ、カボチャ、タマネギ、トウモロコシ、ピーマンなど───を網で焼く。主食兼デザートとしてロールパンを焼いておくのも忘れない。ジャムやバター、はたまたチーズの準備もバッチリだ。中々に贅沢なバーベキューである。
ウルスラが焼き目がついたパンを紙皿に取り分けると、優しい香りが食欲をそそった。ジャムやバターをつけずに一口食べると、芳醇な味わいが口の中に広がる。その味に舌鼓を打ちながら一個目を平らげ、間髪入れず二個目を取る。
(次は…)
焼けた牛肉を取り、ニンニクの効いたクロ特製焼き肉のタレにつける。それをまず一口齧って味を確かめてから、先程のパンと組み合わせた。所謂ステーキサンドだ。チーズを挟むのも忘れない。迫力満点かつ美味が約束されたそれを早速頬張るウルスラだが…。
「…ぁが……んー、食べ辛いわねこれ…」
「まあ、子供の口は小さめだからな。そんな分厚いものは早々入れられるものじゃない」
「そうね。昔、わたし相手に意地張ったイリヤも似た感じになってたし」
「イリヤ叔母様にそんな時期があったの? 割とお転婆だったのね」
酒の代わりにコーラを飲み、肉や野菜をつまみにしながら話に花を咲かせていく三人。
そうしてたっぷり一時間、彼らはバーベキューを楽しんだのだった。
───
夜の11時。クロが立香のため習得した絶品ビーフシチューをも平らげた三人は、天体観測も終えて眠りにつくところだった。
…慣れない環境でこそ上質な睡眠が必要、というのをカルデア所属時の経験で理解していた立香は、オールシーズン可な寝袋とは別に冬用の寝袋購入を躊躇わなかった。最終的に、三人が持ち込んだ冬用寝袋はひとつ5万円以上という「雪山にでも行くのか?」というレベルのハイエンドな代物となっていた程だ。
…まあともかく、今はカルデア所属時のように気を張る必要もない。三人は眠気が来るまで話そうということで、さっさと寝ることはせず雑談に興じていた。
「昔さ、小学校のクラスメイトと秘密基地作って遊んだことがあったんだ」
「「秘密基地?」」
「うん。学校の敷地に低木とそれを囲う生け垣みたいなのがあって、生け垣に小さな穴が空いてたから秘密基地をでっち上げるのに丁度良かったんだ。まあ、昇降口の近くだったから言う程秘密って訳でもなかったんだけど。…クロは小学校の思い出って何かある?」
「調理実習でイリヤとパウンドケーキの出来を競ったことかしら。ま、当時のわたしはクラスメイトのを許可もらって拝借したし、向こうはクラスメイトの勘違いでナツメグだのミントのタブレットだのが混入したけど」
「待ってお母様、お母様のずるっこぶりがイリヤ叔母様の不憫さで吹っ飛んだんだけど」
「まあ昔のクロは年相応の料理の腕だったから、ズルしようとするのも分かるよ。でもイリヤの方は何故そんなことに…?」
「クラスメイトがカレーと勘違いしてたり爽やかさを足そうとしたりした結果ね。料理の天災とは良く言ったもんよ」
「悲しすぎるわ、色々と…。…あ、そうそう。リツカの『秘密』ってワードから連想して思い出したんだけど……お母様、見たわよ」
「? 何を?」
「リツカと撮った、手製のえっちなD・V・D♥」
「んなぁっ!?」
「お母様ったら、リツカやイリヤ叔母様達とすっごいことしてたのね? うちの家庭環境が特殊だっていうのは知ってたけど、まさかハーレムどころかソフトSMまでヤってたとは。3匹……いや5匹の雌犬お嫁さん……何、痛覚共有とノーマルな子作りだけじゃ物足りなかった訳?」
「う、ウルスラ……あなたどこでそれを…!」
「押入れ漁ってたらちょっとね? あれ、何回も出し入れされた形跡があっちちょっと笑ったわ。あれ見ながらギシアンしたんだーってね。というか、イリヤ叔母様然りミユ叔母様然り、いわゆる竿姉妹だから『叔母様』表記なのよね? 『伯母様』じゃなくて」
「もうやめて! ほんとどこで覚えてきたのよそんな知識ー!」
「そりゃ自家製AVからに決まってるじゃない。変なお母様ね」
───
その後なんやかんやあって寝落ちしたウルスラだが、眠る彼女を尻目に立香とクロは会話を続けていた。
「…セミナーとかが良くある木曜のみならず、周期的に土日を休みにしているとか、なんとも怠惰な開業医よねわたし達。他の開業医が聞いたら怒るの通り越して発狂するんじゃない?」
「まあ、オレ達のは金持ちの道楽と謗られても仕方ないやつだから」
「…命を救いたいっていう気持ちが、この道を選ばせたのよね? 多分」
「…ああ。“彼”のようなドクターにはなれないけど、せめて少しくらいはって思ってさ。…これって我儘?」
「…それ、我儘っていうより呪いよ。お願いだから、地の底に引きずり込む手に負けたりしないでね」
「分かってる。というか、そういう時のためにクロ達がいるんだろ?」
「…そうね。…ずぅっと一緒よ? あの世だろうとどこだろうと、ね」
「───ああ」