who killed...

who killed...


「ローさん!もうやめてください!一体どうして、貴方のような人がこんなことを!何が目的で……!」

「目的?はは。そんなの簡単だろうが。見りゃわかるだろ?」

 満身創痍のたしぎの必死の呼びかけを、絶対零度の声が拒絶する。無理矢理笑っているかのように不自然に釣り上げられた口端から、ドロリと血の雫が垂れた。

「全部、ぶっ壊すのさ」

「ッ!あぶねぇ!おまえら伏せろぉっ!」

 ルフィの咄嗟の呼び掛けに反応できた者が、体を雪のような灰の中に伏せる。その瞬間、ローの振った刀に従い、世界が真っ二つに裂かれた。

 人も、山も、家も、大きなお城も。真ん中からスッパリ絶たれて、ずるずる滑って地面に落ちる。

 彼方から悲鳴が、此方から怒号が。それも全て降り注ぐ灰が絡めて、地面に落ちて土に塗れた。

 その惨状を目撃した、全ての人間が凍り付く。その中で、ロー一人だけが悪辣な笑いを上げていた。

「政府が守りたかった平穏も!海軍が貫く正義も!民衆が享受する日常も!俺が奪われた物、人、国!全部奪い返して、踏み躙って!

今日!此処で!全て破滅させてやる!俺は、世界に対する正当な復讐者だ!アハハハ!アハハハハハ――!」

 血反吐を吐きながら、刀を振り切った反動でクルクル回り狂い笑うその姿に、たしぎは思わず言葉を失う。

 その叫びは、怨嗟であり、怨念であり、妄執であり――自分で自分を切り刻んだ末に、溢れ流れた悲鳴だった。

「もう……もうやめろよ!トラ男!」

 たまらず、チョッパーは悲鳴を上げた。チョッパーの心の中には、ある時からずっと、ローのもう一つの心が流れ込んできていた。

 それは、ローが切り離した、優しい心。彼の心の中にある、もう一人のローの想い。

 『診断』で彼の心の中を、計らずとも覗き込んでしまったその瞬間、彼の中に押し込められた悲鳴が、チョッパーの中に雪崩れ込んできていた。

「わかってるんだろ!自分の復讐に、あの日と関係ない世界の人達を巻き込むのは間違ってるって!

知ってるんだろ!?この国にも、今までの国にも!優しくて暖かい人達は沢山いるんだって!みんな、政府に騙されてただけなんだって!

『トラ男』はダメだって言ってる!『トラ男』はやめてくれって泣いてる!『トラ男』は!」

「うるせぇ」

「――ッ!」

 ブツリ、と電源が切れたように、ローは狂った笑いを引っ込めて、灰の積もった地面に崩れ落ちる。チョッパーは理解した。また、ローは自分を切ったのだと。

 苦しみも、悲しみも、葛藤も。全部切って削ぎ落として、またあの箱の中に押し込んでしまったのだと。

 チョッパーに外科医としての知識を教えてくれたローは。

 ルフィに肉を横取りされて、子供のように表情を崩したローは。

 たしぎが子供に懐かれる様に、何処か柔らかな笑みを浮かべていたローは。

 子供達に子守歌をせがまれて、ちょっと、困った顔をして。

 意味の伝わらぬよう、遠い国の言葉を使って、悲しい歌を歌ったローは。

 もう既に、光射さない箱の中だと。

「悔しかったでしょう……お父様…………みじ、め、でした、よね……母さ、ま……あつかった、なぁ……ラミ」

 ぎぃぎぃとぎこちない音が聞こえてきそうな動きで、ローは刀に手を伸ばす。抜き身の刃を握り、体を起こす支えにしたせいで、掌からはダラダラと血が流れ落ちている。

 その目には光が無く、声には喘鳴が混じる。口からは一言喋るごとに血がどろどろ溢れ出て、灰よりも白い白が目に見える速度で彼の肌を浸食していく。縋るような弱々しい声は、まるで幽霊の囁きのようで。

「痛かった、よな、皆……シスター……死の間際に捧げた、神への祈りすら……この世界は、踏み躙った……あぁ……さぞかし恨めしかったでしょう……憎かったでしょう……許せなかったでしょう……?」

そこに立っているのは、復讐鬼。

フレバンスの流した涙が、人の形を成して立つモノ。

受けた祝福の数だけ呪いを抱えずにはいられない、痩せこけた一人の哀れなバケモノ。

「わかってる……もうすぐだ……きっと、『皆』の無念、は、俺が、晴らして、見せるか……ら……」

 自分の体を、本当に自分の体として認識できているのかすら危うい動き。珀鉛病の末期症状に蝕まれた体。

 心も体も、何もかも壊れて壊されたローの痛ましい姿に、彼を見る全ての人間が怯み、あるいは恐れに駆られる。

 そんな中、ただ一人、ルフィ一人だけは、何処までも真っ直ぐな目で、ローの姿を捕らえ続けていた。

「――」

 うわごとを呟きながら、ローは首から下げたロザリオを握り締める。それを何処か物言いたげに見つめるルフィに気付いてか気付かずか、ローはふるふると頭を振って、熱を振り払い瞳に再び正気を――狂気を宿す。

「さぁ、始めようか。これで最後にしよう。俺が世界に『コイツ』をまき散らすのが先か。俺を『火炙りの刑』にかけて『駆除』するのが先か……!立てる奴は立て。止めて見せろよ。止められなきゃ……この世界は、ホワイトモンスターで溢れかえるぞ」

「ロー、さん……」

 ローの呼び掛けに、ルフィは何も言わずに立ち上がる。たしぎも何とか立ち上がろうとするが、既に血を流しすぎていて、体を少し起こすことがやっとだった。たしぎの世界はぐらぐら揺らいで、もう、意識も危うくなっている。

「たしぎ、無理するな。」

 そんなたしぎを抱えると、チョッパーは木の陰にそっと降ろした。霞むたしぎの視界にうつるチョッパーの顔は、あらゆる体液でぐしゃぐしゃに汚れていて、それでも強い決意が満ちている。

「です、が……貴方だって、もう……」

「俺は大丈夫だ。たしぎがあの時庇ってくれたから、まだ動ける。助けてくれてありがとな。おかげで、トラ男を止めに行ける」

 チョッパーは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、まっすぐローに向けて鼻を啜った。

「あんなに悲鳴をあげてる患者を止められ無かったら……俺は二度と万能薬になるなんて言えなくなる……!」

 そう言ってルフィの隣に並び立つチョッパーの背を見て、たしぎは悔しさに歯を食い縛る。あの心優しい医者のように、彼を止めるため立てない自分が惨めだった。

 曇りゆく意識の中で、考えずにはいられなかった。彼の心は、子供達に向けた微笑みのように、優しい物の筈だったのに。

 その心を殺したのは、一体、誰で、何なのか。

――誰が殺した、クックロビン。

 途絶える間際の意識の中に、彼の子守歌が響く。

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