あなたの為の料理
「♪~」
今日も今日とて”偉大なる航路”を進むゴーイングメリー号。
その中で麦わらの一味の”料理人”サンジは仲間に振舞う料理の仕込みをしていた。
「♪~……ん?」
自分の仕事をこなしている最中、後ろの方で何かが動く気配を感じて振り向く。
視線の先では小さな人形がこちらに向かって歩いてくる姿があった。
「お、ウタちゃん」
その人形の名前はウタ。この船の船長ルフィと子供の頃から一緒だったという生きている不思議な人形。
小さい体躯ゆえにできることは少ないが、サンジが働いていた海上レストラン”バラティエ”では客受けも良く、何かにつけて物を壊していたルフィよりもよほど売上に貢献していたのも記憶に新しい。
「こっちは火と刃物があって危ないから、机の上に乗っておいてくれるかい?」
人形に性別……というものがあるかは分からないが、
本人に聞いたところ女だと主張していたのと自身の直感も合わさり、サンジはウタを女性として扱っていた。
「ルフィと一緒だと思ったんだが……料理が気になったのか?」
その問いかけにウタはコクコクと頭を縦に振った。
少し得意げな気持ちになる。自分の料理に興味を持ってくれるのは嬉しいものだ。
普段はルフィたちが食べる風景を机の上から眺めているだけだったが、
恐らく余りにも美味しそうに食べる仲間の姿に興味が湧いてきたのだろう。
「と言っても、ウタちゃんは料理食べられないしなァ……」
サンジは悩む。大恩ある料理長”ゼフ”の元で厳しくしごかれたとはいえ、今の自分に「人形でも食べられる料理」のレパートリーはない。
そんなものがこの世界にあるかどうかは分からないが。
しかし仲間であるのに、一人にだけ料理を振舞うこともできないのは料理人のプライドに関わる。
なんとかしてウタにも楽しめるような料理を作れないかと頭を捻る。
「う~む、流石のおれも食べるのがそもそもムリな子には……」
ウタを見つめながら眉間にしわを寄せ考えるサンジ。
そんなサンジの姿をウタはジッと見上げている。
「お」
そうして見つめあうこと数分、突如サンジが声を上げる。
その姿を見てウタは小さく首を傾げた。
「さあ、野郎ども!! 飯の時間だぞォ~!!」
「メシ~!!」
「うるせェぞルフィ!!」
サンジの掛け声に思い思いに過ごしていた仲間たちが続々と集まってくる。
一際喧しく近づいてくるのが我らが船長ルフィだ。
「ささ、ナミさんはこちらへどうぞ~」
「ありがとうサンジ君」
騒がしい男衆を無視して、ナミが座りやすいようにサンジが椅子を引く。
そんないつもの風景を眺めながら、ウタはいつも通り机の上によじ登りペタンと座った。
「おっと……ウタちゃん、今日は君の分もあるぞ」
その言葉に集まった仲間たちは首を傾げる。
ウタは人形で、食事をすることができないことは皆の知るところであったからだ。
「ハンジ、ウハはメヒはべられねェぞ?」
「分かってるっつうの。でも今回はちょっと凝ってるぞ」
既に料理にかぶりついているルフィが疑問を投げかける。
そんな疑問も想定していたサンジは自慢げにソレを食卓に並べた。
「これ、音符……?」
「……をイメージして作ったクッキーですよ。ナミさん」
皿に盛り付けられていたのは焼き立てのクッキー。
型は様々だが、共通しているのはどれも音符の形をしているというものだ。
「ウタちゃんは歌とかそういうのが好きなんだろ?」
「食べれないなら、好きなものをイメージした料理を目で見て楽しんでほしくてな」
ウタが料理を味わえないのは分かっている。嗅覚だってあるかどうかわからない。
それでも、仲間を料理で喜ばせられないのは自分のプライドが許せない。
サンジが考え抜いた結果が、このクッキーには詰まっていた。
「美味いのは大前提だが、料理は見た目も同じくらい大事ってことだ」
「はひかに……たくはん肉あっはらうれひいもんな」
「ちょっと黙っててルフィ」
先ほどよりも更に肉を頬張り、頬を膨らませながら同意するルフィ。
そんなルフィの姿を後目にウタはクッキーの一つを両手で持ち、飛び跳ねるように喜びを表現している。
「お~ウタも喜んでるぞ!! やったなサンジ!!」
「へへッ、任せとけ。ウタちゃんを喜ばせられる料理をこれからも沢山作ってやるからな!!」
自分の作った料理でウタが喜んでいる。その事実がサンジを誇らしげな気持ちにさせる。
クッキーに喜ぶウタの姿を見て、サンジは笑った。
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目の前には倒れ伏すボロボロなルフィの姿。
左頬から感じる痛みは、これまでに受けたあらゆる攻撃よりも痛みを感じるものだった。
ルフィを倒したのは自分だ。自分を連れ戻しに来た船長を痛めつけた。
ナミさんに軽蔑されるのも当然だ。自分は仲間に許されないことをした。
それでも恩人を……”ゼフ”たちを守るために自分はこの仮面を被り続けなければならない。
「サンジ……サンジ!!」
「ウタ……!! 行っちゃダメ!!」
ナミさんが誰かを押し留めるような声が聞こえる。
その声の方向へ目を向けると、紅白の髪色をした見目麗しい女性をナミさんが抑えていた。
てっきり、現地での協力者か何かと思っていたのだが。
(……ウタ?)
