ある海兵たちの讃歌①
空島の冒険も終え、ルフィたちは海軍本部へと帰還していた。
説教はされたが、空島という非加盟国ではあるが独特の立ち位置を持つ国と良好な関係を築けたことは大きいとして、いつもよりは短かった。
もっとも、軍艦を事実上一隻廃船に追い込んだことについては流石に何かしらの罰を与えなければとセンゴク元帥が言い、謹慎という名の休暇をルフィとウタは部下とと共に与えられた。
実を言うと、ウタの報告した黄金の鐘にあった“歴史の本文”について海軍、ひいては世界政府は対応を考えなければならないため、当事者たちをとりあえず留め置いておくことにしたというのが真相だ。
ちなみに五老星は空島の事件の報告を受け、一斉に頭を抱えたという。一人は、
『あの二人は大人しくしておれんのか』
そんな風に、苦笑混じりに呟いていたという。
とはいえ、危険視する“歴史の本文”の位置を確認できたこと。その内容についても現地民たちは理解できないこと、更に言えば外に出す意思もないという事実を確認できた意味は大きい。更には友好関係も築いている。大戦果と言って良かった。
そして、空島へ到達し、新たな逸話を作ったルフィとウタの話で海軍本部は持ちきりであった。連日、非番であるはずの二人の部下たちが触れ回っていることが大きな理由だ。二人の伝説に、新たな一ページが刻まれた瞬間だった。
とはいえ。
当の本人たちは、そんなことを少しも気にしていない。ウタは時間ができたからと新曲の作成に入っており、ルフィは少々手持ち無沙汰になってしまった。
危うくガープから特訓をつけられそうになったところから逃げてきた彼は、街に出てあてもなく歩いていた。しかし、破天荒ではあるが、祖父のような伝説を次々と打ち立てていく彼はその人柄もあって町の人気者だ。すぐに人に囲まれる。
「ルフィ大佐!」
「大佐、握手して〜!」
「すげー、めっちゃ伸びる!」
特に彼は子供たちに大人気だ。ゴムの体で子供たちと遊んでおり、大人たちも笑顔でそれを見守っていた。
「よーし、行くぞ!」
子供たちを少し離し、道端に仰向けになる。
「“ゴムゴムの風船”!!」
大きく息を吸い込み、文字通り風船のように膨らむルフィ。その体をトランポリンのように扱い、子供たちが笑顔で跳ね回る。
海軍ともなると、屈強な人間が大半だ。彼ら自身は決して市民に対して害を及ぼすことはないが、その見た目と雰囲気がどうしても近寄り難くさせてしまう。
そんな中、子供たちにとって“ヒーロー”そのものであるルフィとウタの人気は凄まじい。彼とウタのコンビは、文字通りの憧れだ。
そして、そんな彼だからこそこんなことも起こる。
「大佐、ありがとうございます」
「ありがとー」
「ししし、いいよ! おれも楽しかった!」
何度も頭を下げてくる父親と、笑顔で礼を言ってくる子供に笑って応じるルフィ。彼らだけではなく、周囲の者たちは皆ルフィを囲むようにして笑顔でいた。
いつだってそうだ。彼の周りには、笑顔が溢れている。
「そうだ、大佐。あの、福引をしませんか?」
「福引?」
「今、イベントでやっているんです」
そんな中、一人の市民がそう提案してきた。彼が示す方を見ると、巨大な抽選器が置かれたテーブルがあり、その奥にはたくさんの商品が置いてある。
「へー。面白そうだな」
「豪華賞品もありますよ!」
「お、何があるんだ?」
一覧を見る。『人をダメにするクッション』、『歌姫TD全集』、『海軍コートレプリカ』、『麦わら帽子レプリカ』、『ヘッドフォンレプリカ』……色々な物がある。後半二つはモデルが明らかだが、ルフィは特に気にしなかった。
ただ、彼の目に一つの項目が留まる。
「お、肉20kgなんてあんのか!」
「それは三等ですね。青い球が出たら差し上げますよ」
「よーし! 肉来いっ!」
自身にとって何よりも好きな肉の項目を見つけ、俄然やる気を出すルフィ。
子供たちも、頑張れー、と応援の声を上げる。
そして、出てきたのは。
「…………青じゃ、ねぇな」
「これは」
出てきたのは、青ではなく金色の玉だった。ハズレか〜、とルフィが笑った瞬間。
