あまりにもモブの主張が強すぎて没になったSS

あまりにもモブの主張が強すぎて没になったSS


 私の家の近くに建っている豪邸の、穏やかで人の良さそうなお医者さんが暴行で逮捕されたと知った時、数年前から彼に引き取られていた可愛い兄弟の姿が脳裏をよぎった。

 糸師冴くんと糸師凛くん。冴くんのほうは近所でも天才と評判の雑誌にも取り上げられるようなサッカー少年で、弟の凛くんもそんなお兄ちゃんと一緒にサッカーのチームでダブルエースとして活躍していると小耳に挟んでいる。

 まだ小学生の2人だけど、私の通う中学校のサッカー部でだってあんなに凄いプレーをしている子は見たことなくて。

 通学路から見える大きな公園でサッカーボールを蹴る2人を目撃するたびに、きっとああやって才能に恵まれた子達の戦場は日常ではなくコートの上にあって、頭の中はサッカーのことでいっぱいだから他に悩みや嘆きなんて割いている間は無いんだろうと思い込んでいた。

 ……間違っていた。


 善良な人々が口を噤んだって、悪辣な人々は聞き齧った噂話を真実のように流布して囃し立てる。

 病院の患者を殺した。ナースを強姦した。親戚の子供を虐待していた。政治家と癒着していた。ヤクザと繋がりがあった。根も歯もない風評の中に真実も混じっていることを、私は知っている。

 いや、それが真実だと推測できるに足る記憶が1つある、が正確か。


 自分で言うのもなんだが、私は宝塚女優だった祖母の若い頃に瓜二つの背の高い男性的な美少女で。

 幼稚園と小学校は私立の女子大付属に通っていたけど、そこであまりにも女の子にモテすぎて修羅場を繰り広げるものだから、嫌気がさして中学からは公立の共学に通うことにしたのだ。

 その中学では昨今のジェンダーレス云々を意識してか女子でもズボンの制服が選べる特徴があって。

 女子校の王子様ポジションに慣れ親しんでいた私は、そもそもボーイッシュな服装が好きなのもあり、まあ共学ならモテすぎて困りはしないだろうとズボンの制服を買った。

 鏡で見た自分は相変わらず学ランが大袈裟なくらい似合うスタイリッシュなイケメンで、これは長年のご近所さんの中にも未だに私のことを男だと勘違いしている人が混じっているのも仕方ないなと、我がことながら苦笑いしたものだ。

 だから、まあ。

 『あの日』もきっと、彼は私のことを美少年だと誤認していたのだろう。


 塾の講習が長引いたのと電車の遅延が重なって帰宅が深夜に近くなった週末のことだった。

 すっかり人気の失せた住宅街を、こんな時間じゃもはや急いで帰る帰らないなんて次元は超えているだろうとのんびり歩いていた私は、それでもまあ近道くらいはするべきかと家々の隙間を縫うように細い路地を辿って行った。

 他人の敷地内だから本当は入っちゃダメなんだけれど、監視カメラも無いから見られなければ罪にはならない。

 そうしてぐねぐねと曲がりくねった路地を歩き続けて、ちょうど彼の家の裏庭に飛び出した時だったと思う。

 誰もいないと思っていたのに、裏庭に置かれたベンチに腰掛ける形で当の家主の後ろ姿が視界に入ったのだ。

 「あっ」と声が漏れる。

 咄嗟に振り返った向こうも目を丸めていたし、曲がり角から飛び出した私も目を丸めていた。それはもちろん、不法侵入の4文字がチラついたからというのもあるが……。

 1番の理由は、男の持つタブレット端末に表示されたページ。慌ててカバーを閉められたから今は見えていないが、私の視力がいきなり狂ったのでもなければ、先程そこには裸の少年がいわゆるその……アレだ……白くて生臭い……男性器からこんにちはする小便じゃないほうの……ああもういいや、つまり精液にまみれた写真が映っていた筈だ。

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