あなたの“ウタ”は

あなたの“ウタ”は






「いやー、今日も最高だった!」

「准将の歌声はもう、何というか言葉で表現することが失礼な気がしてきた」

「奇遇だな、おれもだ」


マリンフォードの一角で、大勢の海兵たちが満面の笑顔で歩いている。いや、海兵だけではない。そこには老若男女問わず、たくさんの人がいた。

共通しているのは、皆満足そうに笑っているということ。

それもそのはず。つい先程まで、“海軍の歌姫”ことウタ准将のライブが行われていたのだ。不定期に開催されるそれは、一般の市民たちも含めて大勢が詰めかける。

海兵たちに至ってはその日に休みを取ろうとして奪い合いの戦闘が頻発したため、最終的に部隊ごとにくじ引きであったりジャンケンであったりと平和的な手段で出席者を決める用にと海軍本部元帥から直々に命令が出たくらいだ。

ちなみにその元帥は“海軍の英雄”と共に仕事を抜け出してほぼ100%ライブに来ている。本人たちはこっそり来ているつもりだろうが、参加者全員にバレバレだった。


「しかも、今日はサプライズで新曲発表もあったからな! おれ、TD三つも買っちまったよ」

「なんで三つなんだ?」

「保存用、布教用、観賞用」

「布教用一つじゃ足りないだろ」

「いやだって金が……それに、おれ以外も布教してるに違いないし……」

「まあそれはそうだな。ちなみに給料日まで半月あるが」

「…………明日から3食、いや2食M定食です」


M定食とは『もやし定食』。海軍食堂でぶっちぎりに安く、『何故か』ウタのライブが行われた直後に大人気になる定食だ。

周りの海兵たちが肩に手を置く。しかし、置かれた海兵はだが、と言葉を紡いだ。


「おれは今度の准将の慰問ライブに行く命令を受けた! それだけで生きていける!」

「は!? ふざけんなテメェ! どうやった!?」


こちらも不定期に行われる、巡回と併せての慰問ライブ。慰問と名がついているが、実質は世界に名を轟かせる彼女のツアーだ。世界政府、そして海軍にとって彼女の存在はあまりにも大きく、彼女と常に共にいるとある海兵と併せて二人は日を追うごとにその存在感を増していた。