その名前はルフィが子供の頃から一緒だった人形の名前だったはずだ。
自分たちの仲間の一人の名前を、何故彼女が?
「私だよ!! 人形のウタだよ!! 私、人間に戻れたの!!」
「……!!!」
その言葉を聞いて、仲間の一人である人形と目の前の女性の姿が重なる。
同時に彼女に抱いていた妙な既視感の正体も理解してしまった。
何がどうしてそうなったのかは分からない。
だが自分の直感と共に過ごした経験が、その言葉が嘘ではないとを告げていた。
同時に、先ほど自分が口にしてしまった言葉を思い出す。
――あの薄汚ねェ人形もようやく捨てたか下級海賊
――……!!
「……ッ!!!」
口から漏れ出そうになる謝罪の言葉を必死に噛み砕く。
これ以上この問題に仲間を巻き込むわけにはいかない。
だから、たとえ軽蔑され憎まれようと自分は皆を突き放さなければならない。
「私、まだサンジの料理食べれてない!! いっぱいサンジの料理を食べたいよ!」
「…………」
後ろから聞こえてくる叫び声が胸に突き刺さる。
「なんで……おれが……」
吐き捨ててしまえばいい。
「なんでそんなことしなくちゃならない」と。
そうすればもう二度と自分に会いたいとも思わないだろう。
――食いてェ奴には食わせてやる!!!
――コックってのは、それでいいんじゃねェのか!!!
「そんなことッ……!!」
言い切ってしまえば……
――男は女を蹴っちゃならねェ!!
――そんな事ァ恐竜の時代から決まってんだ!!
「~~~~ッ!!!」
その言葉を言い切る前に、弾かれたようにサンジは猫車へと戻っていく。
もう一秒たりともここにいたくなかった。
いたら、必死に堰き止めているものが溢れてしまうという確信がある。
「ねェサンジ……待ってよ!!」
「待てサンジィー-ー!!!」
聴こえてくるウタとルフィの叫び。それを背に受けてサンジは顔を覆う。
誰にも見せたくない。こんなひどい顔。
自分がどれだけ最低なことをしたのか理解している。
無抵抗な仲間を蹴り倒し、軽蔑され、傷つけた。
自分自身に涙が出るほどの怒りを覚える。
ルフィを蹴り倒した脚に痛みが走る。
そんな痛みを感じる資格が自分にあるはずもない。
頼む、こんな最低な男のことなんて忘れてくれ。
憎んでくれていい。蔑んで、二度と会わないでほしい。
それだけのことをたった今自分はしてしまった。
「お前が戻って来ねェなら、おれはここで”餓死”してやる!!!」
だというのに、あの船長はこっちの事情なんて構わずあんなことを言うんだ。
「必ず戻って来い!! サンジ!!」
すまない、ルフィ。
「お前がいねェと……!!」
すまない、ナミさん。
「おれは海賊王になれねェ!!!!」
……ごめん、ウタちゃん。
心の中で呟くのは仲間への謝罪の言葉。
誰に届くわけでもないのに、こんなことで許されるはずがないのに。
溢れ出てくる涙と嗚咽を噛み殺し、身体を震わせる。
後悔する資格すらないおれを乗せて、猫車は目的地へと向かっていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
何故自分がここに来てしまったのか分からない。
婚約者であったプリンの本性。
自分を含めた”ヴィンスモーク家”を皆殺しにするビッグ・マムの計画。
頭の中に浮かんだ仲間たちの姿。
全てがサンジの頭をかき乱し、気付けばルフィが待つと言ったこの場所まで来てしまった。
大きな腹の音のする方向を向くと、そこには瘦せ細ったルフィ。
そしてルフィに寄り添い座っているウタの姿があった。
(!!)