「い、一等! 大当たりです!」
「え?」
手に持ったベルを鳴らし、男性が叫ぶ。周囲からも拍手が飛んだ。
「一等はこちらのペアリングです! いや流石は大佐! 凄い強運ですね!」
「ペアリング?」
手渡されたのは、二つの指輪であった。揃ったデザインのそれは、内側に『crimin』と彫り込まれている。
「人気ブランド、『クリミナル』の最新作なんです。特殊な金属を使っているとかで、指に併せてサイズが変わるんですよ」
「へぇ……おお、すげぇ!」
一つを手に取り、指に嵌めると確かにサイズが変わった。親指だろうが小指だろうがピッタリである。
肉は手に入れられなかったが、面白いものは手に入った。ルフィはウタに見せてやろうと指輪を手に持ちながら帰路に着く。
その途中、彼の部下に出会った。どうやら謹慎だというのに訓練に出ていたらしい。汚れた訓練着で、ルフィを見つけると敬礼をしてきた。
「お疲れ様です大佐!」
「おう!」
ルフィも敬礼を返す。形式貼ったものが苦手な彼であるが、この敬礼だけは教育係であった人物に徹底的に叩き込まれたのである。
「ん、大佐。手に持ってるのって」
「これか? 凄ぇだろ、指に合わせて大きさが変わるんだ」
片方の指輪を自分の手につけて見せるルフィ。それを見て、部下の一人である女海兵がどこか上気した顔で言葉を紡いだ。
「も、もしかして准将へのプレゼントですか!?」
プレゼント、と言われ、ルフィは思い出す。そういえば、もうすぐウタの誕生日だ。
幼少期はあまり誕生日を祝う習慣のなかったルフィとウタであるが、この海軍では習慣として部下の誰かが誕生日である日は祝うようにしている。元々はルフィの宴の口実であったが、今ではすっかり定着していた。
「ああ、そうだな。うん。誕生日だもんな」
そうだ、ウタの誕生日。プレゼントにはちょうどいいかもしれない。
見せるのはその時にしようと思い、ルフィは箱をポケットに仕舞った。
それを見て、女性海兵が他の海兵へと振り返り何か頷きを交わし合っていた。
そして。
「が、頑張って下さい! 応援してます!」
「? おう! ありがとな!」
よくわからなかったが、とりあえず頷いておいた。
この、ある種どうしようもないすれ違いというか勘違いというか行き違いが。
後の大騒動の、始まりだった。
◇◇◇
おかしい。
何かがおかしい。
謹慎という名の休暇である今、ウタは本部に詰めている。折角なので新曲の構想を練っていたのだが、どうにも視線を感じるのだ。
元々目立つ立場である。視線を感じることなど四六時中のことであったが、今回はどうにもいつもと違う。
まず、女海兵だ。こちらを見て何か憧れるような、浮き足立った表情をしている。更に、ルフィに対し。
「応援してます!」
何をだ。
「おう! ありがとな!」
そして何もわかっていないのにそう返す幼馴染。
一体、何が起こっているのか。うーん、と頭を捻ることしかできない。
空島のことだろうか? いや、こう言っては何だが、ああいうのは今回が初めてではない。今更と言えば今更なのだ。
違和感を抱えたまま、いつも通り二人で並んで歩いていく。その向こうから、見覚えのある姿が歩いてきた。
「げえ、じいちゃん!?」
「げえとは何じゃ!」
ルフィの祖父であり、“海軍の英雄”ガープ。
この二人のいつも通りのやりとりだ。とはいえ、ウタもこの老人については割と酷い目に遭わされている。少なくとも年齢一桁の子供を猛獣しかいないジャングルに放り込むのはどうかしている。
二人していつでも逃げ出せるように重心を後ろに下げて相対する。最早これは条件反射であった。
だが、この日のガープはいつもと違った。いつもなら豪快に笑って特訓じゃとでも言う彼が、どこか思い詰めたような表情をしている。
どうしたのだろう。そんなことを考えていると、ガープが言葉を紡いだ。
「お前ら……何故、わしに先に相談してくれんかったんじゃ?」
「……えーっと、何を?」
言いつつ隣のルフィを見るが、彼も首を左右に振ってわからないと応じた。
ぞわり、と。
その瞬間、ウタの第六感が反応した。
ヤバい。
