ある海兵たちの讃歌②

ある海兵たちの讃歌②





元帥執務室。そこに、その部屋の主人であるセンゴク元帥と“三大将”である赤犬と黄猿がいた。

更にもう一人、准将の階級にある女将校、ウタの姿もある。


「……あの鳥には、我々も何度も困らされてきたが……」


重苦しい声色で、そう言ったのはセンゴクだ。彼の机の上には、一枚の新聞が広げられている。

その一面には、ウタとルフィがたこ焼きを食べさせ合っている写真がデカデカと掲載され、更にこんな見出しが踊っていた。


『海軍の新星と歌姫、熱愛発覚!! 結婚秒読みか!?』


その新聞記事を改めて見て、「あの鳥……」とウタは小さく呟いた。あそこであっさり引いた時点で、あの鳥の頭にはもうこの絵が出来上がっていたのだろう。


「海軍内ではすでにこの話で持ちきりだ。……もう一度聞くが、お前たちは本当にそういう関係ではないのだな?」

「それは……はい」


ちくりと、胸が痛んだ。ふう、とセンゴクが息を吐く。


「人の噂も七十五日という。時間が経てば消えていく話ではあるだろうが……」


センゴクがそう言うが、彼は内心ではそのようなことは欠片も思っていなかった。ただの有名人であるならともかく、この二人はただのどころではない有名人だ。

それに、この話は既に五老星にまで伝わってしまっている。それどころか、あの老人たちは喜んでいるくらいだ。


「来月のライブのこともある。どうすべきか」

「……申し訳ありません」


頭を下げる。すると、ずっと黙ってソファに座っていたサカズキが言葉を紡いだ。


「謝ることじゃなかろう」

「そうだねぇ〜」


黄猿も笑い、頷く。彼は珍しく、どこか楽しそうだ。

一方、サカズキは難しそうな表情をしていた。


「のう、お前はあの小僧をどう思っちょる」

「……それは」

「おい、サカズキ」

「センゴクさん。わしらもガキじゃないんじゃ。この二人の関係についてああだこうだと囃し立てるつもりはないが、だからといって煮え切らんままも困る」


サカズキが葉巻の煙を吐き出す。黄猿も頷いた。


「正直を言うなら、わっしは賛成だよ〜、ウタ准将。サカズキも、センゴクさんもね〜」

「…………え」

「ふん」

「まあ、そうだな」


二人とも、黄猿の言葉にそれぞれの態度で肯定の意思を見せる。センゴクが口を開いた。


「海軍として……いや、世界政府としては、お前たちの結婚には大いに賛成だ。ルフィは“英雄”ガープの孫であるが、あのドラゴンの息子でもある。そしてウタ、お前は“赤髪”の娘だ」


椅子に背を預け、座り直しながら言う。

“赤髪”の名に、ウタは無意識に拳を握り締めた。


「この大海賊時代において、大犯罪者の子供が海軍で名を上げる意味は大きい。お前たちの素性については今は隠蔽しているが、いずれ表には出る。その時、お前たちは希望になる。その二人が結ばれるなら、これ以上ないプロパガンダだ」


ふん、と鼻を鳴らすセンゴク。


「クロコダイルのアラバスタ王国乗っ取り未遂に始まる、数々の不祥事。それを払拭する意味でも大きな話題だ。政治的に言うのであれば、むしろ結婚しろと命令してもいいくらいでさえある」


だが、と。

彼は、小さく微笑んだ。


「そんなことはな、どうでもいいんだ」


少なくとも、ここにいる我々はと。

センゴクは、そう言った。


「お前たちは散々、問題行動を起こしてきたが。しかし、それ以上に人を守り、救い、導いてきた。その背に負った“正義”に恥じないだけのことを、してくれた。お前たちは海軍の誇りだよ」


