あかくあかくうつくしく
うつくしい指先が、レーシングプログラムの紙面をなぞっていた。ゆるく巻かれた髪は彼女にとっての芦毛の後輩が言うところの『カワイイ』であり、彼女のことばにするならば『マブい』と表現されるだろうか。
午後五時のトレーナー室、傾く茜色の夕日が鹿毛の髪をあかあかと燃やしている。ほどよいクッション性が心地よいソファに腰かけていたとしても、その背はぴんと伸びていた。みずみずしいみどりの瞳はつややかにととのえられたその爪先を追いかけている。
まるで大輪の薔薇かなにかのような、華やかな少女だった。……少女と表現するには精神性は成熟していて、『お姉さん』という自称にだれもが違和感を覚えないほど大人びてはいたものの、ふとした瞬間にかわいらしさを垣間見せてくれる──『可憐』。それが、この部屋の主であるマルゼンスキーのトレーナーが、自身の担当ウマ娘に対して抱く印象だった。
しかしそれは『普段』の彼女に見出すとくべつな表情でもあった。いざ赤い勝負服に袖を通し一歩ターフへ踏み出し、その赤いくちびるの端をにっと上げたのなら、彼女の纏う雰囲気は一変する。若葉のごとく萌えるひとみは炎をたたえ、ただひとすじ、最果てのゴール板を見据える。レース前の緊張感すらマルゼンスキーをうつくしく彩っている──『絢爛』彼女のトレーナーは愛バをそう述べるだろう。
それでは今は?
インクの出が悪くなったこともすっかり忘れ、ボールペンの書物の手を止め、マルゼンスキーのトレーナーはデスクから彼女の横顔を見つめていた。けして見たことのない表情ではなかった。けれどマルゼンスキーは『闘志』の表現方法を心得ている。スミレ色のセーラー服を纏う『平時の』彼女から静かな激情が立ち昇っている──。
「やぁね、穴が開いちゃったらどうしてくれるの?」
耳を打つ朗らかな声音に息を呑んだ。レーシングプログラムを閉じ、マルゼンスキーがこちらへ向かってくる。鹿毛の巻き髪と黒いリボンが揺れた。
逆光の中にあったとしても、彼女は──
「うつくしい、と思ったんだ」
「あら、まいっちんぐ!」