この先を聞いたら、ダメな気がする。
しかし。
「結婚するなら、わしに一言あっても良いじゃろう!?」
時が、止まったような気がした。
「は、はぁ!? 何の話だよじいちゃん!?」
「け、結婚!?」
周囲の視線が一斉にこちらを向いた。
考えたことがないと言ったら嘘になる。いやむしろ、何度も考えた。だが、何の話だ。まさか妄想が外に漏れた? いやそんな馬鹿な。
ぐるぐると混乱し、まとまらない思考。それでもウタが何かを言おうとした瞬間。
「!!!!!」
轟音と共に、ガープの頭が床に叩き込まれた。
その背後に立っていたのは、センゴクだ。彼は一仕事を終えたかのように額の汗を拭うと、一つ息を吐いていつもの真面目な表情でこちらを見る。
「今のガープの言葉は忘れてやれ」
「えーっと……」
「忘れてやれ」
圧力で押し切ると、センゴクはガープの足を掴んで彼を引きずっていった。英雄とは思えない扱いである。
ルフィと顔を見合わせる。二人とも、考えることは同じだった。
(見なかったことにしよう)
視線だけで意思疎通ができている二人を見て、黄色い声援があがったとか何とか。
ちなみに。
「この馬鹿者が! 貴様のせいで万一があったらどうする!?」
「わしの孫じゃぞ!? 一言ぐらいあっても良いじゃろう!?」
「やかましい! 貴様が関わると碌なことにならんのだ! 大人しくしておけ!」
元帥の執務室で、そんなやりとりがあったとかなかったとか。
◇◇◇
今日は何なんだろう。ウタはどこか遠い目で呟いた。隣の幼馴染はいつの間にか手に入れたらしいたこ焼きを食べている。
一つ欲しいと言ったら、食べさせてくれた。お礼にこちらも食べさせてあげる。熱くて美味しい。
「結婚、か」
小さく呟き、隣の幼馴染を見る。
もし、そんな未来があるのなら。
相手は、この。
「ビッグニュースの気配だ!」
「…………今日は、厄日なのかな?」
ウタらしくない、疲れ果てた声色。それもそのはず。いきなり現れたのは、アホウドリの姿をした男。ある意味、この世界で最も厄介な男だ。
「お、モルガンズ」
「久し振りだなルフィの旦那! 何か面白いニュースはねぇか!?」
「んー、この間空島に行ったぞ」
「あ、それはもう知ってる」
テンションの乱降下の激しい鳥である。というか知ってるのか。空島の件を報告してから数日しか経っていないはずだが。
「今日は何の用?」
「素っ気無いな歌姫。今日はあんたのライブの宣伝について打ち合わせに来たんだ」
「ああ、来月の」
「そう、あんたの誕生日に合わせたビッグライブだ! おれも楽しみにしてるぜ!」
「うん。それはありがとう」
この鳥の厄介だと思うところはここだ。この鳥はウタのファンである。しかし、それはそれ、これはこれと即座に切り替えられる精神をしているのだ。
世界中に情報を届ける情報網を持つ男。人は彼を、“新聞王”モルガンズと呼ぶ。
「それで歌姫」
「何?」
「結婚すると聞いたが」
ごん、という鈍い音を立てて近くの柱にウタが頭をぶつけた。頭を押さえてしゃがみ込む彼女の側に屈み込み、ルフィがモルガンズに言葉を紡ぐ。
「そういやそれ、じいちゃんにも言われたな」
「ほう!」
「ちょっ、ちょっとルフィ」
「なんか、何で相談してくれなかったとか。相談も何も」
「ほっほーう!」
「ルフィ!!」
この男の危険度を理解していないルフィを制止すると、ウタはモルガンズを睨みつけた。
「結婚の予定なんてないから!」
「なんだ、そうなのか」
残念だ。そうあっさりと引き下がるモルガンズ。彼はわざとらしく肩を竦めると、噂も当てにならねぇな、と言葉を紡いだ。
「まあ、何か面白いネタがあれば教えてくれ」
「あればね」
早く帰れと言外に告げる。モルガンズは帽子を被り直すと、また来るぜ、と言って飛び立って行った。
全く、とウタは息を吐く。
結婚。
大切な人と、一緒になること。
どうしよう、とウタは思った。
ルフィの顔が、見れない。
ただ、この時。モルガンズを野放しにしてしまったことを。
ウタは、凄まじい後悔と共にこう言った。
…………焼き鳥にしておけばよかった、と。