ある日の休日
ルビーは母さんと変装して買い物に出ており、俺は医学雑誌を買いに馴染みの書店へ行っていた。
「うーん…ギターは中学で簡単に習ったけど、やっぱりよく分からないな。『夢破れたギタリスト』という役を拝命したけど…これは習いに行くべきかな?」
「…父さん?何してんの?」
まさかそこで、ギターを背負って唸る父親と音楽雑誌コーナーで再会するとは思わなかった。
「実は舞台でギタリストの役をやることになってね。『将来を嘱望されていたが、妬む恩師に事故を仕組まれて夢を閉ざされる』な役回りなんだ」
「へー…主役?かなり凝った設定だけど」
「主要人物ではあるけど主役じゃないね。主役はここに名前があるこの2人かな」
大きい荷物(ギター)を持ったままの父親と店で立ち話は普通に迷惑になると思い、さっさと目当てのものを買って近くの喫茶店に移動し、お茶をしていた。
(ギターか…前世で女の子にモテたくて少しだけ齧ったことがあったな…)
医大生時代、雨宮吾郎(僕)は友人に勧められるまま「モテたいなら楽器弾けたら良いよ!」という言葉に流されて多少ギターを齧った経験がある。
おかげさまで合コンや飲み会で披露したりと色々役立った。
研修医時代には全く触れなくなっていたので多分弾けないだろうが。
「どんな曲弾くの?」
「完全オリジナル曲。このために書き下ろしの楽曲用意するから少しは弾けるようになれ、て言われてね。
完全にフリだけだとカッコ悪いから多少は覚えてそれらしい動きにしろ、て金田一さんに」
演技力と音楽両立できた役者いなかったから、演技力で父さんに決まったとのこと。
「演技担当、演奏担当で交互にシーンがあるんだ。なんとかそれで演奏する場面を成り立たせる感じ」
演奏担当は演奏時バックで演奏したり、顔を伏せてギターを弾くらしい。
役者として顔を出せないのには葛藤がありそうな気がするが、割り切れているのだろうか。
「へー…父さん、そのギターは買ったの?」
「いや借りたのさ。劇団の若い子からね。簡単な曲から練習しようと思って楽曲集を買いに来たらアクアに会った、という訳」
「なるほど。父さん、壊さないから家で少し触らしてくれないか?ギター、久しぶりに触ってみたい」
最後に触ったのが22、3。かれこれ30年ほど前か。昔みたいに弾けるか確かめたい。
「アクア、弾けるのかい?」
「中学のときに授業で習ってね。久しぶりにやってみたくなった」
嘘だけど。
「わかった。アクアは器用だし、壊さないだろうし…触って良いよ。
あ、壊したらお小遣いから出してもらうよ」
「わかった。ありがとう父さん」
久しぶりにギターを触れるのが少し、嬉しい。
☆☆
「はい、ギター。丁寧にね。僕は部屋で事務所の仕事を少しだけ終わらしてくるからその間触って良いよ」
「ありがとう、じゃあ触らしてもらうよ」
父からギターを受け取り触らしてもらう。
…懐かしいな。本当に。
医師になる夢は本物だった。ただ、なりたかったのは外科医で、産婦人科医を望む祖母の思いを裏切れない思いから鬱屈する思いに満ちた時もあった。
そんな日は学友とくだらないことに花を咲かせて笑ったり、今日みたいにギターを触って練習したり…そんな風に心を落ち着かせ、気分を変える日があった。
前世の思い出に浸りながらただ指を動かしていく。
この身体は初めてだが、魂に刻まれた経験は死んでいないらしく次第に指が勝手に動き、曲を奏でていく。
(…ケンゴには及ばないけど弾ける、レベルにはあるのか?まあ趣味にするのは悪くないか)
「おおー…アクア凄いね!お母さんビックリしちゃった!いつギターなんて弾けるようになったの?」
