あるちなプロローグ
「……んー」
その日、陸八魔アルは少しだけ悩みを持っていた。
それは、自身でも贅沢だと思うような、しかし。誰もがもつであろう悩みであった。
性的に満足したい。
いや、決して、彼女が今の環境に不満を持っているわけではない。
仕事も最近は充実している。彼女が築いたハーレムは皆彼女のことを慕ってくれているし、相手に困る、ということもない。
……だが、その上で。
いないのだ。
抱き心地が悪い、などというわけではない。
けれど、彼女にとって、ハーレムの子たちは、皆等しく性的に弱者。
最近では、自身の精を出し切るまでに十人つぶれてしまうことまである。
「本当に、ぜいたくな悩みよね」
便利屋で、そんな悩みを一人零していたころ。
風紀委員では、少しばかりの論争が起きていた。
「チナツ。あなたはどういうつもりなんですか?」
「……どういうことですか?」
風紀委員救護班のチナツは、アコに問い詰められていた。
しかし、心当たりがない彼女からしてみれば、アコのいら立つ理由がわからず困惑してしまう。
「……あなた、まだ、処女じゃないですか」
「い、いきなりなにいいだすんですか!」
「……抱かれてないのになんで、ご主人様のモノになった風に便利屋に来るのか聞いてるんですよ」
実際のところ、彼女の気持ちが昂るのも無理はない。
なにせ、便利屋のオフィスは狭い。
そもそも家である便利屋メンバーは置いておいて、それ以外に行ける人数は限られているのだ。
勿論、性的な行為をする必要があるわけではないから、チナツが行っても問題はないのだが、最近、オフィスに足を運べていないアコは抱かれてもないのに行くチナツに対して苛立ちを覚えてしまうのも無理からぬ話であった。
「いいじゃないですか。抱かれていなくても。ヒナ風紀委員長が彼女のモノになった時点で私たちは全員あの人のモノなんですし」
悪魔との契約には、魂が捧げられる。とはよく言ったものである。
この場合、契約したのはヒナ、というよりも、風紀委員の主力たちなわけだが。
風紀委員の在り方は変わらない。
ゲヘナの騒動を片付ける。そこに、アルの性欲を納めるという業務が追加されただけだ。
風紀を乱しているのは、もはや誰だ。といわれても何ら反論はできないが。
その言葉を言うものたちは、ゲヘナには少なくともいないだろう。
風紀、万魔殿、美食研究会、温泉開発部、救急医学部、給食部。
ゲヘナ内の部活動の主力は、すでにアルのモノになっている。
チナツの知る限り、トリニティのティーパーティ、ミレニアムのセミナー、そして最近壊滅したアリウスのはぐれ者などよその勢力まで落ちたという噂まである。
「彼女のモノだからって、別にいつ抱かれてもいいじゃないですか。見回り行ってきますね」
「あ、ちょっと、チナツ!待てってば」
そういって、彼女はまだいら立っているアコを置いて、イオリと一緒に外回りへと出ていくのだった。