二人の姿を確認してまず感じたのは喜び。
同時にそんなものを感じてしまった自分への怒りも湧き出てきた。
今更、何を仲間のように喜んでいるのだ。
「……あ」
サンジがルフィたちへ近づくため歩みを進めると、ウタがそれに気付く。
「ルフィ……ルフィ。サンジが来たよ。ルフィ」
目を瞑り腹を鳴らしているルフィの頬をペチペチとウタが叩く。
ルフィはゆっくりと目を開け、サンジを視界に捉えた。
「ハンジ…」
「おれは待ってろとは言ってねェ…」
「ししし…」
精一杯強がった台詞を口にしても、内心を見通してるかのようにルフィは笑う。
その姿に何を思ったか、自分でもよくわからない。
「―――食えるもんなら……食え……」
気付いたら、手に持っていた弁当をルフィたちに渡していた。
「途中落としたし…潰れたし…雨にも濡れた…ひどい出来損ないだろ…」
サンジの言葉通り、ルフィたちが開いた弁当はひどい有様だった。
泥にまみれ、雨に濡れ、形も崩れて見るに堪えないものに成り果てていた。
「……」
ルフィが崩れた肉を持ち上げる。
それを食べようと口を開けた時、横からウタが肉にかぶりついた。
「あ……」
その姿に間抜けな声が出てしまう。
ウタは頬張った肉を黙々と咀嚼し、胃に収めた。
「…………おいひい!!」
「おいウハァ、かっへにくうなよ!!……うんめェ~~~~~~!!!」
――ん~~~!! おいしいっ!!
二人の姿に、かつての記憶が重なる。
雨の中、泥だらけになりながら届けた初めての料理を食べてくれた母の姿。
ひどい味だったのは明らかだ。毒味をした召使のエポニーが絶叫し悶絶していたのだから。
それでも心の底から喜んでくれた母を、ずっと憶えている。
あの笑顔が自分の料理への興味をより強くしていった。
「美味しいよ……皆、こんな美味しい料理食べてたんだ……!!」
「そうだろウタ!! お前初めてサンジのメシ食べるもんな!!」
「サンジのメシはうめェんだ!!」
二人はそう口にしながら動く手を止めない。
心から、サンジが渡した料理を美味しいと思っている。
「…………ウソつけ」
そんなグチャグチャになってしまったものが美味しいはずがない。
そう思いつつ、笑顔で食べる二人の姿を見ていることができずに目を逸らす。
頬を伝う何かは、きっと降りしきる雨のせいだ。
「それにこれ、皆の好きなものばっかり!! やっと食べれた……!!」
当然だ。弁当には皆の……麦わらの一味の好物を「いつも通り」入れてしまったのだから。
だからおかしいことは……
「…………!!!」
そして、思い至ってしまった。
確かに料理人である自分は麦わらの一味全員の好物を全て把握している。
だが、ウタの好物は知らない。
食べることができず、話すこともできなかった彼女の好物を知る機会などなかった。
知らないものを、作れるはずがない。
(なにが……)
――ウタちゃんを喜ばせられる料理をこれからも沢山作ってやるからな!!
(なにが、ウソだ……!!)
嘘をついたのはどちらだ。
約束一つ守れない男が一体何を口にする資格があるというのか。
ルフィと共に弁当を食べ続けるウタの姿を見ることができない。
あの子は10年以上、マトモに料理を食べることもできなかった。
そんな女の子にあんな料理を食べさせた料理人の、なんて無様で愚かなことか。
”父”に顔向けができない。
料理人と名乗ることすら烏滸がましい。
サンジは心の底からそう思った。
「それ、食ったら……」
それでも、これ以上関わらせるわけにはいかない。
迎えに来てくれた船長を侮辱し足蹴にし傷つけた。
そんなことをした自分が今更帰れない。
人質に取られている大恩人”ゼフ”と故郷である海上レストラン”バラティエ”を守らなくてはならない。
彼らを死なせるわけにはいかない。だから逃げられない。
この「結婚式」でビッグ・マムの策略により、”家族”全員が殺される。
たとえ恨みしかなくとも、”家族”を見捨てることはできない。
だから、理解させなくては。
もう自分に構うなと。こんなところにいてはいけないと。
「帰……」
――サンジ~!! メシ~~!!