「お兄ちゃんお兄ちゃん!!何か弾いてよ!私それに合わせて歌ってみたい!」
思い出に没入して弾いてる間にいつの間にか2人が帰って来ていたようだ。
聞かれていたのは恥ずかしいな…
「母さん、ルビーおかえり。中学でもの好きな先生と先輩に習っただけだよ。父さんが舞台で使うらしくて壊さない、て条件で触らして貰ってる」
「へー…ヒカル、ギター弾くんだ…あれ?弾けたかな?」
「パパが弾けたなんて聞いたこと無いなぁ…」
「ガッツリ弾く訳じゃ無いけど多少は形にしたいから練習するために借りて来たそうだよ…で、ルビー何歌いたい?俺が弾ける曲はほとんど昔流行った曲だぞ
スピッ○、SM○Pや KinKi Kid○とか」
「うわっ、本当に昔の曲だ」
夜空の向こうとかが流行りだったんだ。
そういえば小学校で昔の流行った曲を授業で歌うのには驚いたな。
「本当はB小町が良かったなぁ〜…じゃあスピッ○のチェリー」
「任された」
居住まいただすルビー、前世の記憶を思い起こしてギターを構える俺。
そしてソファーに座る母さんといつの間にかその隣にいる父さん。
「なら行くぞ…1、2、1234」
〜♪
かつての記憶を探りながら弦を弾く。
…チェリー弾くと小児科医志望だった宝生がニコニコしながら合いの手を入れてたっけ。彼は元気に医師をしているのだろうか?
「あーいしてーるーというひびきだけーで、つよくーなれーるきがしたーよ♪」
歌う姿は完璧。だが歌唱力、ヤバいな。悪い意味で。
当人は超ノリノリでウィンクやターンとか入れている。
やめろ。そういう曲じゃないから。
父さん、良い笑顔で応援用団扇を振らない。母さんも乗らない。
…本格デビューする前に歌の練習させないとまずいな、本当に。
☆☆☆♪
「めぐーりーあいたーい〜…♪ご清聴ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
観客2名に一礼すると2人からは拍手をいただいた。嬉しい。
「いやーアクア上手いね!普通に弾けていたし、モテるよきっと!!」
「僕に教えてくれないかい?君は教えるのも上手いし」
「いや上手いなんて言えないさ…弾けるだけだよ俺は。父さんが良いなら弾き方ぐらいなら」
「ねー!私は?私はどうだった⁈」
父さんと母さんに褒められている俺に自分は自分は⁈と会話の輪の中に入ってくるルビー。
「ルビーは凄く可愛し、ファンサは完璧!よく私達の動画から勉強していると思う!!」
「ルビーの可愛さにはメロメロだね。天使かな?」
「ふふーん!まあ?私はあのアイの娘ですし?パパ譲りの演技力もあるからね!!
ね、歌は?歌はどうかな?」
自分から切り込みやがった。基本褒めて伸ばす方針の2人の頬が引き攣ってるぞ。
「歌は…うん、そうだねぇ?」
「今度私とカラオケ行かない?時間作るからさ」
「あれー?なんで2人とも可愛い娘から視線逸らすの?ねー?」
「……おまえ、ボイトレ増やせよ。ミヤコさんに伝えておくから」
優しい2人の代わりに俺が青鬼になろう。泣く優しい赤鬼は両親で良い。
「少しは上手くなったと思っていたのに⁈」
「音程が酷い。後曲に合わせたファンサが良いと俺は思う。おまえのは無駄に華やかだ。華やか過ぎて違和感消し去ってるのは凄いけどな」
「ほ、本当?華やかさあるの?なら…悪くない、てことだよね?」
嬉しそうな顔してるけど歌下手だからなおまえ。
このアホルビー。
その後ルビーのボイトレは笑顔でスパルタな母、アイのもとで扱かれるのだった。
「ルビー?そこはそんな高さじゃないよー?はい、もう一回!」
「ひー!推しに指導されるのって凄い幸せなんだけど凄くきついー!!」