あの日の再来-0-(一条、伏見、水瀬)

あの日の再来-0-(一条、伏見、水瀬)

M

最強は誰だ?


その問いにある者はこう答える。

最強は一条万里だ、と。


「やっぱトリオン量の影響は大きいよ。持久力や火力に直接影響するんだから。その上あの攻撃的な性格。攻撃手に必要な全ての才能に恵まれているよ」


その問いにある者はこう答える。

最強は伏見七瀬だ、と。


「戦闘で使いこなせるならSEも大事だよな。他の誰もが持ってない自分だけの武器だ。彼女のSEは爆発したらそれこそ相手に何もさせずに完封できる」


その問いにある者はこう答える。

最強は水瀬一だ、と。


「あいつのリーチは脅威だぜ? 手足が長いからスコピでも孤月相手に差し返しが使える。そして何より体を動かすセンス。完成した天才ほど怖いものは無い」


再度問おう。最強は誰だ?




「隊長、勝てそうなのか?」

「前回とは状況が違います。一条隊の看板を背負ってるからには負けませんよ」


 一条万里は部下である柊木洸牙の言葉に被せるように答える。

 丁寧な言葉遣いに反して、発言の節々から見受けられる高いプライドに柊木は苦笑を零す。

 プライドが高く、我儘で傲慢な彼女だが、普段からここまで尖っている訳では無い。……いや、そんなことも無いかもしれないが、やはり熱が違うのだ。同い年の少年少女が関わっている時は特に。


「でも実力は拮抗してるやんなぁ、姉さん。A級桐谷隊の攻撃手さんに、川井さんや佐野さんとこの隊長さん。ほんまに大丈夫なん?」


 そう、心配そうに声をかけるのは一条安寿。

 言葉の通り一条万里の妹であり、彼女自身もボーダーの戦闘員ゆえに目は働く。他者の実力を見極める鑑識眼が。


 その言葉に万里は苦虫を噛み潰したような表情で「非常に不本意ではありますが、確かに2人とも実力はあります」と答え、言葉の裏にある真意を続ける。


「しかし2人とも実力にムラがある戦闘員です。100%の実力を比較してもあまり参考にはなりませんよ」

「そうは言っても、その100%を出されたらあかんのとちゃうん?」

「出せませんよ。常時は」


 安寿の言葉に万里は即答する。

 その様に(また強がって)と思った安寿だが、続く言葉に思わず目を見開くこととなる。


「水瀬くんは紛うことなきスロースターター。本当の100%を出してくるのはせいぜい7戦目からでしょう」

「伏見さんはSEがハマれば強いですが、発動しなければせいぜい90%。加えて元々私にとって相性がいい相手です」


 立て続けに2人分の特徴を述べ、そして最後は彼女らしく締める。


「それに、相手が100%を出してきてもこっちが100%を出せば私が勝ち取りますよ」

「よく……見てるんやね」


 安寿はいつも見ない姉の姿に目を見開いて言葉を零す。


「私が2人に勝つには120%なんていらない。常に100%を出し切れれば間違いなく勝てます」


一条万里に死角はない。




「力量が近いもの同士の勝負はコンディションをどこまで100%に近づけられるかが勝敗を決めるんじゃないかな」


 岡崎隊の隊室にて、岡崎隊の攻撃手にして元全国区の球児である松野佑助は後輩である那珂川橘の質問にそう答える。


「なるほど。ありがとうございます! 伏見ちゃんに伝えてきます!」


 ふんふんなるほど〜、と独り言ちながらLINEのメッセージ画面を開く那珂川を眺めて松野は高校時代の後輩たちを思い出す。


「はーい、松野先生。質問です!」

「はい、なんですか? 恋ちゃん」


 那珂川の質問に答える松野にどこか先生っぽさを感じた岡崎の丁寧なフリに松野は返答する。


「2人とも100%を出したら有利なのはどっちになるんですか?」

「んー、その場合は作戦がある方、相性がいい方、最後まで諦めなかった方とか色々あるけど、個人的に1番は」


 松野は分かりやすいように指を1本立てて言う。


「総合力が高い方」

「……というと?」

「たとえば野球ってさ。足が速いだけじゃ勝てないし、打撃力があるだけでも勝てないんだ。よく言われるのは走攻守の三拍子だけど、他にも肩や戦術や精神力、投手なら更に精密なコントロールや体力を求められるんだよ」


