あかねさんがただ甘える話
Your name学生の本分といえば勉学に励むことだろう。学期ごとに行われる定期テストや普段からの学習に励み、いずれは大学受験に備える。それだけであればかなり余裕を持って生活できるのだがそうはいかない。それらの勉学に加えて私はララライで演劇練習、テレビ局の女優業やインタビューに雑誌の写真撮影と多忙な日々を送ってきた。仕事があるというのは業界人としてはとても助かることなのだが一高校生としてはその多忙さに疲弊してしまうのだろう。その日は唐突にやってきた。
「疲れた…。」
最寄駅から自宅までの帰宅途中の公園のベンチにどっと腰を下ろす。早く自宅に帰るべきなんだけど身体は休みをくれと悲鳴を上げていた。
仕事は9時には終わったものスタッフの方への挨拶や遠い仕事先のこともあり時刻は10時を回る。移動も多くあかねの身体は疲れ切っていた。平日は夕方まで学校に通い、そこからララライが開いてる時間まで稽古、そこから宿題と復習をこなして4時間ほど睡眠を取って、週末は最近頂いたドラマの撮影…あれ?最近私休んだのいつだっけ?気が付けばろくに休みを取っていなかった。
「あーアクア君に会いたいな…。」
お互いが忙しい生活をしてることもありここ最近私たちはろくに逢えずにいた。メッセージアプリや電話を用いて一日に一度は会話をしていたが数ヶ月前に比べたら大幅に減っていた。それは決して気持ちが冷めたというわけでないのだが会えない時間が増えると不安になる。彼に限って浮気などという不貞行為をするとは思わないがただでさえナチュラルに女の子を口説き落とすアクア君だ。会えない時間で他の子と…。
なんて彼に非のない被害妄想をしてしまうのは良くない。ネガティブな方向に思考してしまうのは疲れてる証拠だ。とはいえ身体が数分程度で休まるわけもなく身体は未だに動くことを拒否している。
「電話だけでもかけちゃ駄目かな?」
夜分の遅い時間に電話かけるのは申し訳ない。彼だって疲れているのだ。私のエゴでアクア君の休む時間を奪うのは忍びない。うん。
「でもやっぱり少しくらいいいかな?」
あぁ情けない…。気が付けばスマートフォンで彼へのコールを始めていた。3コール…いや4コール目で出なかったら諦めよう。
2コール目で出てきた。
『もしもし?あかね、どうかしたか?』
「いや特に何かあるわけじゃないけどアクアくんと話したいなって。」
『俺もそう思ってた。ありがとな掛けてくれて。あかねが忙しいそうだったから水刺すのはまずいかなって思ってたから。』
と、嬉しいことを言ってくれる。私の身体のことも労ってくれたんだと思うと涙が出てきそうだ。
『最近調子はどうだ?ちゃんと休めてるか?』
なんて答えようか…。医大も視野に入れて勉強をして芸能活動もしてるアクア君に心配はかけたくないなぁ…。
「まぁ…ぼちぼち今日も家帰ってからしばらくしたら休むよ。」
『そうか…』
歯切れが悪そうに言葉を切って、一呼吸置いて問い詰められる。
『なぁあかね、余計なお世話だったら悪いんだけど…本当に休めてるか?』
核心を突かれて言葉が出なくなる。
「どうしてそう思ったの?」
『単純に仕事が最近ずっと入ってるし、返事ひとつひとつにタイムラグを感じた。あとあかねの声が疲れてるように聞こえた。』
「あはは…アクア君お医者さんみたいだね。流石に誤魔化せないや。最近ちょっと色々重なり過ぎてちょっと疲れちゃって…。」
『今から会えるか?』
思っても見なかったお誘いに嬉しさと申し訳なさが湧く。
「もう夜遅いし大丈夫。アクア君だって疲れてるでしょ?」
『まだ帰宅途中だろ?こんな遅くに一人で歩かせたくない。あと…』
「あと?」
『俺が会いたいからじゃ駄目か?』
そう言われて仕舞えば断る理由もない。ふにゃりと変な笑みを浮かべながら答える。
「三丁目の公園のベンチで座ってるよ。待ってるね。」
『わかった。』
そう短く答えて電話が切れ、程なくして彼が現れた。
「よっ、大丈夫かあかね。」
「早かったね。さすがアクア君。結構疲れてるかも。」
「あんま無理するな。」
「そうなんだけどなかなか休めなくてね。」
焦り気味に言葉を紡ぐアクア君。
「肉体が消耗すれば一緒に精神だって擦り減るんだ。そうなると情緒が少しずつおかしくなるしパフォーマンスだって落ちる。あとあかねには長生きしてほしい…。」
思わず口角が上がってしまう言葉に再びふにゃりと笑みをこぼす。
「そうだね!たくさん長生きしようね!」
顔を背ける彼。どんな顔をしてるかは想像に難くない。
「ねぇアクア君お願い事があるんだけど…。」
「なんだ?…っと…」
そっと彼に近付いて
「お仕事疲れたよーぎゅっとしてー頭撫でてー。」
全力で彼に甘えることにする。
そんな私を優しく抱き締める。
「あかねはいつも頑張ってるからな偉いぞ。」
「えへへ〜。」
よしよしと、柔らかい手つきで頭を撫でられる。気持ちがいい。あったかくて優しくていい匂いがするアクア君、彼に甘やかしてもらうことがこんなにも幸せなことなんだと感謝する。しばらく彼の胸に身を預けていた。たったこれだけのことでこんなにも癒される。幸せだなぁ…と思っていたが張り詰めてた疲れのせいで私は急激に睡魔に襲われる。気が付けば自宅に着いていて、寝ぼけ眼でお風呂に入りそのままベッドで眠ってしまったらしい。あまりよく覚えていなかった。

「んんぅ…ふぁぁ〜久々によく眠れたな…。」
あれ時刻は7時過ぎ、彼のおかげよく眠れたせいかいつもより長めに寝ていた。パジャマ姿のまま一階のリビングまで降りる。
「おはよー…ってえ!?」
そこには衝撃の光景が広がっていた。
「おはようあかね。」
なんで我が家にエプロン姿のアクア君が!?
「どうしてアクア君が!?!?」
そこから割って入るお母さん。
「あかねが眠っちゃったからアクア君が家まで運んでくれたのよ?もう12時近かったし夜遅くに一人で帰らせるわけにも行かないから一晩だけ客室に泊まってもらったの。朝ご飯まで作るの手伝ってもらっちゃって…。」
「えっ!?アクア君ごめんね!?」
申し訳なさそうに言うが冷静に答えられた。
「気にするな。あと今日はちゃんと休め。スケジュール表見せてもらったけどこれじゃ過労死しても不思議じゃないから。」
「もうアクア君ごめんなさいね。こんなことまで。学校には私から連絡しとくから今日は休みなさい。」
そのまま悪い笑みを浮かべて
「俺も今日はサボろうかな?忙しかったし。ほら、朝ご飯食べようぜ?」
と一言。
朝食を食べ終えて、部屋に案内した。二人だけになったタイミングを見計らって彼に聞く。
「アクア君も今日は休むんだよね?」
「あぁ…ミヤコさんとルビーにはもう連絡してあるし気にしなくていい。」
「じゃあさ…。」
期待を込めるように彼に聞く。
「今日もアクア君に甘えていい?」

「あかねが満足するまで付き合ってやるよ。」
そうして、今日一日、彼に抱きついて昨晩の幸せを再び享受することにした。