――盗み食いした奴は誰だァー!!!
「~~~~ッ!!」
――いっぱいサンジの料理を食べたいよ!!
――必ず戻って来い!! サンジ!!
「ルフィ……おれァ……」
ダメだ、自分は何を言おうとしてる。
言ってはいけない。言ってはいけないことなのに止まらない。
一度溢れ出してしまったものを、堰き止めることはできなかった。
「サニー号に……帰り゛たい゛……!!!」
溢れ出す想いは次々とサンジの口から本心を漏れさせる。
いっそ全てを捨てて仲間の元へと帰りたい。
だが、身勝手な理由で自分を利用しようとも”家族”を見捨てることがどうしてもできない。
見捨てる勇気を出せない自分自身に嫌気がさす。
「サンジ……」
ウタが咽び泣くサンジに声をかける。
その言葉だけで、今まで抑えていた想いが決壊してしまった。
「ウタち゛ゃん……ごめ゛ん!!」
「ひどいこと言っちまって……」
「ウタちゃんには、もっと美味い料理を食べて欲しかったのに……」
「本当に゛……ごめ゛ん゛!!!」
「…………うん」
次々と出てくる謝罪の言葉をウタは静かに聞いている。
「そんなことはない」と慰めの言葉を言うのは簡単だ。
でも、今サンジに必要なのはきっとソレじゃない。
だからこそ、ウタはサンジの言葉に静かに耳を傾ける。
「それでもダメなんだ……逃げ出せねェんだ……」
「おれ一人じゃ何も止められねェのは分かってるのに……」
「家族だとも思えねェあのクズ共を……おれは助けたいと考えてる!!!」
どうしようもない自分の本心を吐露する。
言って何が変わるわけでもないのに、耐えられなかった。
「……うん!!」
サンジの言葉を聞き、今まで黙っていたルフィが力強く返答する。
「……だって! それがお前だろ!!!」
「!!」
そう答えるルフィに泣きはらしていたサンジが目を向ける。
「おれ達がいる!!! 式をブッ壊そう!!!」
その笑顔は降り続ける雨の中にありながら、やがて訪れる快晴の空に輝く太陽を思わせるものだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ウタちゅわァ~ん!! ナミすわァ~ん!! ティーセットとお菓子を持って参りましたァ~!!」
「ありがとうサンジ!!」
「もうすっかりいつも通りねェ」
ビッグ・マムの本拠地「ホールケーキアイランド」を脱出し、
先行した仲間たちの待つ「ワノ国」を目指すサウザンド・サニー号。
その甲板で穏やかに過ごしていたウタとナミの二人にサンジが近付く。
自身の言葉通り、二人分のティーセットと音符型のクッキー盛り合わせを運んでいた。
「では……」
テキパキとした動作でお茶会の準備を整えるサンジ。
その準備が終わった時、姿勢を正しウタに向き直る。
「ウタちゃん。こちらコックからのサービスとなっております」
「…? わ、パンケーキ!!!」
そう言ってウタの前に差し出されたのは出来立てのパンケーキ。
その上にはホイップクリームがたっぷりとかけられていた。
「……ホイップクリームかけすぎじゃない? 太るわよ?」
「大丈夫!! 能力に体力使うし、最近はダンスもしてるから!!」
「そう……? まあウタがいいなら、いいか……」
言い分に疑問を感じつつも、ウタが嬉しそうなのでナミはそれ以上の言葉を慎んだ。
今後ウタが泣きついてきたら、厳しく指導していこうと心に誓いながら。
「サンジ」
「ん?」
二人が楽しめるように準備を終えた後一歩下がっていたサンジにウタが顔を向ける。
「いただきます!!」
その顔は、大輪の花が咲いたような笑顔で彩られていた。
「……ああ、たっぷり召し上がれ!!」
自分の作った料理でウタが喜んでいる。その事実がサンジを誇らしげな気持ちにさせる。
料理を食べる彼女の笑顔を見て、サンジは笑った。