刀・爆弾・チェンソー
「お前ら。ここは魔人たちに任せてサムライソードとヘビ女を捜すぞ」
「アテはあんのかよ?」
「ない。姫野先輩はパワーと行動してください。デンジは俺と来い」
アキはデンジを伴って、標的の捜索に向かった。後ろから姫野が呼んでいるが聞こえないふりをする。
パワーの規格外性はこれまでの戦いでよくわかった。闇さえあれば致命傷すら癒す彼女をどこに投入するかで、仲間の生存率は劇的に変動する。新生四課において最も脆いのは自分と姫野。彼女の方が経験豊富だが、未来の悪魔と契約している自分の方が回避力があるとアキは踏んだのだ。以前の襲撃で姫野を喪いかけた事も判断材料の一つではあるが。
「無視して置いてっちゃうんだもんな〜、参っちゃうよ」
「やかましいのう…人間はすぐ文句を垂れるから困る」
ビル内をパワーと2人、捜索する姫野は去っていたアキへの不満を口にする。彼女もまた、回復役をこなせるパワーをアキに付けたかったのだ。
どことなく弛緩した空気が流れるが、パーカーに身を包んだ女性が視界に現れると、空気はすぐに緊張した。
「敵じゃ!」
喜色を浮かべたパワーが駆ける。
女性…沢渡はパワーを視界に捉えるや否や渋面をつくり、「ヘビ吐き出し」と言い捨てて逃走を始める。彼女の求めに応えるものはなく、この場は退くしかない。逃げる彼女を拘束したのは、パワーでは無かった。
「コベニちゃん…?公安に残ったの?」
「……もうすぐ、ボーナスが出るので」
「あぁ…」
同じ頃、サムライソードの元を目指すデンジとアキはエレベーターに乗っていた。7階で一度扉が開くと、そこはゾンビの群れで埋め尽くされていた。
「…」
「…」
ゾンビ達は2人に気づいておらず、デンジ達は黙って扉を閉じ、先へと進む。次に扉が開いた先では、サムライソードと彼の部下が2人を待ち構えていた。アキが臨戦体制に入ると、孫はそれを制するように両手を上げる。
「あぁ、待ってくれ。不要な犠牲を出す気はない。デンジの態度次第なら俺たちは投降するつもりだ」
「今更何言ってる…」
「謝って済む問題じゃないのはわかってる。俺達はただ、怒りを収めたいだけなんだ」
そこから先の発言を聞いていて、アキは段々とげんなりしてきた。サムライソードはデンジに祖父や仲間を殺した謝罪を要求してきたが、自分の行いが完全に棚上げされている。己の言い分を通すことしか頭にない。
「じゃあ斬り殺してやるよ!」
「やってみろよバァ〜カ!!」
ビル内を制圧後、合流した姫野・パワー組と共にアキはデンジの支援に向かった。駆けつけたアキ達に向かって、デンジは「今から大会を開く」と言い出した。
「パワーと先輩方も参加するか?最強の大会によ」
「最強の…大会?」
「お前は何言ってんだ?」
デンジの言い分を要約すると、このまま警察に引き渡すのは面白くないのでみんなでリンチしようという事だ。孫はデンジ達公安メンバーを"タマ"で撃った。その意趣返しに彼の"タマ"を打つ。
「だから大会を開く。みんなでコイツのキンタマを蹴っていって警察が来るまでに一番デケえ悲鳴を出させた奴の勝ち」
「正気かお前…」
ヤクザの孫は恐怖に青ざめた。アキは唖然となり、パワーは不敵な笑みを浮かべる。
「ンクク…ハハハ!最強の…大会!ハハハ…デンジ君すごいね!いいよいいよ、やろっか大会!」
「ワシは昔PK王と呼ばれておったからな…優勝は頂きじゃあ!」
姫野とパワーは乗り気だが、アキは参加する気にならない。彼らの仕事にヤクザの孫を嬲っての憂さ晴らしは含まれていないのだ。そう姫野に訴えるが、荒井含む多くの仲間を喪った彼女は聞く耳を持たない。