その彼女のライブは巡回も含んでいる上、名の売れた彼女を狙う賊もいる。彼女自身も実力者であるが、万一のことを考えてそれなりの人員を複数名用意するのが通例だった。

その海兵は自慢気に胸を張ると、ふっ、と笑った。


「大佐に土下座したら良いって言ってくれた」


その言葉に、ああ、と全員が納得した。あの人なら言うだろうな、と。


「土下座しながら准将のファンであることを訴えまくったらめっちゃ笑顔で『お前良い奴だな! じゃあ一緒に行こう!』って」

「いやそれお前もおかしいけど大佐も大概おかしいな」

「逆に言えばそこまでプライドを捨てれば行けるのか」


うむむ、とその場の者たちがプライドとライブの同行についてを天秤にかけ始める。そんな中、ただ、と一人が言葉を紡いだ。


「ライブ中めっちゃ忙しいから正直曲聴いてる暇がな……」

「あー、やっぱそうなんだ」

「大佐も流石にライブ中は周囲の警戒であんまり聴けないって言ってたし。まあ、だから帰りの船でミニライブするようになったみたいだけど」

「あれ絶対大佐のためだよな」

「それ以外あんのか?」


そもそも、と一人が言う。


「今日の新曲のラブソング。……あれ、あの場で大佐以外全員が誰のことか一瞬で理解しただろ」

「ええと、“嵐のようで、そよ風のようなキミ”」

「“いつもいつも、守ってくれる”」

「“眩しい笑顔で、いつも隣で”……うん、まあ、そうだよな」

「大佐本人は全然気付かずにめっちゃ楽しんでるけどな……」

「逆に凄いわあの人。何で気付かないの?」

「つっても大佐の方からも准将に対してそういう感じはあるし、本当によくわからんよな」

「まあ、幼馴染って話だしな。……って、噂をすれば」


わいわいと騒ぐ先。そこでは、大量の器材を運ぶ男の海兵と、先程のライブの主役が並んで歩いていた。



◇◇◇



「今日も最高だったぞ!」

「うん、ありがとう」


笑顔と共に言ってくれる。それだけで、ウタの疲れも吹き飛びそうだ。

隣を歩く青年、モンキー・D・ルフィはいつも通りの笑顔で言葉を紡ぐ。


「やっぱり、おれは“ウタ”が好きだなー」

「へぇっ!?」


変な声が思わず漏れた。この幼馴染は、いきなり何を。


「聞いてて元気になる。皆も笑顔だし、良いことばっかりだ」


ああ、“ウタ”ではなく“歌”のことかと理解する。いや、わかっていたことだが。

だから。


「ふーん、ルフィは私の歌が好きなんだ?」

「当たり前だろ」


からかうように言った言葉が、即座に返された。思わず面食らってしまう。


「昔から、ずっと好きだからな」


当たり前という言葉の通り。

当然と、彼は言う。

いけないと、ウタは思った。思わず頬が緩んでしまう。

褒められたり、応援されたり、もっと聴きたいと言われたり。その言葉はいつも嬉しい。この歌声を届ける原動力になる。

けれど、やっぱり。

この幼馴染に好きだと言われることが、一番嬉しい。


「ふ、ふーん、ふーん、そっか、そっかぁ」


頬が緩むのが抑えられない。だが、そんな自分に対して彼は。


「どうした変な顔して?」

「誰が変な顔って!?」


思わずチョップしてしまった。覇気もおまけでプレゼントである。


「痛ぇ!?」


痛がる彼。全く、と呆れたところで表情が戻った。

そんな彼のコートから、何かが落ちた。見ると、今日の新曲が納められたTDだ。


「あれ、ルフィ。これ買ったの?」

「おう。これでいつでも聞けるしな」


器材を運んでいるせいで受け取れないルフィのポケットに、TDを入れてあげる。そうしながら、別に、とウタは言葉を紡いだ。


「ルフィが聴きたいなら、いつでも歌ってあげるよ?」


その言葉に、ルフィはんー、と少し悩んだ表情を浮かべてから。


「それはいいよ」


そう、言った。

冷や水を浴びせられたように、背筋が凍る。どうしてと思わず言葉を発する前に、彼は言葉を続けた。


「おれは、皆と一緒に聴きてぇんだ」


それは、幼き頃に彼が言ってくれていたこと。

無邪気な笑顔で、もっと多くの人に聴いてもらいたいと、彼は言ってくれていた。


「だって、もったいないじゃねぇか」


折角の、“ウタ”なのに。

彼は、笑ってくれて。


「うん。……そうだね」


その笑顔には、こちらも笑顔を返すしかない。

ズルい幼馴染だ、本当に。

今日の歌詞だって、知恵熱が出るくらいに悩んで、必死になって考えたのに。

きっと、この人は気付いていないだろう。


(いや、ズルいのは私だ)


彼に告げる勇気がなくて。

こんな、回りくどいことをして。

気付かないとわかっているから。

“今”が崩れるのが、怖いから。


(でも、ルフィ。いつか、いつかきっと)


一人ぼっちになってしまった私の側に、ずっといてくれた彼と。

これからの未来も、ずっと一緒にいたいから。

いつか。

いつかきっと。

私は、あなたへ。


「さ、行こうルフィ。今日は、何で勝負しよっか?」

「どんな勝負でもおれの勝ちだけどな!」

「む、私に決まってるじゃん!」


今は、こんな日々がただただ愛しい。

ただ、もっと。

そんな風に、思ってしまって。


この想いを届けるために。

私は、“ウタ”を。



◇◇◇



海軍内では見慣れた光景だ。いつも通りのことである。いやもうほんとに、慣れてしまった。

ただ、まあ、なんというか。


「……食堂行こうぜ。コーヒー飲みたい。ブラックで」

「……奇遇だな。おれもだ」

「……おれも……あ、金が……」

「……今日は奢ってやるよ」

「……ありがとう」


普段、あまりにも苦すぎて不評な食堂のブラックコーヒーが。

この日、大幅な売り上げ増を記録した。




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