 うへえ、私には無理そうですね、とメッセージを送り終えた那珂川が2人の会話に合流する。


「そういうステータスを全部纏めてレーダーチャートにした時、最も大きい真円を作った方が勝つ、とオレは思ってるよ」

「おお〜!」


 まるで講義を終えた教授のような風格で持論を述べた松野の姿に2人は思わず拍手と共に声を漏らす。

 2人の反応に照れ臭そうにして笑う松野は話題を終えるように。


「それに伏見には100%を120%にも150%にもできる武器を持っている。彼女にも十分どころじゃない勝機はあるさ」


 そう、話を切ると松野は何かを思い出したかのような表情を浮かべて那珂川の方へと向きを変える。


「ところで橘は今日、伏見と遊びに行くって張り切ってなかったっけ」

「いやー、実は伏見ちゃんのSEが今日はボーダーから出ない方がいいって言ってるらしくて、今日は二人でランク戦してきます!」


───なんか最近SEの調子が凄くいいらしくって


伏見七瀬は外さない。



「金剛さ〜ん、龍ちん、さーや。飯行こうぜ」

「すまない、今日はパスだ」

「ごめんなさい、私も今日は親と食べるので」

「佐野は行けますよ! どこに行くんですか?」

「駅前のラーメン屋で炒飯2人前と餃子5個を食う。あ、残りの1個はさーやにあげるよ」

「ほんとですかっ! やったー!」

「ラーメンじゃないんですか……」


 ツッコミ気質の川井龍子は疲れを隠せずに机にもたれかかりながらも本業を全うする。

 強度の高い任務を終えたばかりの4人はそれぞれお腹を空かせながら帰る準備をする。

 そんな中、佐野爽香は思いついたように「あ」と声を漏らして水瀬を見上げて言う。


「水瀬さん、明日はあの御二方との勝負があるんですよね! 準備とかは大丈夫なんですか?」

「んあ、そうだったな。まあオレならいけるっしょ」


 あまりの適当さに三人は思わず(ええ……)と心の中でハモる。

 そんな3人の反応を歯牙にもかけず佐野を連れて夕食を食べに行った水瀬の背中を眺めながら川井龍子は同じく隊室に残った金剛崇人に「金剛さん」と、声をかける。


「どうした? 川井」


 金剛は隊室に放置されて埃を被っていた三本の木刀を乾拭きしながら返事をする。


「明日の相手って安寿ちゃんのお姉さんと桐谷隊の攻撃手ですよね。水瀬さん、大丈夫なんですかね」


 狂犬を彷彿とさせる攻撃性、察知能力を強化するSE、そして両者の持つ膨大なトリオン。どれもが攻撃手にとっては垂涎の的だ。

 正直、同じボーダー隊員として彼女たちの強さを知っている川井は水瀬の適当な態度に心配を覚えていた。


 しかし、金剛はそうではなかったようだ。

 金剛は木刀から視線を上げて川井と目を合わせる。


「隊長は今までも不利な戦いを強いられたことが何度もあった」


 今日の任務でもそうだった。先々週の部隊ランク戦でも、遡ればこの部隊を結成した時点で。

 その上で勝利と責任を求められる身分だ。常人ならプレッシャーで押し潰されそうな状況だった。けれど……。


「いつでも何ともないような顔で勝ち星をもぎ取ってくる。今回も変わらないだろう」


 全国クラスの経験とそれに裏付けされた自らのセンス、そして何よりもそれらを信じて共に心中できる精神性がそれを可能とした。


 仲間の勝利を信じて待つのもまた、騎士だ。金剛はそう言いきって磨き終えた木刀を棚に仕舞う。


水瀬一は祈らない。




───勝負の時は近い。



 勝負当日。意外にも最初に勝負の場に現れたのは水瀬一であった。

 目を瞑りながらワイヤレスイヤホンを付けて音楽を聴く姿が妙に鼻につく。

 そんな姿を見つけたある男が彼に話しかける。


「水瀬」

「……ん、崎守か。お前もランク戦?」

「いや、俺は万里さんの応援に」

「あ、そ」


 態度の悪さは変わらないが、水瀬らしからぬ無口さに崎守は少し唖然とする。

 そのまま一言も言葉が発されることなく数分が過ぎた頃、なにかに気づいたように水瀬は突然目を開いて言う。


「さて、あと一人か」

「え?」


 その言葉と共に水瀬は背後に振り向き、崎守もそれに追従する。


「水瀬くん、崎守くん。おはよう」

「よ」

「ああ、おはよう。伏見さん」


 視線の先にいた少女は伏見七瀬。元気のいい彼女の挨拶に水瀬は控えめに片手を上げ、崎守は丁寧に挨拶を返す。

 そのまま伏見は二、三言崎守と言葉を交わして「あ」となにかに気づいたかのような声を出す。その視線の先には水瀬一。


「水瀬くん、髪の毛切った?」

「よく気づいたな。大して切ってないのに」

「───勘だよ。最近調子がいいんだよね」

「ふーん」


 ジリジリと導火線に火が強いたような雰囲気に水瀬はピクリと瞼を反応させる。


「ま、癖なんだよ。トリオン体と微塵のズレもなくなるように全身を整えて食事を管理する。んで、時間をかけてその感覚を体に叩き込む」


 整えた爪を満足気に眺めながら目は真剣に勝利を見据える。


「本気の時はな」

(水瀬が油断していない……!)


 その、直後だった。

 カッカッ、と三人に向かって誰かが歩いてくる音が彼らの元に響く。他の誰とも大して変わらないトリオン体に換装しているはずなのに、なぜか上品に聞こえる足音は三人の背後で歩みを止める。


 最初に振り返ったのは伏見七瀬。顔に出さないが、研ぎ澄まされた第六感が知らせる開戦の雰囲気に喜色が全身から滲み出ている。

 次に振り返ったのは水瀬一。極度の集中状態に入っている彼は犬猿の仲である彼女の到来にも反応を見せない。

 最後に振り返ったのは崎守永治。彼女と最も親しいであろう彼は、いつもと違う彼女の雰囲気に驚きと緊張で頬をひくつかせる。


 そう、ここに現れた四人目の正体は……。


「さて、やりましょうか」


 一条隊隊長───一条万里。

 彼女の一言で空気はより引き締まる。


「うん」

「ま、結果は見えてるけどな」


 その日、3人は勝者と敗者に分かれる。


【ルール】

一条万里、伏見七瀬、水瀬一による個人ランク戦10本勝負の総当たり戦

対戦順はジャンケンにより決定


1回戦 伏見七瀬vs水瀬一

2回戦 一条万里vs伏見七瀬

3回戦 一条万里vs水瀬一


Report Page