「アキ君!easy revenge!忘れちゃった?」
「勝ったら何くれんだ?」
「へ!そりゃもちろんコイツの玉金よ!」
「うわ、要らな〜い」
「ではウヌが優勝したら玉金でメダルを作ってやろう!キックオフじゃっ!!」
かくして大会は開催となった。応援が到着するまでの短い試合時間ではあったが、4人は大いに白熱した展開を見せた。その内容はヤクザの孫を含めた5人の記憶の中にいつまでも残るだろう。
★
一夜明けて、目を覚ましたデンジが見るとパワーの顔が異形に変化していた。
「ん〜……まだこれ夢?」
「なに寝ぼけてるんじゃ!」
夢かとも思ったが、パワーにぶっ飛ばされた痛みから、現実の出来事であると確信。マキマに相談すると、彼女はすぐに診断を済ませ、その結果をデンジに伝えた。
「この頭部は…もうすぐ新月だもんね。闇抜きをしようか」
「うぬぅ」
「闇抜き?」
耳慣れない言葉にデンジが疑問を口にする。
「パワーちゃんは新月の度に闇を溜めていくから、定期的に光を当てて闇を抜いているの。でないと今より恐ろしくて傲慢な悪魔になっちゃうから」
デンジはパワーをマキマに預けている間、サメの魔人ビームと組むことになった。
「悪魔は処理しました!みなさんは血や肉に触らないようお願いします!」
アキは精力的に働いていた。銃の悪魔討伐作戦の遠征に参加するべく、功績を積もうとしているのだ。当然、バディの姫野には負担をかけるが、彼女は不満を口にすることなく付き合ってくれている。
「おっこっこっ こおして…ころして…こお…」
「…」
姫野はアキと共に軽い休憩に入ると、パワーについて探りを入れた。
「パワーちゃん、そんなにヤバイの?」
「俺が見た時は頭が完全に悪魔になってましたね」
「早く戻ってこないかな〜、裸で歩いてるみたいで心細いよ。ねぇ?」
「言わんとする所は分かりますよ。パワーの力はそれだけ大きい」
彼女の不在という状況を、姫野を心細く思っている。闇の中なら一切傷付かず、また自他の負傷を癒す彼女が前線から離れている間、アキに無茶をさせるわけにはいかない。
「デンジ君はどうしてる?」
「デンジですか?…特に変わらないと思いますが。一時的にサメの魔人とバディを組んでるみたいです」
デンジは苦悩していた。マキマの事が好きなのだが、レゼと出会ってからは彼女のことが気になって仕方がない。1週間続けて会いに行くのは浮気しているみたいで気が引ける。それに姫野先輩との約束も心に引っかかっていた。
(マキマさんとくっつけてもらう代わりに、早川の先輩とくっつけるように手ェ貸すっつ〜話になってるからな)
あり得ない事だが、仮にレゼとくっついてしまった場合、自分はどうすればいいのか?姫野には見つかりたくない、そう思いつつ今日もデンジはレゼのいるカフェの扉をくぐる。
「お疲れ〜アキ君!超カッコよかったよ!」
「ありがとうございます」
「女のセコンド付きとは出世したな〜、アキィ〜」
「やめてくださいよ」
アキは姫野と共に古巣の退魔2課を訪れていた。野茂の頼みで、職員の指導に来ているのだ。アキは2課に引き抜こうとする野茂の秋波を躱すが、次善のプランとしては悪くない。
「順当にいけば5年後には俺が副隊長になる。そうなったら本気でお前を誘うからな」
「それって私もついてっていいの?」
「勿論、ベテランは大歓迎だ」
「ありがとう。頑張ってね、出世レース」
訓練施設を後にしようとしたアキ達を血相を変えた野茂が呼び止める。彼について行くと、負傷したデンジを抱えたビームがロビーにいた。
