あぁ偉大なる聖ヴァレンタイン
「逆チョコ?」
「バレンタインって日本じゃ女の子が男にチョコとか渡す日じゃん?アメリカとかだと男から渡したりするんだと。海外の文化とかちょっとおしゃれっぽいし気が利く男っぽいじゃん?」
「あー聞いたことあるな……だから作って渡すってことね。でも桔梗そういうの作れたっけ?」
雑学を得意げに披露しているのは桔梗隼也。陳隊の攻撃手でモテる努力を常にしていて、実際モテている男。
それに対して返しているのは熊谷遥斗。樋口隊の攻撃手。『ジェネリック嵐山』とか呼ばれていてこれまたモテる男。
「でもすでにモテてるのにまだモテたいの?」
「おまっ、分かってねーな久木!モテるのは別に悪いことじゃねーし、男は際限なくモテたいものなんだよ!」
「まぁモテるっていわば有名になるってことだし、ネームバリューがあれば将来的にも有利になったりとか。箔がつくって感じか」
「そうそう!そういう感じだよ!」
そういう感じなんだろうか。僕はそこまでモテたいと思ったことがないし、これからも思わないだろうけど……
「そんでさぁ、1人で作るのも味気ないし一緒に作んね?」
「あぁそういうお誘いね。面白そうだしいいよ」
「僕もいいよ。せっかくだし隊の皆に渡したらびっくりしそう」
「よっしゃ決まり!そんじゃ場所は───」
────────
「熊谷は何作るの?」
「俺はトリュフチョコレートってやつ。初心者にも簡単だって書いてあったし。久木は?」
「僕はブラウニー。これも簡単らしいし、天井が喜びそう」
────────
「テンパリングってなんだよ分からなくてテンパってんのはこっちなんだよ」
「調べるから落ち着いてよ……」
「本格的に作ってるなぁ」
────────
まぁ、色々苦戦はしたけれど。なんとか3人ともチョコは完成した。バレンタインの日、ボーダーで
「チョコありがとう。じゃあこれ僕からも。いつもありがとう。隊長としてこれからも頑張るよ」
なんて言って隊の皆に渡したら律も竜宮さんも目を丸くして驚いてた。天井だけは飛び上がって喜んでたけど。
「(あれ、熊谷から電話なんて珍しいな。どうしたんだろ)」
ポケットに入れていたスマホが震えて、画面に熊谷の名前が浮かぶ。
「もしもし、どうしたの」
「あぁ、ごめん久木、ちょっと水瀬隊の隊室に来てほしくてさ」
「え?なんで?樋口隊の隊室じゃなくて?」
「あー…ちょっと、ね。頼むよ」
「まぁ、いいけどさ」
命令されるのは嫌いだが、友達の頼みだ。歯切れが悪いのがちょっと気になるけど。
「お邪魔します。熊谷が来いって言っ…て…何してるの?」
隊室に入った僕を待ち受けていたのは、熊谷が床に正座してオペレーターの佐野を除いた水瀬隊全員がそれを見下ろしている、という異常な光景だった。
「あぁ良かった来てくれた!ごめん久木!弁明をしてほしい!」
「なに?なんの?」
「それについては俺が説明しよう」
光景と、珍しく焦った熊谷の脈絡のない言葉混乱する僕に説明をしてくれたのは金剛さんだった。
「俺たちは用事があり隊室を留守にしていてな。佐野が留守番をしてくれていたのだが…俺たちが戻ると隊室には焦ったような様子の熊谷と直立不動で固まった佐野がいた。俺たちが呼び掛けても、目の前で手を振ってもうんともすんとも言わない」
金剛さんが視線をそちらに動かすのを合わせて僕も視線の先を見る。なるほど、確かに直立不動。まるで石像のようだ。
「そしてその佐野が手に持っていたのがこれだ」
目の前に差し出されたそれは熊谷が作っていたトリュフチョコレート…が入っている箱。ラッピングも綺麗にされていて、器用だなと感心する。