誇りというにはあまりにも破天荒だがと笑って。


「世間がなんと言おうと、我々はお前たちがしてきたことを、真実を、毎日を、努力を、苦悩を、喜びを知っている」


だから、とセンゴクは言う。


「幸せになれ。お前たちがそのために選択するのであれば。それがどんなものであろうと、我々はずっと味方だ」


ウタは、静かに頭を下げる。

目元から溢れる涙を、隠すために。


「……しかし、小僧はどうしちょる」


ウタの涙から目を逸らすように、サカズキが言った。

センゴクもウタから目を逸らし。


「さて、な。部屋にはいなかったようだ。……まあ、ここにいない奴がいる。そちらはそちらに任せよう」


しばらく、ウタは頭を上げられなかった。

温かなものが、溢れて溢れて止まらなかった。



◇◇◇



「で、お前はここで何してる?」


葉巻の煙を振り撒きながら、スモーカーが問う。彼の視線の先には、うつ伏せで倒れ込むルフィの姿があった。

彼らは今、裏庭と呼ばれる場所にいる。主にとある人物のサボりに使われる場所だ。

ルフィの表情は見えない。まあまあ、とここの主人と見做されている男が言った。


「いいじゃないの。悩めるってのは贅沢なことだ」


大将、青雉がそんなことを言う。ふん、とスモーカーが息を吐いた。


「あのアホウドリには気を付けろと言ったはずだ。……アラバスタの件で借りがあるからここに来たが、何もしねぇってんならおれは行くぞ」

「……わからねぇ」


絞り出すような声。いつもの彼らしからぬ、迷いのある声だった。


「ウタが、どう思ってるのか。それが、わからねぇ」


こいつ正気か、とスモーカーとクザンが顔を見合わせた。

重いため息を零すスモーカー。馬鹿野郎、と彼は言葉を紡いだ。


「向こうがどうこうじゃねぇだろう。お前がどうなのかだ」

「ケムリン……」

「ケムリン言うんじゃねぇよ。おれはお前の上官だぞ」


全く、と呆れたように言うスモーカー。なあ、とクザンがルフィと少し離れた場所で仰向けに寝転がりながら言う。


「なあ、ルフィ。お前が一番隣にいて欲しいのは、誰だ?」


ルフィは答えない。


「答えがとっくに出てるのに、いつまで悩んでるつもりだ」


まあ、とクザンは苦笑した。


「しばらくここでだらけて、覚悟を決めろ。お前がどういう選択をしようが、おれは否定しねぇよ」

「おれたちに限らず、誰も否定なんざしねぇだろう」


呆れた話だ、とスモーカーは言いながら立ち上がった。


「いつだって無理矢理にでも前に進むのがお前だろう、“麦わらのルフィ”。だからあの時、アラバスタを救えたんだ」


らしくねぇ真似してんじゃねぇ。

そう言い捨てて、スモーカーが立ち去っていく。


「ケムリン」

「何だ」

「……ありがとう」


ふん、と。

鼻を鳴らす音が、聞こえた。


「いいからとっとと決めて来い。お前らが沈んでると、こっちもいい迷惑だ」


そして、今度こそ彼は立ち去っていく。

クザンは、もう何も言わなかった。


今までは、敵と決まった相手を全力でぶっ飛ばせばよかった。

そうすれば、守ることも、助けることもできた。

けれど、今度は。

今度だけは。



◇◇◇



夜。誰もが寝静まった時間であっても、ウタは起きていた。

どうしよう。

どうしたら。

ずっと、そんな思考が彼女を支配していた。

ルフィのことは、好きだ。

いつからそう自覚したかはわからない。でも、もう。彼が隣にいないことは考えられないくらいになってしまった。

だからこそ、怖い。

また、置いていかれるのが。

ただただ、怖い。


「ウタ」


不意に、声が聞こえた。


「起きてるか?」


その声は、ずっと聞きたくて。

でも、聞きたくない声。


「うん」


ドクン、と心臓が跳ねる音が聞こえた。


「入っても、いいか?」


うん、と応じる。

扉が軋む音を立て、ゆっくりと開いた。

そこに立っていたのは、いつになく真剣な表情のルフィ。

不覚にも、少し、ドキリとさせれた。

いや、今更だ。

私はずっと、彼に。

“麦わらのルフィ”に、恋をしている。


「あのさ、ウタ。色々、考えた。おれ、あんまり考えるの得意じゃねぇんだけど」

「知ってる」

「だよな」


二人で笑う。随分、久し振りのような気がした。


「ウタ。これ」


そう言ってルフィが取り出したのは、小さな箱。まさか、と思うと同時に、ルフィは箱を開ける。

そこに入っていたのは、銀色のペアリング。


「ルフィ、それは」

「これ、福引で当てたんだよ。本当は肉が欲しかったんだけどな。見てくれよこれ、指のサイズに合わせて形が変わるんだ」


ルフィが実演してくれる。彼が何を言いたいのかわからず困惑していると、ルフィは自身に付けた指輪を外し、それを見つめた。


「元々、ウタに渡すつもりだったんだ。誕生日だろ? だからさ。……おれ、指輪に色んなサイズがあるなんて知らなかった」


なあ、と。

ルフィは、真剣な視線をこちらに向ける。


「おれ、ウタみたいに上手く歌うことができねぇ」

「……うん」

「おれ、航海術も持ってねぇ。いっつもウタと皆に任せっぱなしだ」

「……うん」

「剣術もできねぇし、銃も駄目だ」

「……うん」

「料理だって作れねぇ」

「……うん」


だけど、と。

彼は言った。


「ウタの敵をぶっ飛ばすことはできる」


うん、と。

もう一度、頷く。


「おれは、一人じゃ生きていけねぇ自信がある」


だから、と。


「おれと一緒に、生きて欲しい」


彼は、そう言った。

涙が、止まらない。


「……カッコ悪い、プロポーズだ」

「今までウタには散々見せてるだろ」


頭を掻き、ルフィは言う。そんなことはないと、ウタは言った。


「いつだってルフィは、カッコ良かったよ」


そうか、と問う彼に。

そうだよ、と笑って。

ようやく。

ようやく、この未来に。




……ねぇ、ルフィ。

何だ?

指輪、付けてよ。

わかった。えっと。

左手の、この指に付けるの。もう、何も知らないんだから。

悪ぃ。でも、教えてくれるんだろ?

ふふ、しょうがないなぁ。うん、ばっちり。

よし。覚えたぞ。

ねぇ、ルフィ。

うん?


これからも、ずっと一緒にいようね。


ああ。

当たり前だ。

ずっと……一緒だ。





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