「デンジは…悪魔にやられたのか?」
「うう…」
「ボムが来る…!ボム…銃の悪魔の…仲間!」
「なんでお前がそんな情報を知っているんだ?」
ビームが彼らに危機を知らせてすぐ、1人の女性が施設に姿を現した。彼女…レゼは公安ハンター達が近づいてこないと見るや、首のチョーカー、そこから伸びるピンに指を掛ける。
退魔2課に後を任せ、アキと姫野はデンジ達を車に乗せる。姫野は血液パックの血を飲ませるがその間、アキは何故か車を走らせようとしない。
「車、走らせないの?」
「畜生…勝手にヤな未来見せやがったな…」
前方、ヘッドライトが照らす闇の中に異形の姿が浮かび上がる。首を二つ掲げ持つ、自由落下爆弾の頭を持つ女は口の端を吊り上げた。
「私の力を見せるために殺して見せた。できるだけ人殺しはしたくない。デンジ君を車から降ろして去りなさい」
姫野は恐れていた事態が起きた、と色を失う。パワーが不在の今、致命傷を負ったらデンジとビームはとまだしも、アキと自分は終わりだ。
「…」
「デンジ君起きて…」
アキがアクセルを踏み、アスファルトが甲高い声で鳴いた。発進してすぐ後方で爆発が起きる。ルーフ上から落下音が聞こえた時、姫野は生きた心地がしなかった。彼女が幽霊の悪魔に呼びかけるのとほぼ同時に、乱入者が現れた。
「アチョ!」
「特異課にも救援要請しといたが、助かった」
夜の公道を埋め尽くす一般車両の群れの中。救いの魔人の勝利を祈る姫野へ、爆発音が凶兆を知らせる。爆弾女が近づいてきている。
「はっ!?」
「デンジ君!?爆弾の娘が来てるの!早く行って!」
「駄目だ!アイツにデンジをやるわけにはいかない!やめろデンジ!!」
制止するアキを無視して、デンジは変身するとチェーンソーを展開してルーフを切った。後方に流れ去る景色の中、チェンソー男と爆弾女が向かい合った。
「痛くて死にそ〜って思いながら、俺のこんがらがった脳みそで、よぉ〜く思い返してみたんだけどよ〜」
デンジが喚き散らす声が聞こえる。そういえば私も殺そうとしてたな、と姫野は罪悪感を覚えたが、デンジ達が車を離れた時は安堵のため息を抑える事が出来なかった。
「…どこ行くの?」
「俺はデンジの支援に行きます」
アキが加勢に向かうと言い出した時、姫野は冷静ではいられなかった。俊敏なサムライソードとは違う、意気を挫く圧倒的な破壊力。アキを翻意させることは叶わず、アキの未来視に幽霊の腕のサポートを加える作戦で爆弾人間に挑むことになった。
ー1手でも間違えたら死ぬ。
ー捕捉されたら終わる。
暴力の悪魔が駆けつけてきた時は、悪魔が仲間でよかったと姫野は心から思った。暴力の魔人が加わり、2対1の構図が出来上がった時、レゼがアキ達にハーフタイムを要求してきた。
「こっちは貧血でほとんど裸、そっちは3人…流石に卑怯でしょ」
「確かになあ…なんかハンデあげます?」
「あげない」
「だってな!ごめんな!」
「タイム終了」
レゼの一言が合図になったかのように、暴風を伴った悪魔が姿を現す。
「ズルぅ〜!」
「…ふざけんな」
レゼが退いた後、天使の悪魔が新鮮な死体を抱えて現れた。血を与えられたデンジは復活し、サメの形態をとったビームに騎乗してレゼを追った。前線からアキを離すことはできたが、周囲では電柱が倒れるほどの暴風か吹き荒れている。
「ソ連の母親が子供を叱る時にするおとぎ話がある」
一夜明け、文字通りの爆心地と化している現場の検証にアキと姫野は立ち会っていた。岸辺からデンジが引っかかった女の正体を伝えられるが、2人は発する言葉を見つける事が出来ない。