”あの子”
俺には昔、再会を約束した相手がいた。
子どもの頃の話だ。もう名前も覚えていなかったし、顔だっておぼろげだ。
でも、サッカーがとても上手い子だったことや、“あの子”がリフティングしながら教えてくれた外国語の数え歌は、今でも覚えている。
6歳の夏、家族で鎌倉にいる親戚の家に遊びに行ったことがあった。夏休みだったから、長く滞在していて。“あの子”とはその時に出会った。
恥ずかしながら、当時の俺は泣き虫で。サッカーをしに出かけたものの、公園の場所が分からなくて道端で泣いてた。そんな俺に話しかけてくれたのが、“あの子”だった。
“あの子”は公園まで俺を案内してくれた。サッカーが好きなのは“あの子”も一緒で、その日は一緒にサッカーをした。“あの子”は凄くサッカーが上手かった。今だに覚えている程に。“あの子”とするサッカーが楽しくて、俺は次の日もまた次の日も“あの子”を誘ってサッカーをした。一回も“あの子”には勝てなかったけれど、楽しかった。
仲良くなったのはそれがきっかけだった。
仲良くなった、とは言っても。俺も“あの子”もサッカーにしか興味がなかったから、夏休みにひたすら一緒にサッカーをしただけだったけれど。 それでも当時の俺は楽しかった。
でも、夏休みの終わり。俺は埼玉に帰らなきゃいけなくて、会えなくなることに落ち込んでいて。見かねた“あの子”が、別れる前に近所の神社のお祭りに誘ってくれた。
あの日は一緒に屋台を回っていたけれど、打ち上げが始まった花火の音が、感覚が鋭かった俺には少ししんどくて。その音があまり響かない、少し離れた神社の御社殿に“あの子”は連れていってくれた。他の人達は花火を観に行ったのか、そこには俺達二人だけしかいなかった。
歩いて疲れたからと休憩用のスペースに座って、二人で暫くぼーっとしてたのを覚えている。
遠くで花火の音がやんわり聞こえる中。月明かりに照らされた“あの子”の横顔をぼんやりと見ていた。
花火が終わったら、帰らなければならなくて。 祭りが終われば、目の前の“あの子”ともお別れな気がして。
寂しくなって、少し涙が溢れてきた俺に気付いて。“あの子”は少しむくれたように俺の頬をつついた。
『泣くなよ。……また来年会いにくればいいだろ』
『あえるかな』
『知らねぇ。でも、今ここで一生別れるわけじゃない』
『いつか、またあえる?』
『ああ。会う気があれば、いつか。その時までに、あの数え歌おぼえてこいよ』
『……うん!ぜったいおぼえてくるよ。こんどはサッカーもまけないから』
『言ってろ。次もおれが勝つ』
『ぜったい、またあおうね。やくそく!』
『やくそく、な』
そんな会話をした。そんな会話をして、二人で指を切って、再会の約束をして別れた。
それから、“あの子”には会えていない。
7歳の夏休み、俺はまた鎌倉に遊びに行ったけれど。“あの子”を探しに行った途中で熱を出して泣きながらぶっ倒れたらしい。その影響か、その時の記憶は途切れ途切れであまり覚えていない。
“あの子”には会えないまま、俺は鎌倉に行くことはなくなって。
それっきりだ。
それっきりで。終わってしまって。俺の中でも風化して埋もれてしまった、“あの子”との約束。
このまま忘れてしまうのだと思っていた。
凛に出会うまでは。