あの夜の話

あの夜の話


ふと、風が頬を撫でた気がして鳳橋は顔を上げた。雲の多い夜である。衣紋掛けに下げた隊長羽織をちらりと見て、隣の部屋をそっと開くと幼子二人が身を寄せ合って眠っているのが見えた。

「修兵を頼む」

そう言って今朝早く任務に出た友人の姿を思い出して少しだけ目を伏せる。彼から預かった養い子は、鳳橋が傍らで育てている養い子の手を握って目を閉じていた。明日は彼の誕生日だが、こんな日に任務とはあの友人もついていない。

「もしかしたら明日まで戻らないかもしれない。でも誕生日を忘れたわけじゃないからな。帰ってきたらお祝いだ、いいな?修兵」

優しく頭を撫でられて、あの子は――檜佐木はうん、と元気よく返事をしていた。この時刻になっても戻らないところを見ると、何かしら手がかりを発見し夜営を決めたのかもしれない。無事に帰ってくれば良いな、と、部屋を出ようとしたその矢先。


カン、カン、カン、とけたたましく鳴り響いた鐘の音に、鳳橋ははっと顔を上げた。

「九番隊に異常事態!」

「………ッ!」

告げられる、鳳橋にとっても馴染み深い二つの名の霊圧消失の事実。続けられた招集の声に、衣紋掛けにあった羽織を掴み取った。

未だ続く鐘の音に、元々眠りが浅かったらしい檜佐木と吉良が目を覚ます。不安そうに布団の上でこちらを見ている二人に近寄り、その頭に手を置いた。

「ローズ、さん。拳西と白ちゃん、……、」

「……大丈夫。大丈夫だよ」

声は聞こえてしまったらしい。涙を浮かべて震える檜佐木の頭を撫でると、頬を涙が伝った。

「いいかい、二人ともよく聞いて。ボクはこれから隊首会に行かなきゃいけない。その間、夜が開けるまではここから出たらダメだよ。もし朝が来てもボクが戻らなかったら、そうだな…、一番隊舎に行くといい。大丈夫、ちゃんと……」

帰ってくるよ。拳西も白もきっと無事だ。

そう言おうとした言葉は、口から出てこなかった。代わりに二人分の小さな体温を腕の中に抱き締めて、大丈夫、と無責任に囁く。

「ローズさん、」

「……イヅル、大丈夫だから。修兵クンといい子で待っておいで。いいね?」

もう行かなくては招集に遅れてしまう。羽織をばさりと肩にかけると、鳳橋は素早く立ち上がった。

月はすっかり黒い雲に隠され、光らしい光は何も無い。外に出て一度だけ振り返った家の中も同じように暗く、幼い子らがどういう顔をしているかすらも分からなかった。

Report Page