「…なんでチョコで?」
「俺には分からん。熊谷が毒か何かを盛ったのではないかと思ったが……」
「そんなのしてないです!すみませんそろそろ正座崩していいですか!」
正座させられている熊谷が弁明の叫びを上げる。いつから正座させられているんだろう……
「完全に疑いが晴れるまではダメだ。それで聞けば久木、熊谷はお前と一緒にチョコを作っていたそうだな?」
ようやく合点がいく。つまり熊谷がチョコを作った際、異物混入などはしていないか、ということを教えてほしいのだろう。
「いや、熊谷は何も入れてませんよ。何の変哲もないトリュフチョコです。それに異物混入と言っても……」
そう言いながら箱を指差す。
「これ、未開封ですよ。ラッピングもほつれてないし、渡した状態で佐野は固まったんですよ」
「そう!そうなんだよ!」
「ならなんでさーやは固まってんすか」
そう言うのは隊長の水瀬。198cmの高身長が熊谷を見下ろしている。随分とこう、迫力がある。
「いやごめんそれは分からないんだよ。渡した途端固まったから……」
「その時さやかちゃんに何か言いました?あ、ごめんなさいもう足崩していいですよ」
熊谷を労わりながら尋ねるのは川井。苦労人らしいとは聞いたことがある女の子。
「あ、いいの?あー......ヤバい立てないかも。ごめん座ったままで話すね。何言ったも何も、ちょっと尋ねただけだよ。『なんで俺と話すときに挙動不審になるの』って」
「それは恋だね!」
「は?」
「ごめんなんでもない」
最悪のタイミングでありさちゃんが僕の口を使った。大丈夫、まだごまかせる。とりあえず口を開こうとしたその瞬間、
「そんなの佐野ごときがおこがましいです!!!!!!」
固まっていた彼女が起動すると同時に大きな声を上げる。その場にいる全員の顔がそちらへ向く。
「えー……その、失礼しました!佐野復活です!もう大丈夫です!」
「さやかちゃん、本当に大丈夫?」
「はい!元気です!」
「はー……ま、いいや。防衛任務には間に合いそーだし。熊谷さんももういいすよ。疑い晴れたんで。あと多分いたらまたさーやがフリーズしそうなんで」
後頭部を掻きながら面倒くさそうに水瀬が金剛さんに頷く。いつの間にか扉を塞いでいた金剛さんが退いてくれたようだ。
「あー…そうだね。またね。佐野ちゃん。チョコ、良かったら食べてね」
「はっ、ありっ、ありがとうごじゃました!」
噛みながらも頭を下げる佐野に苦笑する熊谷と一緒に隊室を出る。
「なんで佐野に?」
「さっき言った通り。あと…一欠片の悪戯心、みたいな」
「嫌われても知らないよ」
「嫌われるのはやだなー……」
廊下を話しながら歩く。そういえば、と気になっていたことを聞いた。
「桔梗は?全然音沙汰ないし、いつもならチョコの写真とか送ってきそうだけど」
「あー…桔梗ね。説教されてる」
「えっなんで」
「あいつモテるでしょ?んでチョコもそんなに作ったわけじゃないじゃん」
「うん」
「争奪戦が起きたんだよ。桔梗のファンのC級隊員とかがチョコ欲しいってさ」
「あぁ…そういう…」
なるほど、容易に想像できる。彼はノリがいいし話していて面白いのだが、少し調子に乗りやすいというか…わりと後先を考えないところもある。
「そんで、隊長のチェンさんからは貿易商の親の息子として需要と供給についての説教、それプラス川崎さんからも説教」
「ご愁傷様、って感じだね」
「まぁそれくらいじゃめげないと思うけど」
「まぁ僕らで慰めてあげようか」
後日、彼はめげてるどころか争奪戦の件で自慢してきたので軽く頭をはたいておいた。